[2008.10.2更新]

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2008年10月の5冊


 

 

『したたかな生命 : 進化・生存のカギを握るロバストネスとはなにか』 [請求記号:461/Ki69]

北野宏明、竹内薫著 ダイヤモンド社

 9月はとても悲しい月となりました。児童教育学科の早水サヨ子先生と近藤郁夫先生が相次いで亡くなられたからです。同じ学科の教員として、両先生の温かい人柄に身近に接してきた私にとっては、断腸の思いです。共に定年までの年月をまだ相当残して、今の平均寿命からすれば随分若くして亡くなられたことを考えると、人のいのちの不公平さを思わずにはいられません。私は引き続きこの世界に留まっていて、どうしてお二人がもういないのか、なにかそのことがまったくの偶然のような気がするし、とても不思議に感じられます。改めて、いのちとは何だろうか、死とは何だろうか、と考えてしまいました。
 おそらく文学や哲学は、こうした不条理感に支えられた解き難い問題にそれぞれが納得する答えを見出そうとする営みでもあったのでしょう。ここでそうした本を紹介することもできるのですが、それでは気が滅入るばかりなので、今回は、生命現象の不思議を脆さと頑健さ(fragilityとrobustness)という観点から論じたシステム・バイオロジー(system biology)の本『したたかな生命』を紹介することにします。
 システム・バイオロジーとは、登場してからまだ10年に満たない、「生命をシステムとして理解」しようとする新しい学問です。著者たちはこの学問に立脚して、生命現象の不思議を次のように読み解こうとします。
 複雑なシステムである生物は、変化する環境の中で生きている限り、外部からの撹乱(かくらん)に対してその内部機能を維持する仕組み(つまり、生命を維持する仕組み)を備えています。著者たちは、特に幅広い撹乱に対応できる生物の能力を「ロバストネス(したたかさ、頑健さ)」と呼び、これを向上させるには大きく四つの方法があると考えました。つまり、システム制御、耐故障性、モジュール化、デカップリングです。一つ目のシステム制御とは、安定した状態に撹乱が生じたとき、その差分を検出して入力にフィードバックし、その差を修正して元に戻していく方法で、室温を調整するサーモスタットのようなものを考えると理解できます。二つ目の耐故障性とは、撹乱によって故障が生じた場合、それに代わって働く別の仕組みを用意しておくことを指します。リレーで走者の一人が怪我で出場できなくなったときに控えの選手が代わって走るような場合をイメージすればよいのかもしれません。三つ目のモジュール化とは、生体の一部に不具合が生じた場合、それが全体に波及しないで被害がその一部だけで食い止められるようになっている構造のことをいいます。池の小さなボートは底に穴が開けば全体に水が入って沈んでしまいますが、大きなタンカーは船倉が幾つにも区分されていて、一ヵ所に浸水しても、他に波及しない構造になっています。こうした構造が、生命維持に都合がよいように生体にも備わっていると考えられます。四つ目のデカップリングの説明は省略しますが、発達心理学者としての私に大きなヒントとなったのは、この三つ目のモジュール化です。
 発達心理学では1980年代から、子どもの発達には個々の機能領域の全体を貫く法則性や一般的段階が存在するという立場と、そのようなものは存在せず、あるのは個々の機能領域ごとの有能さの獲得にすぎないとする立場の対立が続いてきました。後者はモジュール論とも呼ばれ、私自身はこの見解に批判的なスタンスをとってきたのですが、個別機能領域が相対的には独立に発達する場合もあるというモジュール論に有利な事実を、子どもの発達をひとつの全体システムとして見る観点の中にどう組み込んだらよいか、苦慮してもきたのです。それが、生命というひとつのシステムの中で、ある器官部分や個別機能領域がモジュール化されていることが、かえって外部からの撹乱という生体の危機に際しては全体の防御に役立つ、ということをこの本によって教えられ、目から鱗の落ちる思いでした。生命現象と子どもの心理発達をすぐにアナロジーで結びつけることには問題があるにしても、研究上の重要なヒントが得られたことは間違いありません。
 さて、この本が本当に優れているのは、もうひとつ別の点にあります。それは、ロバストネスの向上は実は別の面で、システムの脆弱性(フラジリティ)を否応なく生み出してしまうという事実を豊富な事例で説明している点です。例えば、癌(がん)は大きくなるとその塊の中心のほうには血管が入り込みにくくなるので、癌細胞は酸欠や栄養不足になり、さすがに増殖できなくなるといいます。ところが、そのとき、われわれの身体のどこかが酸欠状態にあることを察知すると働く遺伝子が自動的に過剰発現して、新しい血管を作って酸欠を解決してしまうのです。その結果、癌細胞は再び増殖をはじめます。しかし、もとはといえばこの遺伝子は、高地で生活したり、肺の機能が悪くなったときに生ずる酸欠に対応するための、ロバストネスを高めるメカニズムでした。それが癌の場合には、生体全体のフラジリティ(脆弱性)を促進する役割を果たすことになってしまうわけです。
 このように、この本は、「頑健と脆弱」、「強さと弱さ」の関係について、生命の基本的な原理について、とても深いことを教えてくれているように思います。

 早水先生と近藤先生は、共に癌で亡くなられました。お二人の身体の中で、「頑健と脆弱」の壮絶な戦いが繰り広げられていたであろうことは、想像に難くありません。にもかかわらず、お二人は最後まで生きる希望を失わない気丈さを、私たちに示してくれました。私はそのことに深い敬意を感ぜずにはいられません。両先生のご冥福を心よりお祈り致します。

(学術情報センター長 加藤義信(文学部児童教育学科))

 

『iPodは何を変えたのか』 [請求記号:547.33/L57]

スティーブン・レヴィ著、上浦倫人訳 ソフトバンククリエイティブ
(原著:The perfect thing : how the iPod shuffles commerce, culture, and coolness/Levy, Steven著 Simon & Schuster)


 皆さんはウォークマン(walkman)をご存じですか.1979年に,S社が販売を開始した携帯型ステレオカセットプレーヤー(ヘッドホンステレオとも言いました)のことです.ウォークマンにより,私たちは,いつでもどこでも音楽を聴くことができるようになりました.ウォークマンはS社の商標なのですが,P社のヘッドホンステレオでさえも, P社のウォークマンなどと呼んでいました.このようなことは,本当はステープラーなのにホッチキス,本当は絆創膏なのにバンドエンド,本当はティッシュペーパーなのにクリネックスと呼んだりするのと似ています.
 このヘッドホンステレオの時代は,本体とカセットテープを持ち歩いたのです.一本のカセットテープのサイズは縦6.3cm,横10cm,厚さ8.7mで,一本のカセットテープ(録音時間を45分とすると)には10曲程度しか録音できませんでした.10本のテープを持ち歩いたとしても(鞄が必要),合計で100曲程度を持ち歩くことができただけでした.
 しばらくすると,カセットテープの代わりにCDやMDを持ち歩く時代が来ましたが,2001年10月23日(9.11の起こった年です)にアップルコンピュータ社からipodが発売されてから,持ち歩くことができる曲数が40,000曲などとなりました(ポケットで十分).今月紹介する本は,ipodの開発の背景や哲学について書かれています.ipodで音楽を聴きながら読んでみると面白いかもしれません(原著にもチャレンジしてください).アップルコンピュータ社からアップル社と社名を変更した理由もわかると思います.
 40,000曲とは膨大な曲数だと思いませんか?皆さんの音楽コレクションのうち,厳選された一部でなく,大部分を持ち歩くことができるような数字ではないでしょうか.一枚のCDに10曲が収録されているとすると,4,000枚のCDを持ち歩くことになります.日本人の平均年齢は男性が78歳(28,470日),女性が85歳(31,025日)です.生まれたときから毎日一曲,違う曲を聞き続けても,40,000曲も聴くことができません.
 今後はもっと保存容量が増加するでしょう.CDショップ全部の音楽を持ち歩くことも可能になるかもしれません.ですが,本の場合は,音楽のように蔵書の大部分を持ち歩くにはまだまだ時間がかかります,持ち歩くことができるとしても,音楽のように何かしながら楽しむことは難しいと思います.さて,皆さんは,本は一生のうちで何冊読めるのでしょうか.私は,ベストワンを決めるときには,36,500冊の中から一冊を選びたいと考えています.それには健康でいることも大事なようですし,毎日の過ごし方も大切のようですね.ぜひ,図書館で過ごしてください.図書館と自分の本棚の違いは,興味がない本がおいてあることです.ぜひ,興味がない分野の本も手にとってください.新しい出会いがあるかもしれません.情報技術と音楽が出会ったように!

[1]中島 聡,『おもてなしの経営学 : アップルがソニーを超えた理由』,アスキー新書,2008.
[2]林 信行,『アップルの法則 : 驚きのアイデアと戦略の秘密』,青春出版社,2008.
[3]林 信行,『iPhoneショック : ケータイビジネスまで変える驚異のアップル流ものづくり』,日経BP社,2007.

(学術情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部地域情報科学科))

 

『お目にかかれて満足です』 [請求記号:913.7//311]

田辺聖子著 中央公論社

 田辺聖子さんの小説には難しいテーマは無くて、会話は大阪弁で易しい文章が並びます。易しいは優しいにも通じて、読んでいる人が簡単に小説の中に入り込み「そうそう、わかる」と頷き、「本当?よかったわ」と安堵したりできるのです。この作品の主人公は料理と手芸が大好きな32歳の主婦で、神戸の古い洋館に夫と二人で住んでいます。毎日の家事を楽しみ夫との時間を何よりも大切にしていますが、ひょんなことから自分の作った小物のお店を自宅で開くようになり生活が少しずつ変わっていきます。タイトルにある「満足できる」何にお目にかかれたのかは・・・読んでみてくださいね。
 料理と食事を人生の最重要課題においている著者らしく、実に美味しそうな料理がたくさん登場します。ふっくら炊かれた高野豆腐やほんのひとくちの餃子、たっぷりの澄んだだしに青い菊菜、えび、ハマグリの入ったうどんすきなど思わずお腹が鳴ってしまうような・・・。また、「食物は、不幸は人がつくると、どこかに激越な、投げやりなものがあらわれて、こまやかな味わいにならない」「ゴハン食べてるときに、そんなこというと、ゴハンに申しわけない。ゴハンはおいしィに食べられたがってるのやから」「ゴハンをつくる人がいっしょに食べ、いっしょにおなかを空かせないと、美味しい食事はできないものなのだ」といった、作者の食べ物に対する深い洞察にも思わず感心させられてしまいます。
 読み終わったときに、楽天的で愉しい(楽しいではありません)生き方をそっと教えられたような、ホワンとした気持ちになれる田辺さんの作品を若い方たちにもぜひ味わってもらいたいと思います。

(学術情報センター図書館 西脇)

 

『ないもの、あります』 [請求記号:914.6/N28]

クラフト・エヴィング商會著 筑摩書房

 この、人を食ったようなタイトルはナンだ!と思われるに違いない。
 ちょっと考えると、これは論理に反した文である(文学はしばしば平気で矛盾を言いたてるのが得意だ……でもないか)。
 たいていは「ない物は、ない!」と開き直って言うのが普通だ。──大抵?んーー、反対に“あるものは、ある”ってのは? …えーとそれは、言わなくても当たり前のはずなのに敢えて言う、つまり強調したい時に使われるだろう…。
 じゃ、この「ないもの、あります」は、──使うか?? しかも“ないものが、あります”とか“ないものは、あります”でなく、「ないもの、あります」なのだ。
 その、読者に対してこの“商會”の自信の程を見せつけているかのような……ではなく、ひと目見て矛盾と思しき題である所に、この本の真髄が現れている。つまりこの本を、つい手に取って中味を確かめてみたくなるのだ。そして案の定、誰もが、想定した矛盾を見出せずに終わる(はずである)。
 そればかりか、この本のタイトル、さらには取り上げられた“一品一品”の意味がより一層理解されてくるであろうところに、このクラフトエヴィング商會の商魂がありありと浮かび上がってくる……かどうかは判らないが、この“商才”に誰もがウームと唸るに違いないと思うのだ。
 私が、初めてこの“商売”を目にしたのは、先だってここで挙げた「ちくま」の中でだった。その1ページにその“ないもの”のイラストが、見事に商品番号付で描いてあった。
 その見事さに、当時は次号の「ちくま」の発売?が待ち遠しかったのであるが、それが今では型録の如くに一冊にまとまって堪能することができる。
 この本の中味、何がないかというと──おっと、それは読んでのお楽しみ!。

(学術情報センター利用案内室 河合)

 

『人間力の磨き方』 [請求記号:070.16/To67]

鳥越俊太郎著 講談社(講談社+α新書)

 11月1日(土)、鳥越俊太郎氏が愛・県大にやってきます。
 新聞記者、サンデー毎日編集長を経て、現在はキャスターとして活躍しています。
 華やかに見えますが、鳥越氏は「回り道が多かったため、人の心の痛みがわかるようになった」と言います。人との関わりを大切にしながら、「ニュースの職人」として生きる鳥越氏の考えかたを知ることができます。ぜひ一度、読んでみてください。

(学術情報センター利用案内室 松原)