[2007.9.4更新]

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2007年9月の5冊

 

 

『子どもは判ってくれない』 [請求記号: 914.6//276]

内田樹著 洋泉社

 子どもの頃、大人とは何か遠くの、手の届かない世界に生きている存在のように感じていました。 自分が大人になったら、まったく違った世界が開けるようにも感じていました。 ところがその後、職業を持ち結婚もして、長い年月が経ったというのに、子どものときから決定的な 断絶があったようにどうしても思えません。そうすると、この歳になって「大人って何だろう?」 と改めて考えてしまいます。本書は「まだ大人ではない」と自覚する50代の著者が、この問いに拘って、 「大人の思考と行動」とはどういうものかを若い人たちに語ろうとした書物です。もちろん、著者は 「子どもっぽさ」の一部をなす無力や無知や依存の対極に、何か理想的な「大人の思考と行動」があると考えているわけではありません。 「すべての家庭はどこかで欠陥があり、すべての親は何かに依存しており、そこで育つ子どもたちは、 多かれ少なかれ、そのせいで精神に歪みをきたしている」ことを前提に、そうして育った私たちが自分の 「精神の歪み具合」を多少なりとも自覚して「社会的な許容範囲内」に留めながら、別のどこかに「本当の自分」を求め続けず、 いまここの自分と回りの他者を大切にして生きること、それこそが著者の考える《大人の生き方》なのです。
 なお、本の表題『子どもは判ってくれない』は、フランソワ・トリュフォーの映画 『 大人は判ってくれない』のもじりであることは、 マニアならすぐわかるでしょう。内田樹には、 『 疲れすぎて眠れぬ夜のために』(角川書店)などの類書の他に、 読みごたえのある 『 ためらいの倫理学』 (角川文庫)、 『 レヴィナスと愛の現象学』 (せりか書房)があります。

(学術情報センター長 加藤義信(文学部児童教育学科))

 

『社員をサーフィンに行かせよう:パタゴニア創業者の経営論』 [請求記号: 589//164]

イヴォン・シュイナード著 森 摂訳 東洋経済新報社

 私は,机に向かっている時よりも,運動中,移動中や学生さんと談笑中にアイディアを思いつきます. 研究とは無関係のコラムを読んでいるときに思いつくこともあります.例えば,中央公論の「時評2007」, The21の「凡人のための天才入門」, Tarzanの「Tarzan of the Mouth」, Numberの「Score Card」, 東洋経済の「ミスターWhoの少数意見」,週刊文春の「大リーグファン養成コラム」などです.異分野の新書も良い刺激となります.  今月紹介する本は,“健康な地球がなければ,株主も顧客も,社員も存在しない”ということ理念を掲げ, ペットボトルをリサイクルしてフリースを作ったアウトドア衣料メーカーの創業者が書いた本です. タイトルの“社員をサーフィンに行かせよう”という言葉は,“良い仕事,素晴らしいアイディアにつながるのならば, 仕事を中断して,遠慮なく良い波の時には仕事よりサーフィンをしてください.”という意味があります. 会社は各個人の自主判断を尊重します.ですが,サーフィン(他のスポーツも可)ばかりしていては, 会社は成り立ちません.各個人が仕事への責任感や柔軟性,仲間への協調性などを持っていることが前提となっています.
 さて,時代は「新しいこと」を考え出す人を求めています.ぜひ,下記の本も読んでください.

ダニエル・ピンク, 『 ハイ・コンセプト : 「新しいこと」を考え出す人の時代』 三笠書房,2006.

(学術情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部地域情報科学科))

 

『日本十進分類法』(NDC) [請求記号: 014//45]

もり・きよし原編 日本図書館協会など

 昔々からの蓄積を考慮すれば、気の遠くなるくらいの数の出版物即ち「本」がこの世に存在しています。 この莫大な数の「本」を整序し、利用に供するのが図書館というわけですが、日本の多くの図書館における 「本」の世界を整序しているツール(道具)が、この『日本十進分類法』(略称NDC)です。
 図書館の「本」には、背表紙の下の方に、よく三段のラベルが貼ってありますが、このラベルの多くの最上段に記載してある数字が、 この『日本十進分類法』により与えられた、「本」の内容を表す一種のコードです。例えば、中国の歴史なら「222」、 簿記や会計学の本なら「336.9」、鉄道関係の本であれば「686」、というふうに本の内容をアラビア数字で表現します。 『日本十進分類法』では、これらのコードを規則的に並べて、索引から、自分がさがすべき本の内容を表すコードを引けるように しています。
 日本の大学図書館や公共図書館の多くで、この『日本十進分類法』を利用していますので、自分の探したい本のコードを知っていれば、 どこの図書館でも容易に探す対象の本がある書架を見つけ出すことができます。
 NDCは、昭和3年に当時革新的図書館人の研究団体青年図書館員連盟の会員であった森清(もり・きよし)の手で、 青年図書館員連盟の機関紙『図書館研究』に発表されたものが原型で、発表当時は僅か35ページのものでした。 その後、森清によって改訂の努力が続けられ、また戦後は日本図書館協会の手で改訂作業が引き継がれていきますが、 この間、国立国会図書館が和漢書の分類に採用したことなどで、全国の図書館に普及していき、わが国の標準分類表の地位を確立します。
 座右の書、というまではいくことはないかと思いますが、ちょっと参照するには便利なものです。 なお、発表以来多くの版がありますが、新訂8版がコンパクトに纏まっていて使い勝手が良いです。

(学術情報センター図書館 米井)


 

『プラド美術館の三時間』 [請求記号: 706//17]

エウヘーニオ・ドールス著 神吉敬三訳 美術出版社

 著者は、20世紀スペインの代表的な知性のひとり、美術評論家にして哲学者であるエウヘーニオ・ドールス(1882〜1954年)です。 バロックに対する新説を提示した芸術論『バロック論』 でその名を知られていますが、本書も、その延長線上にある、 プラド美術館の数々の名作を素材とした1920年代の芸術論です。よほど西洋美術に関心のある向きでないと、読みこなすのは大変で、 かくいう私も自らの知識不足を痛感したひとりですが、それでも、著者が展開する整然とした芸術理論には、 多くの読者をうならせるものがあるように思います。
 著者は、芸術が、空間的、建築的、幾何学的要素への傾きを示すと、「支えあうフォルム」すなわち古典主義と呼ばれ、 反対に、表現的、機能的、音楽的要素への傾向を強めると、「飛翔するフォルム」すなわちバロックと呼ばれるとして、 古典主義とバロックを芸術分野における二つの大きな対立概念として提示します。その上で、本書の核をなす絵画論−絵画とは、 諸芸術の中心領域に位置する芸術で、それが、空間的価値(古典主義)の領域である建築や彫刻に接近すると、線や輪郭が優位になり、 それとは反対に、表現的価値(バロック)の領域である詩や音楽に接近すると、色彩や光が優位になる−が打ち出されます。 例えば、日本人にも人気の高い近代の印象主義とは、音楽との境界線上に達した絵画に他ならないのだと。
 以上のような、空間的価値(古典主義)と表現的価値(バロック)を両端とし、その間に建築、彫刻、絵画、詩、音楽が 一線上に並ぶという壮大な理論体系に、プラドの作品も、両価値を含む割合に応じて次々に秩序付けられていきます。 途中、古典主義とバロックの中間に位置する純粋なレアリスム、絵画の中の絵画として、ひとりの画家が、非常に簡潔な、 しかし、イマジネーションあふれる比喩で見事に表現されます。そのくだりだけでも十分に刺激を与えてくれる本です。

(学術情報センター図書館 笹野)


 

『プラトンの哲学』 [請求記号: 080/537/19B]

藤沢令夫著 岩波書店 (岩波新書)

 日本を代表するギリシャ哲学研究者の一人である著者が、晩年に著したプラトン哲学の概説書です。 新書という性格上、一般初学者の手引きとなる入門書、教養書として書き下ろされたものではありますが、 読み始めるとすぐに、だからといって著者がまったく手加減していないことがわかります。 長い研究史上における幾多の誤解や曲解を鋭く批判しつつ、「プラトン自身をプラトンの著作の解釈者とする」 という基本方針のもと、プラトンを、哲学を、学ぶとはどういうことかを高く深く淀みなく全力で追究していきます。 著者のそうした確固たる姿勢や論の展開に接することで、読者もまた自然と姿勢を正し、 この哲学史上の巨峰にどのように向かい合っていくかを、考え始めることになります。
 あたかも教室で講義を受けているかのような文章からは、著者のプラトンへの揺ぎない信頼が感じられ、 そのことによってもまた、古典を学ぶことへの意欲を喚起せられるように思います。

(学術情報センター図書館 鋤柄)