[2008.8.1更新]

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2008年8月の5冊


 

 

『朗読者』 [請求記号:943//594]

ベルンハルト・シュリンク著 新潮社

 7月中旬に1週間、ドイツへ行ってきました。ヴュルツブルクというドイツ中部の小さな大学町で開かれた国際行動発達学会に参加するためです。もう何度もヨーロッパに行っているのに、なぜかドイツ語圏にはあまり縁がなく、今回がはじめてのまとまった日数の滞在となりました。
 ドイツの地方の小都市が清潔で安全なことに、まず驚きました。私は外国に行くと、街角の公衆電話がコインを入れて問題なく使えるかどうかを一つの指標に、その国の安全度を判断することにしています。その点、ドイツはまったく問題ありませんでした。かつて住んだことのあるフランスでは公衆電話は壊れていて当たり前、若者の集まる街の一角は落書きだらけだったことを思い出すと、隣国どうしのこの隔たりは何だろうかと改めて考えさせられました。
 こんなわけで第1日目から、ヴュルツブルクの町の、にこやかに微笑む人々、豊かな生活、ゆっくり流れる時間にすっかり魅せられてしまったのですが、3日目ぐらいから何だか、この「豊かさと清潔」にかすかな違和感を覚えるようになりました。若いときに読んだドイツの小説に描かれていた世界が少しずつ記憶に蘇ったからです。ヘッセやトーマス・マンの小説にも、「豊かで清潔」な小市民的世界が登場するのですが、一方でそれらの小説には何か底なしの暗さや病んだ精神の世界が描かれていました。とすれば、私が一旅行者として目にしている7月の明るいドイツの美しい町並みや人々の健康な顔は、表層にすぎないことになります。実は、人々の心の深層には、阿部謹也(『物語ドイツの歴史』中公新書)が言うように、中世の深い森と泉の世界に繋がる呪術的な心性が今も根強く残っているのかもしれません。そんなことを考えていると、ナチス時代の狂気をも生み出したドイツという国の奥深さ、不可思議についてもっとよく知りたくなり、帰ってからまた読みたい本の種類が増えることになってしまいました。
 前書きが長くなりましたが、今回紹介するベルンハルト・シュリンクの『朗読者』は、ドイツ現代小説の中で、私が上記のような意味での「ドイツ的」二面性といったものをもっとも強く感じ、それゆえ、他のどの国の小説とも異なる深い感動を経験した本です。
 物語は、15歳の少年ミヒャエルがふとしたきっかけから、21歳も年上のハンナという女性と知り合いになるところから始まります。会うと必ずハンナは少年に本を朗読するよう求め、少年は学校で習った文学作品をハンナのために読む、これが彼らの逢引の習慣となるところが、この小説全体の伏線となっています。小説はミステリー仕立てになっているので、「なぜ朗読なのか?」をここで種明かしすることはできません。あっと驚く秘密が、実はここに隠されています。やがて、ハンナは町から失踪し、その5年後、大学で法学を専攻することになったミヒャエルは、再び偶然、法廷で裁かれるハンナに出会うことになります。彼女は、戦争中、強制収容所の女看守であったからです。この裁判を欠かさず傍聴する中で、ミヒャエルの前に、ハンナの過去と「なぜ朗読であったのか?」の秘密が次第に明らかとなっていきます。
 あとはぜひ、ご自分で読んでください。最後はきっととめどなく涙が出てしまうでしょう。それほど深く心を揺さぶられます。
 シュリンクには、この小説のほかに、『逃げてゆく愛』(新潮クレスト・ブック)があります。短編集ですが、こちらもお奨めです。

(学術情報センター長 加藤義信(文学部児童教育学科))

 

『サービスサイエンス』 [請求記号:673.9/Sa11]

北陸先端科学技術大学院大学MOTコース編集委員会編集 エヌ・ティ・エス

 昨日も今日も最高気温は30度以上で,真夏日でした.天気予報ではこの先一週間も真夏日のようです.私が子供の頃(30年以上前)は30度を超えることがニュースになったような記憶があります.しかし,最近は,真夏日ぐらいではニュースになりません.35度を超える猛暑日でさえもニュースにならなくなりました.万年青年のつもりでいましたが,年を重ねるたびに暑さが堪えるようになりました.洞爺湖サミットで共有された地球温暖化対策の成果がでて,猛暑日が懐かしくなるような時代がきて欲しいものです.
 地球温暖化対策の1つの手段として,各国の温室効果ガスを削減するという方法があります.削減目標値をクリアーするための仕組みとして,市場原理などを活用し,国際的に排出権を取引するメカニズムも整備されてきました.排出権市場の創設です.排出権を持たないと,生産設備があったとしても,工場で製品を作れなくなってしまうという国際ルールが広がりつつあります.国際的に通用する金融証券市場の創設に関しては,我が国は遅れをとりました.排出権市場については,遅れて不利にならないように期待しています.
 ところで,我が国のサービス産業は,そのGDPは全GDPの7割を超えます.また,就業者数の2/3以上が,サービス産業に従事しています.私は,これだけの規模だからこそ,サービス産業の生産性を見直すことは,温室効果ガスを劇的に削減する有効な手段の1つだと考えています.また,食糧問題やエネルギー問題や多文化共生問題などを解決するためには,サービスをサイエンスすることが重要でないかと,私は考えています.そのためには,日本人的な「サービス=タダ」という誤った認識を改め,サービスをサイエンスするという思考が必要になります.紹介図書には,サービスサイエンスは,理系だけでなく文系の領域の学問も必要とされる文理融合型の学問であり,学際横断的学問領域(Multidisciplinary, Interdisciplinary)であることが丁寧に説明されています.サービスサイエンスでは,各学問を融合した新しい研究領域の確立が目的ではなく,各学問がそれぞれの得意技を持ち込み課題解決志向で協働するスタイルです.金融証券市場や排出権市場の創設だけではなく,グローバルな市場サービスに関する問題は,いよいよ文理融合型の学問が必要になると思います.

文献[1]は,『バカの壁』のように鋭く切り口で,養老先生が地球温暖化について語っています.文献[2]を読むと,昨今の石油高騰の背景が理解できると思います.文献[3]は,白川英樹先生の研究スタイルを紹介し,いろんな人と意見交換することの大切さを述べています.

[1] 池田清彦,養老孟司,『ほんとうの環境問題』,新潮社,2008.
[2] ソニア・シャー,岡崎玲子,『「石油の呪縛」と人類』,集英社,2007.
[3] 五島綾子,『ブレークスルーの科学 : ノーベル賞学者・白川英樹博士の場合』,日経BP,2007.

(学術情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部地域情報科学科))

 

『源氏物語の時代 : 一条天皇と后たちのものがたり』 [請求記号:081/A82/820]

山本淳子著 朝日新聞社

 私だけでなく、『源氏物語』に挑戦して、幾度となく途中で挫折している人は多いと思う。
 登場人物の多さや複雑な人間関係、創造を絶するような展開が理解のハードルを高くしているような気がする。しかし、定期的にマイブームが到来し、異なる解釈本を手にしてしまう。だが、結果は毎度、同じである。
 今年こそ何とかと思い、紫式部ゆかりの京都を旅をした折、同行してくれた雑誌記者の友人に進められたのが、「源氏物語の時代」であった。
 恐らく、挫折した多くの人も、この本を読むと心のもやもやがとれ、源氏物語を読破することができ、理解が進むと思う。
 なにより、この本の素晴らしさは、個人の想像力による今までの解釈本ではなく、「栄花物語」や「日本紀略」、「小右記」、「権記」などの豊富な歴史資料や学説のみに立脚して、恣意を抑え、研究者としての節度を超えないで源氏物語の時代を蘇らせている点である。
 そのことにより、この時代の主役である一条や定子、彰子だけでなく、脇役の数々の人間性を生き生きと伝えている。
 また、時を追った歴史資料に基づく丁寧な解説により、リアリティ溢れるドラマチックな世界が展開され、手に取るように源氏物語の時代を感ずることができ、その当時の舞台を俯瞰しているような錯覚に陥ってしまう。
 まさに、新たな目で「源氏物語」を読み取ることできる秀逸の本である。だてにサントリー学芸賞はとってはいない。

(学術情報センター 春日井)

 

『こんなとき私はどうしてきたか』  [請求記号:493.7/N34]

中井久夫著 医学書院

 昨年度から始まった「今月の5冊」の初回(2007年7月の5冊)で加藤義信先生が採りあげていられた中井久夫氏の著書を、もう1冊紹介します。なんとも魅力的なタイトルの本書は、著者が臨床精神科医としての長い経験・体験の中で考え、心掛け、実践してきたことを、精神科病院の現役スタッフに語るという研修会の講義記録です[1]。そのため第一義的には専門職向けの図書であるはずなのですが、そこで語られている内容が受講者(=読者)に伝えるものは、はからずもそれにとどまりません。医療に従事するものとしての優しさ、気遣い、心配り、それから自己および職場・職業に対する責任感、物事の考え方、身の処し方・・・と挙げればきりがありませんが、短くまとめて表わすとすれば「著者の深い人間的洞察力や知性、人柄までもが感じられる」とでも言うことができるでしょうか。
 なお、本書で語られている経験・体験の多くが他の著作でもしばしば取り上げられていますので、加藤先生も奨めておられましたように、一般向けに書かれたエッセイなども併読しますと、その意味をより深く理解することができるのではないかと思います[2]。
【附記】
 中井久夫氏は神戸大学精神神経科教授在任中の1995年1月に阪神淡路大震災に遭遇しています。被災地の大学病院での困難は想像を超えますが、地元および全国からいち早く参集した医師・看護師ら医療関係者の努力はよく知られているところです。中井氏はその只中にあって、被災地における精神科医師らによる活動の記録・手記をまとめあげ、早くも同年3月に刊行しています。[3]
 今回の紹介文の準備中にこの本の存在を知ったのですが、質量ともに充実した内容の記録文献が、被災からわずか2か月余という迅速さで刊行されたことに驚嘆し、その意義深さに感銘を受けましたので、併せてここに紹介します。


[1]当然ながら専門用語も出てきますし、精神科医療に関する前提や背景などの基礎知識を知っていれば理解の助になるのはもちろんですが、一般読者にとっても、それほど難解な箇所はありません。辞書や医療用語辞典などを参照するだけでも充分読み進めることができると思います。
[2]個人的な感想になりますが、『アリアドネからの糸』所収の「いじめの政治学」、『樹をみつめて』所収の「戦争と平和についての観察」に強い印象を受けました。特に後者は、古今東西の戦争を、精神科医ならではの観察や洞察によって独特の視点から論じたもので、一文一段ごとに納得してしまいました。ぜひとも読んでおきたい戦争平和論と思います。
[3]中井久夫編『1995年1月・神戸 : 「阪神大震災」下の精神科医たち』みすず書房(1995.3.24発行)

(学術情報センター図書館 鋤柄)

 

『心の研究のおもしろさに迫る』   [請求記号:007.1/N76/1]

大津由紀雄、波多野誼余夫編著 研究社 (認知科学への招待)

 認知科学(cognitive science)とは心の働きを探求する総合科学です。心理学、人工知能、言語学、人類学、神経科学、哲学など多岐の専門分野に渡る学際科学であり、心の働きを情報処理の仕組みとして捉え、様々な視点からの仮説/検証を繰り返すため、その研究手法を制限せず、既存の研究手法だけでなく、適した研究手法がなければ新たに造りチャレンジする、自由で面白い科学です。
 そのため、簡単にすべてを網羅した解説をすることは難しく、長い間、日本語で読める入門書がありませんでした。この本は、日本語で簡単に読める入門書を作ろうと試みた本です。少ないページ数で知覚、学習、記憶、創造性、言語の代表的ないくつかの認知科学の研究を各分野の専門家が簡単に紹介しています。また、もう少し詳しく知りたいと興味を持った読者のためのお薦めの本も「読書案内」という形で各パートの最後に紹介されています。これ1冊で認知科学の全貌を知ることができるわけではないですが、心の働きに興味を持っている読者が簡単に面白く読める良質な入門書となっています。
 知覚したり、学んだり、記憶したり、創造したり、言葉を使ったり、ヒトのすべての行動は心の働きが関わっています。どんな研究分野であっても心の働きを考えたいのであれば、認知科学の考え方、様々な研究手法を参考にすることができると思います。
 ひとつの考え方、ひとつの手法のエキスパートになることも大切ですが、それだけにとらわれずに、もっと広い視点でもっと自由な発想で自分の研究を楽しんでみてはいかがでしょうか。

(学術情報センター利用案内室 落合)