[2008.9.1更新]

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2008年9月の5冊


映像資料特集

映像資料特集

 

 

『Etre et avoir:ぼくの好きな先生』 [請求記号:DVD//182]

ニコラ・フィリベール監督・編集 バップ

 大学教員という職業をもう30年以上もやっているのに、そして今は教員養成を主とする児童教育学科の教員なのに(あるいはそれ故にか)、先生を描いた映画や学園もののドラマがあまり好きではありません。特にテレビドラマにかつてよく登場した、生徒と喜怒哀楽をともにしながら夕陽を背負って明日に向かって立つ熱血教師像が大嫌いでした。自分があまりにそうした教師像からほど遠いという自覚の裏返しかもしれません。
 ですから、学校の先生が主人公の映画は久しく見たことがありませんでした。ところが、3年前にたまたま「Etre et avoir」という記録映画に出会い、こうした偏見を少し改めることができました。私は発達心理学の研究者なので、子どもが初めて書きことばの世界に入っていくときに、何に困難を覚え、それがどのように克服されていくのかに関心があります。「Etre et avoir」というタイトルは、英語で言えば「be and have」にあたり、基本動詞の正しい活用と書き方の学習から始まるフランスの小学校教育の全体を象徴しています。したがって、私は、フランスにおける初期の書きことば教育の実情を少しは知り得るのではと期待して、この映画を観たのでした。
 映画は、フランス中部のオーベルニュ地方にある過疎地の村の小学校の半年間の記録です。小雪の舞う冬の寒い朝、スクールバスが広い村域に点在する家々を回り、子どもたちを乗せて学校に向かいます。生徒は、全部合わせても3歳から11歳までの13人。フランスでは幼稚園はécole maternelleといって、école(学校)のひとつと考えられていますから、人口密度が希薄な山村部では、きっと小学校は幼稚園も兼ねているのでしょう。学校では定年間近のロペス先生が子どもたちを迎えます。年齢の高い子どもたちと低い子どもたちの二つのグループに分かれて、ひとつの教室の中で始まる学校の一日。映画では、ときどき子どもたちどうしの諍(いさか)いはあっても、「出来事(événement)」と呼べるような出来事は何も起こりません。こうした学校の淡々とした日々が丹念に記録されていきます。
 13人の子どもと向き合う初老のロペス先生は、大袈裟に笑ったり怒ったり、大声をだしたりは決してしません。子ども一人一人に丁寧に寄り添いながらも、子どもと狎(な)れあわず、子どもに阿(おもね)りません。そして、子どもが発した疑問に自分で答えを見つけていく過程に、忍耐強く付き合います。以下は映画の冒頭に出てくる一例です。
 (アルファベットを習っている途中で突然、5歳ぐらいの子どもが先生に尋ねる)
  子ども「いまは午後、午前?」
  先生 「どっちだと思う?」
  子ども「午後?」
  先生 「午後の前に何をする?」
  子ども「食べる」
  先生 「昼食を食べた?」
  子ども「まだ」
  先生 「まだなら?」
  子ども「午前」
  先生 「そのとおり」
 これは何ということもないやり取りですが、私はすっかり感心してしまいました。日本の小学校教師であれば、授業の文脈から外れた子どもの質問を受け付けることは、まずないでしょう。受け付けたとしても、「午前」とすぐ答えて、元の学習に戻るよう指導するでしょう。ところが、ロペス先生は、子どもの発した脈絡のない疑問をそのまま受け止めて、時間を区切るカテゴリーの意味を子どもが自分で発見・理解していく手助けをします。映画では、こうした種類の会話を13人の一人一人の子どもと交わす場面が、形を変えて随所に出てきます。少し大袈裟な言い方をすれば、「対話を通して自分自身を成長させていく力」を子どもたちの中に育てることを、ロペス先生は何より重視しているのでしょう。
 この記録映画の魅力は、もちろん上記のようなロペス先生の子どもたちへの接し方にあることは言うまでもありません。しかし、それ以上に、子どもたちの瞬間瞬間の表情のすばらしさや、学校生活と並行して映し出されるオーベルニュ地方の冬から春にかけての自然の移り行きの美しさに、きっとすっかり魅せられてしまうでしょう。
 自分の学校経験によい思い出がある人もない人も、また、将来の教職に関心のある人もない人も、ぜひ見てほしい映画です。
 この映画を作ったニコラ・フィリベールは、他にも聴覚障害者の世界を描いた『音のない世界で』という素晴らしい記録映画を製作しています。この映画の中で、聴覚障害者たちが声を出さずに合唱するシーンは感動的です。こちらも必見です。

(学術情報センター長 加藤義信(文学部児童教育学科))

 

『ペイ・フォワード』[請求記号:DVD//628]・『フィールド・オブ・ドリームス』[請求記号:DVD//629]・『セント・エルモス・ファイアー』[請求記号:DVD//476]・『いまを生きる』[請求記号:DVD//475] 

 月刊誌The 21の2008年9月号のテリー伊東氏のコラムによると,『笑点』と『エンタの神様』のお笑いは全く別物で,『笑点』を楽しみにしている人は,「身近にある,ある」を面白く伝える『エンタの神様』のお笑いでは笑えないとのことです.お笑いも,世代や性差や嗜好で細分化され,誰もが笑えるようなお笑い番組は成立しないようになってきたようです.毎年,紅白歌合戦がもがいているのと同じです.笑点や落語派の私が話す講義中のジョークが受けなくなったわけです.さて,今月は映像特集です.これもお笑いと同じように,個人の好みがわかれるものになってきたと思います.
 私は映画を映画館で鑑賞することがとても好きです.なぜ好きなのか?1枚の紙幣(ファースト・ラストショーなどを利用する)で,約90分間,集中して,非日常的な空間で過ごすことができるからです.DVDをレンタルし,自宅で鑑賞するのと集中度が違います(我が家のAV環境が90’年代ということもある).結果として,映画から多くのことを学ぶ(学んだ)ので,私にとっては極めてコストパフォーマンスの良い娯楽でもあります.[1]や[2]は,映画のひと味違った楽しみ方が書いてあります.映画館で見た作品で,気に入った作品はDVDとして購入しています.現在は,ほとんどがDVDに入ったままですが,時間ができたら振り返ろうと考えています.
 私は,映画館に出かける方便や理由として,「英語のリスリング」,「マルチメディアの学習」,「ITの使われ方」,「将来のアメリカ留学に備えた下見」,「アメリカを知るための参考文献」などを使い分けてきました(家族や仲間に映画観賞=学習であると植え付ける!).私にとって,実は映画はハブ度が高いホームページ的なモノなのかもしれません.映画観賞後,映画そのもの,映画の背景文化,映画の台詞,映画の風景から次の興味へとリンクしていきますから,映画は私にとってハブ度が高いのです.ハブ度については[3]を参考にしてください(Webサイトには,訪問すればわかるサイト(オーソリティサイト)と訪問すればオーソリティへリンクするサイト(ハブサイト)があります).で,どんな映画を観るか?最近は週刊文春(文藝春秋社)の映画評を参考にしています.
 そろそろ私のお気に入りの映画を紹介します.今回は,一歩踏み出したくなる映画です.

・『ペイ・フォワード』からは“Pay it forward”です.人から受けた厚意(親切)を,その相手に返すこと(ペイ・バック)は理想ですが,できないこともあります.そんな時には,「次へ渡す」(ペイ・フォワード)ことを考える.理想主義かもしれませんが,そんなことができる人間になりたいものです.

・『フィールド・オブ・ドリームス』からは“If you make it, he will come”です.何か新しいことをしようとするときは,この言葉で一歩踏み出すようにしています.親子や家族の絆の大切さを描いている(ラストクレジットでfor our parents)映画ですが,ボールパーク(野球場)も出てきます.キャッチボールの奥深さも教えてくれます.

・『セント・エルモス・ファイアー』からは大学時代や青春時代がいかに貴重なことなのか学びました.80年代のトレンディドラマの多くは,この映画の影響を受けていると思います.

・『いまを生きる』は常識をもう一度考えることの大切さを教えてくれます.

 余談ですが,経済学の理論では,人間行動の原則は,「自己利益の最大化」のために「最も合理的な」選択をするはずです.同じ90分ですが,実は大学の講義単価は映画鑑賞価格より高いはずです(休めば休むほど高くなる!).でも,学生時代は映画に行ってしまった.このことは行動経済学[4]で説明できそうです. 学生の皆さん,前評判だけに囚われず,バランス良く映画を鑑賞してください.

[1]河出書房新社編集部,『人生は映画で学んだ:ビデオガイドブック』,河出書房新社,1994.
[2]岩本裕子,『スクリーンで旅するアメリカ』,メタブレーン,1997.
[3] 斉藤和己,『ウェブサイエンス入門 : インターネットの構造を解き明かす 』,エヌティティ出版,NTT出版,2007.
[4] リチャード・セイラー,『セイラー教授の行動経済学入門』,ダイヤモンド社,2007.


(学術情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部地域情報科学科))

 

『オリンピア』(『民族の祭典』[請求記号:DVD//107]・『美の祭典』[請求記号:DVD/432])

レニ・リーフェンシュタール監督

 北京オリンピックの開会式が中国国内で驚くほどの視聴率をあげた(一説には98%超!)ことはちょっとした話題になりましたが,この驚異的な数字と開会式のパフォーマンスに,中国における国民統合の一層の進展と中国文明の先進性と伝統を強調する国威発揚を見て取った方も少なくないかと思います。今回のオリンピックは,孫文以来の宿願であった国民国家の創出という課題に対する一つの到達点であったといえます。
 ところで,オリンピックという国際的なスポーツ競技大会が,国民統合と国威発揚のツールとなったのは何も今回の北京オリンピックが初めてではありません。モスクワ然り,ソウル然り,アメリカで開催されたオリンピックもそうでした(アメリカの場合はさらに商業主義=コマーシャリズムを付け加えて強調してもよいでしょう)。こうしたオリンピックのあり方が問われるときに,常に引き合いに出される=原点として位置付けられるのが,1936(昭和11)年,ドイツはベルリンで開催された第11回オリンピックです。ベルリンオリンピックは,時のドイツ政府により国家の威信をかけたイベントとして取り組まれましたが,このオリンピックの模様を記録した映像がレニ・リーフェンシュタール監督の『オリンピア』2部作(『民族の祭典』『美の祭典』)です。
 第一部の『民族の祭典』が陸上競技,第二部の『美の祭典』がその他の競技の記録映画ですが,レニによって創作・演出された部分もあり,正確な意味では記録映画の範疇を逸脱する部分もあるのですが,その故に映像芸術として首尾一貫したものとなっており,現在に至るまでオリンピックの記録映画としては右に出るものがないとまで言われています。実際,躍動感溢れる映像美は現在でも充分に鑑賞に堪え得るものです(惜しむらくは白黒フィルムであることでしょう。当時すでにカラーフィルムは開発されていました。カラー映画大作の『風と共に去りぬ』[主演;ヴィヴィアン・リー]が大ヒットするのは1939年のことです。ベルリンオリンピックではTV放送までやっているので,その利用は技術的には充分可能だったと思えるのですが……)。
 しかし,この作品と監督であるレニほど映像芸術の世界で,毀誉褒貶が甚だしいものもありません。それは,当時の彼女の,芸術的パトロン的存在がヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党=ナチスであったことによります。レニ自身は,戦後ナチスのお先棒をかついだことを強く否定し,その映画も芸術美を追究したものであったことを強調したそうですが,実際戦後出版された,アフリカで伝統的な生活を営む人々を撮った写真集『Nuba』や,100歳になって発表した映像作品『ワンダー・アンダー・ウォーター:原色の海』を見ると,彼女がベルリンオリンピックの時から一貫して映像世界での「美」を強く希求してきたことが窺われます。
 おそらくその作品の強度なインパクトのため,当時ナチスのプロパガンダにより露骨に協力した映画作家たちの誰よりも,多くの批判にさらされるとともに,それに抗したレニの姿勢が強調されてきたのが,彼女とその作品の戦後であったといえるかと思います。しかし,批判するにしろ,またそれへの反発から擁護するにしろ,まずは私達は彼女の作品を見ることから始めなければならないことが,「歴史」によって課せられているのではないでしょうか。オリンピックの年である2008年こそこの問題作を閲覧するに絶好の機会と言えると思います。
 ところで,北京オリンピック開会式でのパフォーマンスが「中国の紙と印刷の文化史」であったことは,「本」を扱う業務に携わるものとしては,ちょっと嬉しかったですね。今回のテーマとはずれますが,ここでは銭存訓『中国の紙と印刷の文化史』という本もあげておきます。北京オリンピック開会式で強調された中国文化を理解するために是非お勧めです。  最後に,近代オリンピックの父クーベルタン男爵のあの言葉を思いつつ,見事な体技を披露してくれた中国を始めとする参加各国の選手たちに多謝。

(学術情報センター図書館 米井)

 

『Jamie's school dinner(ジェイミー・オリヴァーのスクール・ディナー)』[請求記号:DVD/431/1-2]

アーティストハウスエンタテインメント

 イギリスの若き人気シェフ、ジェイミー・オリヴァーが、貧弱なスクール・ディナー=学校給食を改革しようと奮闘するドキュメント。政府を動かして給食費の予算を上げさせた快挙は当時話題になりました。
 ジェイミーを悩ませた一番の問題は、実は予算の少なさではなく、ジャンクフードを食べ慣れた子どもたちの極端な偏食でした。ジェイミーの作る料理は、トマトソースのパスタやカレーなど、栄養に気を配りつつも、問題なくおいしそうなものばかり。でも、子どもたちの口には合いません。ウェッと吐き出され、大量の食べ残しを目の前で容赦なく捨てられ、「ジェイミー出ていけ!」のデモまでされることに…。
 1回50分があっという間で、早く続き(全4回)が見たくなります。特に、普通の「給食のおばさん」ノーラの目覚しい変化ぶりには注目です。
 見終わったらぜひ朝日新聞2007.10.17付けの記事(「朝日新聞データベース・聞蔵」や縮刷版など)も読んでみてください。問題は根深いのです。

(学術情報センター図書館 新川)

 

『Romeo & Juliet(ロミオとジュリエット)』 [請求記号:DVD//259]

フランコ・ゼフィレッリ監督 パラマウントホームエンタテインメントジャパン

 シェイクスピアの四大悲劇といえば、「ハムレット」、「リア王」、「オセロ」、「マクベス」があげられますが、この「ロミオとジュリエット」ほど多くの人に親しまれているものは他にないでしょう。
 この映画を初めて見たのは確か中学生の頃だったと思いますが、主役の二人のあまりの美しさに感嘆しました。当時ロミオのレナード・ホワイティングが17歳、ジュリエットのオリビア・ハッセーが15歳で二人とも無名の新人だったそうです。
 まるでスクリーンが中世の絵画のように美しく色鮮やかで、1968年アカデミー賞の撮影賞と衣装デザイン賞を受賞しています。最近では1996年にレオナルド・ディカプリオが現代版ロミオを演じていますが、この古典的な作品には及ばないでしょう。
 ニーノ・ロータの音楽もあまりにも有名で、映画共々不朽の名作です。もし見ていなければ、是非見て下さい。何度見ても泣けます。

(学術情報センター図書館 金久)