[2007.11.1更新]

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2007年11月の5冊

 


 

『美しきもの見し人は』 [請求記号: 081/535/121]

堀田善衛著 朝日新聞社 (朝日選書)

 いま私の手元にある堀田善衛の美術エッセイは1969年刊の新潮社版で、フランス、スペイン、イタリアなどの絵画、 建築のカラー版を含む写真が、当時としては珍しくたくさん掲載されています。その中の1枚に、 南フランスのアルビにあるサン・セシール教会の写真があり、はじめて見たとき、私はその異様さに不思議に心を打たれました。 小さな町の広場に突然、空から軍艦が舞い降りたといった風情の、人が近づくことを峻拒している教会。 人を癒すのではなく、威嚇するかのような教会。それは私の教会の概念からはほど遠いものでした。しかし、堀田善衛の文章を読んで、 私は納得しました。その教会は、異端の町の戦う教会であったのだと。 12世紀にアルビを中心とする地方にローマ・カトリックに対する異端の運動が起こり、反抗と弾圧と禍々しい流血の中で、 この教会は建てられたのでした。そして600年近くの年月を経て、この教会のすぐ近くの貴族の館で、 異形の画家ロートレック(11月13日から名古屋で展覧会あり)が生まれ育ったことも知りました。美は美から生まれるばかりでなく、 醜いものを介して美が育まれたり、醜さそのものが美に転化することもあるという複雑な関係を、 私はこの本を通して初めて理解できたのでした。
 この本を読んでから十数年後の暑い夏の日に、寂れたローカル線の一両電車に乗って、アルビの町を訪れました。 赤レンガ屋根の町は死んだように静かでした。サン・セシール教会はその中心の広場に、近くで見ると、 写真と変わることなく異様な姿で聳え建っていました。しかし、町を流れるガルタンプ川の対岸から眺めた教会の遠景は、 町の家々の佇まいに長い年月をかけて溶け込んできたからでしょうか、息を呑むほど美しいものでした。
 作家の鋭い感性を通して書かれた美術エッセイとしては他に、安岡章太郎「絵のある日常」(平凡社)、 辻邦生「橄欖の小枝」(中央公論社)、中村真一郎「眼の快楽」(NTT出版)があります。どれも美しい絵の図版入りです。

(学術情報センター長 加藤義信(文学部児童教育学科))

 

『明文術 : 伝わる日本語の書きかた』 [請求記号: 816//410]

阿部圭一著 NTT出版

 11月になり,卒業論文や修士論文の締め切りが気になる学生さんも多いかと思います. 今年度からは卒修論の表彰制度も整備されました.素晴らしい論文を提出してください.
 さて,皆さんは,実験や調査だけでなく,卒業・修士論文や学術論文の文書を作成する時間を確保していますか. いくら,素晴らしい結果やデータが得られたとしても,それらが正確に伝わるような文書(紹介図書では明文)を書くことができないと, 相手(先生や研究者)に文意を誤って解釈されたり,最悪の場合は,読んでくれなかったりすることもあるかもしれません. 名文(うまい文書)ではなく,明文(わかりやすい文書)を書くことが必要になります.明文を書くことに関する本は, 今回紹介する本だけでなく他にもたくさんあります.しかし,それらの多くは「理科系のための」や「レポート・論文の書き方」などの タイトルなので,文系の人は手を触れなかったり,レポートや論文ではないから関係ないと素通りしたりする人も多いと思います. この本の良いのは,このような誤解を避けるために「明文」とタイトルに入っている点です.
 明文を書くことは,卒業してからも求められます.自分にフィットするような明文に関する文章読本を, 一冊ぐらいは持っていると良いかもしれません.例えば,木下氏の著作 [1]は,非常に評価の高い本です. 発刊以来20年以上も売れ続けています.タイトルに「理科系」とあるため,誤解される人もいるようですが, 理科系の学生や研究者向けというよりも,「仕事で使う」,「円滑なコミュニケーション」, 「Professional communication」のための文章読本と考えた方が良いと思います.それ以外にも[2]や[3]もお薦めします.
 余談ですが,[4]は今年のベストセラーのひとつです.この本によると,日本社会は見た目や印象を重視する「見た目主義社会」 へ移行していると指摘しており,多くの職場で「企画書は中身だけが良くてもダメ.まず読む気にさせろ」と 上司が部下に指示しているようです.是非,学生時代のうちに, 論文やレポートの作成過程で,明文を書く練習をしてください.

[1] 木下是雄,『 理科系の作文技術』,中央公論新社,1981.
[2] 木下是雄,『 レポートの組み立て方』,筑摩書房,1994.
[3] 本多勝一,『 中学生からの作文技術』,朝日新聞社,2004.
[4] 岡田斗司夫,『 いつまでもデブと思うなよ』,新潮社,2007.

(学術情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部地域情報科学科))

 

『図書館に訊け!』 [請求記号: 015//225]

井上真琴著 筑摩書房 (ちくま新書)

 10月24日から始まった「論文・レポート作成のための図書館利用講座」にちなんで、今回はこの本を紹介します。 本書はベテラン大学図書館員である著者が図書館の有効的な使い方をわかりやすく紐解いています。 論文やレポートを書く学生さんをはじめ、司書をめざす人にも勿論おすすめできる一冊です。
 今やインターネットは生活に欠かせないものとなっていますが、図書館でもインターネットが介入して以来、 簡単に世界中の文献所蔵情報や論文情報を調べることができるようになりました。 しかし、インターネットと印刷媒体の両方を上手に併用することが大事であることを自動車と自転車で比喩して、 「自動車は速く走れるが、自転車でなければ見えてこない世界、徒歩でなければ感じ取れない世界がある。」(P249)と言っています。
 論文を書く前に本書を読んで図書館をとことん使い倒しましょう。
「図書館は永久に未知の国です。」(P10)

(学術情報センター図書館 金久)


 

『肉食の思想 : ヨーロッパ精神の再発見』 [請求記号: 080/92/12]

鯖田豊之著 中央公論社 (中公新書)

 西洋中世史家が、食生活という人間の基本的行為に着目し、そこから、ヨーロッパの思想的伝統に迫ろうとする力作。 「ヨーロッパには、主食と副食の区別がない」、「ヨーロッパには、日本の米に相当するような主食がない」といった著者の主張に、 当時、パンがヨーロッパの主食だと漠然と思い込んでいた自分は、意表を突かれた気がしました。
 主食と副食の区別がない。肉食率が高い。穀物生産力が低いにもかかわらず、その摂取に努める。このような食生活パターンは、 ヨーロッパの気候や風土から必然的にもたらされたものであり、それを豊富なデータに基づいて説明するT、U章だけでも、 十分興味深い内容ですが、著者にとってより大きな課題は、この食生活パターンが、 ヨーロッパの思想形成にどのように働きかけていったのかを検討するところにあります。こうして、肉食に関しては、 身近な家畜に対して一線を画す態度(=人間と動物との断絶論理)から、 キリスト教とも結び付いた人間中心主義や階層意識が育まれたことや、パン食から、ヨーロッパ固有の社会意識が形成されるプロセスが、 説得力をもって明らかにされます。
 では、日本の場合はどうなのか。近代以降、日本に輸入されたヨーロッパ思想や、戦後の日本で顕著に進んだといわれる肉食。 本来、ヨーロッパとは異なる食生活パターンをもつ日本に、それらは実質的なものとして受容され得たのか、 あるいは、そうはならなかったのか、非常に気になるところです。
 本書は、今から40年以上も前に新書として出版されましたが、今年になって新たに文庫版が出るなど、 とにかくそう簡単には内容が色褪せない本だと思います。食生活パターンという身近な入口から、 ヨーロッパの思想的根幹へと読者を引きずり込んでくれるこの1冊をぜひお薦めします。

(学術情報センター図書館 笹野)


 

『食道楽』上・下 [請求記号: 080/175-1/22H]

村井弦斎著 岩波書店 (岩波文庫)

本書は一応小説の形を取ってはいますが、料理に関するウンチクが大半を占めるという奇書です。 明治時代に新聞連載されて大ベストセラーとなり、一時図書館職員にも小ブームを呼びました。 通読するには正直冗長ではあるものの、当時ハイカラだったレシピや料理道具の話には想像が膨らみます。 若鶏と偽った年老いた鶏を高値でつかまされるという、100年前と今との変わらなさに思わず嘆息してしまうエピソードもあります。 豊橋出身の弦斎は、後半生は世捨て人同然となり、本書とともに長い間忘れ去られていましたが、 近年「食育」という言葉を初めて使った人物として再評価されています。

(学術情報センター図書館 新川)