[2007.12.3更新]

今月の5冊へ先月までの5冊へタイトルリストへ

書名のリンクは図書館所蔵です。別ウィンドウが開きます。

2007年12月の5冊

 

 

『大江健三郎作家自身を語る』 [請求記号: 910.2//2038]

大江健三郎著 尾崎真理子聞き手・構成 新潮社

 今の若い人たちにとって、「ノーベル賞作家」というフィルターを通さずして大江健三郎と向き合うことは不可能でしょう。 しかし、私のような団塊の世代にとっては、大江健三郎は1960年代の若者の希望や、その希望と裏腹な閉塞感を見事に描いた 作品群をもって登場した若き前衛でした。学生の頃アルバイトで稼いだなけなしのお金で、出たばかりの 『 大江健三郎全作品』6巻本を買い、 蒸し暑い梅雨の季節から夏の終わりにかけて、畳に寝転びながらその全部を読んだ当時の記憶がなつかしく蘇ります。 大江健三郎は、1963年に長男光君が障害をもって生まれた後、『個人的な体験』を書くことによって若き日の小説群から決別し、 その後は郷里の四国の奥深い谷間の小宇宙を舞台とする神話的な物語や、1970年代以降は光君を中心とする家族の物語を紡ぐ作家へと 変貌をとげていくことになります。私はその頃から大江健三郎を読まなくなりました。彼の中での「若き前衛」の時代の終わりとともに、 私の中でも青年期が終ろうとしていたからでしょう。
 2年前、万博に合わせて本学が国際学生シンポジウムを企画し、その講演者として大江健三郎さん(以下「さん」付けとします)を お招きしました。そのとき、私は役目上、大江さんとの会食に列席する幸運に恵まれ、若い頃の憧れの人に40年近い歳月を経て初めて 会うことができました。大江さんは私が想像したよりは大柄の、耳の大きい人でした。
 今年の5月、70歳を越えた大江さん自身が自らを語った本書が出て、私は改めて、大江さんの人生の節々の出来事とその人柄について、 さらに詳しく知ることになりました。作家なら当然なのですが、大江さんが見かけの穏やかさとかけ離れた「激しさ」をもった人である こと、進歩的知識人としてのスタンスへの嫌がらせや攻撃に対し絶えずストレスを感じ続けてきたこと、 それでも破滅的な作家像に自らを重ねないで踏み止まり、勤勉な作家生活を続けてきたこと等々、どの点にも興味は尽きませんでした。 例えば、大江さんの「激しさ」は、「今、一番の願いごとは?」と訊かれて、「東アジアの非核化。あいつ(複数)の消滅」と 答えていることに見られます。私はこの返答に、ノーベル賞作家という肩書きから少しだけ自由になった大江さんを覗き見て、 かえって妙に納得もしたのでした。
 大江さんの小説で私がいちばん好きなのは、『空の怪物アグイー』という初期の短編です。大江さんの「激しさ」の中にある 「優しさ」が、最もよく出ている作品だと思います。また、エッセイ『ヒロシマ・ノート』からは、思想的に最も大きな影響を受けました。

(学術情報センター長 加藤義信(文学部児童教育学科))

 

『文化インフォマティックス : 遺伝子・人種・言語』 [請求記号: 469//315]

ルイジ・ルカ・キャヴァリ=スフォルツア著 赤木昭夫訳 産業図書

 DNA鑑定は犯罪捜査に利用されています.例えば,犯行現場に残された犯人のものと思われる毛髪等から抽出したDNAと, 容疑者の血液から採ったDNAの構造と比較をして,一致すれば犯人と断定します.食品偽装問題でも利用されました. DNA鑑定が可能になったのは,バイオインフォマティクス(bioinformatics)という学問領域の進歩があります. バイオインフォマティクスは生命科学と情報科学・工学が融合した学問分野で,主に遺伝子に関する情報を高度な情報処理技術によって 分析する学問のことです.日本語では「生命情報学」「生物情報学」などと称されています. 参考図書[1]にはバイオインフォマティクスの黎明期のドタバタがかかれています. 今でこそ当たり前のことが当時は否定されていました.
 推薦図書は,生命も文化も,ともに有用な情報を世代から世代へと蓄積していくという意味で似ていると解釈し,議論を進めています. 生物は環境に適した遺伝子型を自動的に選んでいくことにより,環境へと適応していきます.一方,文化的な情報は, 別の人から受け取り選択的に保存されることで,ひとりの人の神経細胞に蓄積されます.そして,会話,観察, 本やインターネットなどのメディアを通して,また別の人に伝わります.生物進化で生ずる突然変異は,文化伝達では, 文書の写し間違い(偶然あるいは意図的)等に相当するとしています.
 情報爆発時代,我々はちゃんと後生に文化を残せるのだろうか?少し不安になりました.この本は,検索サイトで 「インフォマティクス」と入力してもリストアップされません.「インフォマティックス」と入力する必要があります. 後者で表示されるのは推薦図書だけでした.圧倒的多数で前者が利用されていますが,どちらのカタカナが外国人に通じるのでしょうか. 正しい情報を後世に残すためにも,外来語をカタカナにする場合のある程度のルールが必要だと感じました.

[1]岸宣仁,『ゲノム敗北―知財立国日本が危ない!』,ダイヤモンド社,2004.

(学術情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部地域情報科学科))

 

『権威と権力 : いうことをきかせる原理・きく原理』[請求記号: 080/888/19]

なだいなだ著 岩波書店 (岩波新書)

 内容は書名のとおりです。精神科医の「私」のもとを訪れた高校生が、学校生活の中で感じた素朴で漠然とした疑問から出発し、 「私」との対話をつうじて権威や権力についての考察を深めていくという設定で、全篇が平易な会話文からなり、 速読の人ならば1時間ほどで読み終えることのできそうな小冊子です。
 しかしながら、表面上コンパクトでやさしいこの本の中身は、なかなかに深く重い課題を提示しています。
 日常生活で見過ごされがちな身近な現象を採り上げて、さまざまな角度から分析し、 それらが本質的には権威や権力の問題であることを指摘し、人が権威や権力にいかに取り込まれていくか、 それらに対していかに自立的で相対的な立場を保ちうるか、個人レベルの身近な事柄から社会体制・革命といった 世界史的レベルのテーマにまで縦横に検証・考察していきます。1974年刊行と、今から少し前の時代に著された本であり、 読む際には当時の政治経済社会文化の状況や歴史的知識を時代背景として念頭におく必要がありますが、 その言わんとするところは全く古びていず、それどころかますます今日的な問題であること、 つまりはいかに普遍的な課題であるかということを思い知らされます。
 また、このての内容を、著者ならではの軽妙洒脱な文章で楽しく(?)読めてしまうのもこの本の魅力です。
 内容に対する賛否を措いても、物事の本質を見極める視点を持つことの大切さを教えてくれるという意味でも一読を勧めます。

(学術情報センター図書館 鋤柄)


 

『発達障害がある子どものためのおうちでできる学校準備』基礎編 [請求記号: 378//1159]

道城裕貴, 寺口雅美著 Kid's Power

私は、少しだけ、軽度発達障害の子どもの気持ちがわかる立場にいます。そしていつも軽度発達障害の子って、 教えがいがあると思い、感動の場面に遭遇しています。また彼らはみんなに追いついて追い越すことが夢で、 それを実現する力を持っていると思っています。ただ、夢をかなえる為には、気合の入った協力者が必要になります。
ラッキーなことに本校の学生さんの中から、その協力者に出会うことができました。 現在、数人の子どもたちにソーシャルスキルトレーニングを教えていただいております。 そしてその活動をもっと有効にするスパイスがつまった本が県大に届きました。うれしい気持ちでいっぱいです。 と同時にとても心強いです。著者のお一人である寺口博美さんは、「誰もやらないなら私たちがやりましょう。」 の粋な心意気を持つ(株)Kid’s Powerに在職されています。
寺口さんが現職、今の会社を選んだ理由は、「まだサービスの形が出来上がっている分野でない為、 自分達で考えて創っていける余地があり、人が成長していく上で、最も大事だと思う子どもの‘人と関わろうとする気持ち’ を育んでいけると感じたから」この気持ちがあったからこそ、素敵な本が生まれたのだと思います。 この本は特に教職に興味のある学生さんに、ぜひとも一度は、手にしていただきたいと願っています。 私と同じ様に本を開いたら、ワクワクな気持ちと心強さを体感していただけるといいなと思います。 それから発達障害の子って、あと少しの手助けで上手くできることが結構あることに気づいていただけるのではないかと思います。 よろしくお願いいたします。いつかどこかの小学校で実践していただけたらありがたいですね。
ps.興味のある方は文学部教員センターまでお越しください。寺口さんの仕事についてのインタビュー記事をご紹介いたします。 株式会社Kid's Powerは、正社員4名、パート1名の小さな会社です。勤めるなら「大企業でなくっちゃ」と 就職活動をしている学生さんにもご覧になっていただけたら幸いです。会社と成長を一緒にできるなんて夢があっていいですよね。 仕事のやりがいとは・・・答えがみつかるかもしれません。そして仕事は、現場を知ることが大切だということが、 うーんと納得できるのではないかと思います。

(文学部教員センター 佐治)


 

『エーリカ : あるいは生きることの隠れた意味』 [請求記号: 943//697]

エルケ・ハイデンライヒ著 ミヒャエル・ゾーヴァ絵 三修社

 この物語に出てくるベティは自分に無関心な母親、別れた恋人とのお互いを傷つけあうだけの無意味なつながりの中で 「まるで生活するのを忘れてしまったかのような」毎日を送っています。完全に断ち切ることのできない恋人の元へ 何年かぶりに会いに出かけるクリスマスイブの日、ベティはデパートでエーリカに出会います。エーリカは柔らかな長い毛と 空のような青いガラス玉の目を持つ等身大のピンクのぶたのぬいぐるみです。エーリカを抱きかかえて旅をする先々で エーリカは人々の微笑みを誘い、なでられ声をかけられその場の空気を暖かなものに変えてしまいます。 エーリカはぬいぐるみですから特別な何かをするわけではありません。ただその穏やかで冷静な表情から、 出会った人たちが「物事はあるがままに受け入れればいい」と気づくのです。旅が終わる頃、ベティは恋人との別れを決め、 母親を認め、生きていく力を(静かではありますが)感じることができるようになります。 どんよりと暗く陰鬱なドイツの街並みの中で、画家ミヒャエル・ゾーヴァが描くエーリカはほんのりと光るガス灯のようです。

(学術情報センター図書館 西脇)