[2008.2.1更新]

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2008年2月の5冊

 

 

『英語でよむ万葉集』 [請求記号: 080/920/19B ]

リービ英雄著 岩波書店 (岩波新書)

 最近テレビを見ていてびっくりするのですが、流暢な日本語を話す外国人が増えています。 しかし、書きことばとしての日本語をその微妙な美的ニュアンスも含めて自在に駆使できる外国人は、きっと今でも多くはないでしょう。 リービ英雄は、その稀な外国人の一人です。アメリカの外交官の息子として生まれ、少年時代を台湾、香港で過ごし、 英語、北京語のバイリンガルとして育った彼は、17歳のとき初めて東京を訪れ、日本語と出会います。 抽象性の高い英語や中国語と対比して、「日本語の具体性、特に….『大和ことば』、いわゆる『和文脈』に魅かれた」 リービ少年は、それからひたすら日本の小説や詩歌を読み、やがてアメリカの大学で日本文学を講ずる教師となります。 彼にとって日本語は、中国語のようにバイリンガル言語となるにはその出会いが遅すぎた言語です。 「いくら努力しても一生『外』から眺めて、永久に『読み手』であることが運命づけられていた」 (エッセイ集『日本語を書く部屋』より)言語です。にもかかわらず、リービ英雄は40歳の直前に、 「日本語は美しいから、ぼくも日本語で書きたくな」り、アメリカの大学の教授職を投げ打って、日本語の世界へと越境するために、 日本に定住する道を選びます。日本語を母語としない作家によって書かれた最初の日本語の小説 『 星条旗の聞こえない部屋』は、 こうして生まれたのでした。
 『英語でよむ万葉集』は、上記のような経歴をもつ著者による、驚くべき本です。 古文を直接読んで鑑賞できるほどの教養もなく、英詩がわかるほどの英語力もない私に、 この本は初めて、万葉と英詩の二つの世界の音のリズムのすばらしさを教えてくれました。 何より、まず次の例、柿本人麿が妻を亡くしたとき哀慟して詠んだ歌をみてみましょう。
「…大鳥の 羽(は)易(がひ)の山に 汝(な)が恋ふる 妹(いも)は座(いま)すと 人の云へば 岩根(いはね)さくみて  なづみ来し 良(よ)けくもぞなき うつそみと 思ひし妹が 灰に座(いま)せば」 (…大鳥の羽易の山にあなたの恋しい妻がいらっしゃると人が言うので、岩を踏み割り、苦労をしてここへ来たが、 その甲斐はまったくなかった、この世の、生きている人だと思った妻が、灰なのだから。)
 リービ英雄による英語訳は以下の通りです。
「…And so when someone said, / “The wife you long for / dwells on Hagai mountain, / of the great bird,” / I struggled up here, / kicking the rocks apart, / but it did no good: / my wife, whom I thought / was of this world, / is ash.」
「岩根(いはね)さくみて なづみ来し」が「I struggled up here, / kicking the rocks apart,」となっているところに、 私は思わず唸ってしまいました。簡潔でリズミカルな英語表現によって元の歌の意味が鮮明になり、 短くて具体的なイメージ喚起力のある万葉古語の音の美しさもいっそう引き立つといった、二つの言語の究極の幸福な関係が、 ここには実現されていると言っても過言ではないでしょう。心理学の領域ではありますが、 少なからず翻訳の仕事も好きで続けてきた私にとって、この本が実現した世界はほとんど奇跡のように思えてなりません。

(学術情報センター長 加藤義信(文学部児童教育学科))

 

『ポアンカレ予想』 [請求記号: 415//332]

ジョージ・G・スピーロ著 早川書房

 2007年の秋頃、NHKで「ポアンカレ予想」をついに解き明かしたペレルマンというロシア人数学者を特集した ドキュメント番組が放映されたのですが、みなさんはご覧になったでしょうか。数学者アンリ・ポアンカレが、 1904年に提出したこの「予想」は、長年にわたって数学者たちを悩ませてきましたが、2002−03年、 ペレルマンがその証明を試みたとみられる論文をネット上に掲載します。彼はこの業績によって、 2006年の「フィールズ賞」を受賞するのですが、研究者の倫理にこだわる至って謙虚なこの天才数学者は、それを辞退し、 結局授賞式にも現れなかったそうです。
 恥ずかしながら、私はその番組を見るまで、かくなる世紀の謎が数学界で議論されていることすら知りませんでした。 ただ、数学は昔から好きでしたし(成績は別として)、フランス政治を専攻する私にとって「ポアンカレ(Poincare)」という 名前にピンと来るものがあり、発売されたばかりのこの翻訳書を読んでみることにしてみました (アンリは、フランス第三共和政時代の政治指導者として活躍したレイモン・ポアンカレと従兄弟の関係です)。
 ポアンカレが挙げた研究成果のなかでも、数学界に大きな影響を与えたのが「トポロジー(位相幾何学)」という分野とされます。 同書でも、この比較的新しい分野の発展史について言及しているので、私たち読者も、文章を読みながら、自分の頭の中で、 空間(二次元、三次元、四次元!?...)に浮かぶ物体を膨らましたり、縮めたりしなければならず、 時々分からなくなるときもありますが、これにめげることなく読み進んでいくと、この100年の間に、 各国の数学者がその解明に挑んできた苦悩と感動の人間ドラマに出会うことができます。証明に成功したと発表するも、 誤りが見つかり落胆する...。スイス日刊紙の記者である著者は、念入りな取材をおこなった上で、 そこに登場する数学者たちの研究テーマだけでなく、生い立ちや幼少時代の学校での成績(「神童」は意外に少ない!?)、 性格などについて事細かに紹介しています。論理の世界に生きる数学者といえども、人間であることに代わりないことがよく分かります。 政治学の分野にも同じような人間ドラマがあるのか否か、私には分かりませんが、人間としての生き方の問題として、 考えさせられる事例満載の一冊でした。

(学術情報センター長補佐 中田晋自(外国語学部フランス学科))

 

『効率が10倍アップする新・知的生産術 : 自分をグーグル化する方法』[請求記号: 002//347]

勝間和代著 ダイヤモンド社

 しばらく前は,論文作成などの知的生産活動は大学教員や研究者だけがしていた活動でした.そのため, 知的生産のノウハウを著すのは大学教員や研究者でした(参考図書[1,2,3]). ところが,インターネットの普及により,大学の図書館でしか読めなかったような専門雑誌が, パソコンをインターネットに接続すれば,一般家庭でも読めるようになりました.大学や研究機関に属していなくとも, 意欲さえあれば,知的生産活動ができるわけです.
 このような社会で,自分らしく生きていくためにどうしたら良いのでしょうか?推薦図書には具体的なヒントが書かれています. 著者は,「世界の最も注目すべき女性50人」に選出され,「エイボン女性大賞」を史上初の30代で受賞したスパーワーキングマザーで, 働く女性のためのコミニュティサイト「ムギ畑」の創始者でもあります.この本で,私が気にいったのは,彼女が, 知的生産性を高めるために,食生活に注意し,ロードバイクに乗り,筋トレをし,睡眠時間を大切にしている点です. また,「本との出会いは一期一会である.買わない本は読まないのだから,とりあえず買う」という姿勢も気に入りました.

[1] 外山滋比古,『 思考の整理学』,筑摩書房,1986.
[2] 川喜田 二郎, 『 発想法:創造性開発のために』,中央公論社,1967.
[3] 野口悠紀雄, 『 「超」整理法:情報検索と発想の新システム』,1993.

(学術情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部地域情報科学科))

 

『地域再生の経済学:豊かさを問い直す』[請求記号: 080/1657/12]

神野直彦著 中央公論新社 (中公新書)

 工業の衰退(+空洞化)⇒地方都市の工業と商業の衰退⇒地方都市の財政破綻⇒工業によって荒廃した生活環境のさらなる悪化⇒ 地方都市からの人口流出⇒地方都市の荒廃と激しい動揺。本書の書き出しにあるこのような負の連鎖に、 かつての基幹産業を失った地方都市が財政再建団体に陥ったことを伝える報道や、 シャッター通りと呼ばれる寂れた町の商店街の光景などが思い浮かびます。過疎化、少子高齢化、郊外乱開発と中心市街地の衰退など、 地域の危機は現代の日本で最も深刻な問題のひとつであり、このテーマを対象とした研究も多岐の分野にわたって行われているよう ですが、本書は、財政学の専門家が、地域社会が衰退に陥ったプロセスをひととおり眺めた上で、疲弊した地域を財政から立て直す ことを提言した本です。
 そもそも日本の地域社会がなぜ危機に瀕しているのか。著者によれば、その理由は、現在が工業社会から情報・知識社会への転換期 (エポック)にあるからということになります。工業社会が終わりに近づいているため、工業都市に代表される現代の地域社会が動揺 するという単純明快な理屈ですが、このあたりの記述は、ひとつ前の農業社会から工業社会への転換期のことも含め、 産業構造の転換に伴って都市の機能や立地がどのように変化してきたのか−産業構造の転換とは地域構造の変化にほかならない− を描いた都市史・都市論としても面白い展開になっています。
 さらに著者は、これまで日本が進めてきた地域政策にも着目し、1980年代以降の市場原理にもとづく大都市重視政策が、 産業の空洞化や公共事業の抑制に直面していた地方の衰退に拍車をかけ、バブルという予期せぬ副作用まで招いてしまったという 捉え方をします。地域社会に動揺をもたらすような歴史的転換期に、地域の衰退をいっそう促すような地域政策が採られてきた とするならば、それは実に不幸なことだと言わざるを得ず、著者が強調するように、 このような失敗を繰り返す愚行は許されないでしょう。
 では、衰退した地域社会を死滅させずに再生させるための方策とは何か。地域社会の動揺は先進諸国に共通の現象であっても、 地域再生のシナリオは一様ではない。日本が選択すべきシナリオは、地球環境や人間の生活を脅かす市場原理主義ではなく、 「サステイナブル・シティ(持続可能な都市)」にあるとし、その前提となる地方分権や税制改革などの政策論が後半で展開されます。 ちなみに「サステイナブル・シティ」とは、ヨーロッパで、工業の衰退によって荒廃した都市を、自然環境や地域文化、 教育などをキーワードとして、人間の生活の「場」としての持続可能な都市に再生させる動きのことです。 成功例として、フランス・アルザス地方のストラスブールやスペイン・バスク地方のビルバオなどが知られているようですが、 具体的な内容については本書をご覧になってください。 今後の地域政策において日本が進むべき方向性を考える上で重要な示唆を与えてくれる1冊としてぜひお薦めします。

(学術情報センター図書館 笹野)

 

『イギリス人はかなしい: 女ひとりワーキングクラスとして英国で暮らす』  [請求記号: 302.3//166]

高尾慶子著 展望社

本書は、イギリス人音楽家と結婚、離婚し、その後日本レストランウェイトレス、ハウスキーパーなどワーキングクラスとして イギリスで暮らす日本人女性のイギリス見聞録です。1998年5月天皇皇后両陛下訪英の日本では決して報道されなかった抗議デモと イギリスでの真実の報道。天皇の馬車が来ると背中を向けたり、中には日の丸を燃やし始める人もいたのです。 その根底には第2次世界大戦中東南アジアでの日本軍による捕虜虐待の歴史があるのです。これは後に 『 戦場にかける橋』という 映画にもなっています。戦争は60年たった今でもイギリスばかりでなく色々な国々にその残虐な行為の傷跡を残しているのです。 しかし一方、その後日本海軍に救助されたという元イギリス海軍士官の投稿がロンドンのタイムズ紙に投稿されたことを知り、 日本人として少しほっとしました。 ( 「敵兵を救助せよ!」が物語る別の真実【岸田コラム】より)
決して西洋至上主義でない威勢のよい著者の英国論は日本を卑下することなく、痛快でさわやかです。 イギリスの実情がよくわかります。

(学術情報センター図書館 金久)