[2008.10.23更新]

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2008年11月の5冊


芸術特集

芸術特集 10月28日開催の「蕪村とモーツァルト 〜講演会と演奏会の夕べ〜」にちなみ、今月のテーマは「芸術」です。

 

 

『モーツァルト』 [請求記号:762//638]

ピーター・ゲイ著 岩波書店(ペンギン評伝双書) 2002年

 10月28日に、60年余の本学の歴史上初めて図書館コンサート「蕪村とモーツァルト」が開かれます。なぜ「蕪村とモーツァルト」なのか、この二人の取り合わせを不思議に思う人も多いことでしょう。実は二人は18世紀後半を重なって生きた同時代人なのです。江戸時代までの日本史を世界史と重ねて考える習慣がまったくなかった私には、まずこの事実がとても新鮮でした。それから、モーツァルトが16歳のとき作曲したディヴェルティメントK136−K138(私の大好きな曲です)を聴く度に、なぜか蕪村の「愁ひつつ岡にのぼれば花いばら」という句が思い浮かぶようになりました。どちらにも、ずっと後の19世紀後半や20世紀前半の若い芸術家たちが共有することになる「青春の無垢な明るさの中の憂い」とでも名付け得る感性を見出すからでしょうか。ユーラシア大陸の東と西の果てに生きて、互いのことをまったく知ることもなく一生を終えた二人が、近代の先駆けとなる同質の新しい感性を生み出したことが奇跡のように感じられます。
 蕪村についても、モーツァルトについても、これまでたくさんの本が出版されています。何を読んでよいのか、迷ってしまいますが、後者に限って言えば、小林秀雄のモーツァルト論(新潮文庫『モオツァルト ; 無常という事』)があまりにも有名です。敗戦の翌年(1946年)に書かれたこの小論は、後に日本語で書かれたモーツァルトに関するあらゆる言説に影響を与えたと言われています。「モーツァルトのかなしさは疾走する。……空の青さや海の匂ひの様に、万葉の歌人が、その使用法をよく知っていた『かなし』といふ言葉のようにかなしい。」といった小林秀雄独特の美しい呪文のような文章に、多くの読者が酔いしれてしまい、日本では以来、短調のモーツァルトがもてはやされる端緒となったとされています。ただ、散文的な精神の私には、この小論で小林は何を言いたかったのか、未だによくわかりません。また、モーツァルトという天才その人について知りたいと思う人には、この小論はまったく不向きです。
 私のお薦めの伝記は、ピーター・ゲイの『モーツァルト』です。200ページ弱の手頃な分量の中にモーツァルトの一生が過不足なく描かれていて、主要作品についても、その曲の作られた背景と音楽的発展の軌跡をたどることができます。さらに、ピーター・ゲイはフロイト伝の大著(『フロイト(1、2)』、みすず書房)もある精神分析をバックボーンとする歴史家ですから、この伝記を「父と子の葛藤の物語」として描いている点がユニークです。神童ともてはやされ父の期待を早くから一身に担ったモーツァルトは、やがて長じて父に反抗し、一方でそのことに罪悪感を抱きつつ、父との長い確執の中で苦悶し疲れきって短い生涯を閉じることになります。それは、多くの凡人に起こり得る「父と子の物語」ですが、モーツァルトが天才である所以は、にもかかわらず、あのように澄明な美しさに満ちた珠玉の曲の数々を作り続けたということでしょう。それこそが奇跡であることを、ピーター・ゲイは説得的に語っています。
 新書や文庫で手軽に読めるモーツァルトの伝記あるいは音楽論には、他に吉田秀和『モーツァルトを求めて』(請求記号:762.346/Mo98)、中野雄『モーツァルト天才の秘密』(請求記号:762.346/Mo98)、小塩節『モーツァルトへの旅』(請求記号:762.346/Mo98)などがあります。吉田秀和の本は、美しい日本語による明晰なモーツァルト論です。小塩節はドイツ文学者で、モーツァルトの誕生の地ザルツブルクについて知るには最適の本です。

(学術情報センター長 加藤義信(文学部児童教育学科))

 

『ホワイトナイツ 白夜』 [請求記号:DVD//630]

出演:イザベラ・ロッセリーニ, グレゴリー・ハインズ, ミハイル・パリシコフ
テイラー・ハックフォード監督 ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 1985年


 リタイアしたらどこでどんな生活をするか.考え続けています.そのため,どこに行っても,もしもここに住むとしたらという自問をしています.自転車で移動できる範囲内で生活が可能で,美術館・図書館があって,美しい風景があるとことが良いなと考えています.今回は大げさですが,芸術(私にとっての芸術です)との出逢いを書こうと思います.
 まずは音楽です.浜田省吾(浜省)の2005年発表のアルバム「My First Love」に収録されている初恋(作詞作曲浜田省吾)という曲があります.歌詞の一部を以下に示します.

  海辺の田舎町 10歳の頃
  ラジオから聞こえてきた"The Beatles"
  一瞬で恋に落ちた
  教室でも家にいても大声で歌ってた
  "I wanna hold your hand"
  "Please please me"
  "Can't buy me love"
  中略
  ドーナツ盤に刻まれた3分間の物語 少年と世界を繋いでた
  オレの初恋はRock'n Roll
  そして今も夢中で追いかけている
  中略

 Beatlesとの出会いは,この歌と同じ心境でした.私は海辺ではなく,濃尾平野の山よりに住んでいました.中学1年生,給食の時に流れてきたBeatlesの歌は衝撃的でした.その時には,既にBeatlesは解散していましたが(1962年デビューで1970年解散),これだと思いました(今年30周年のサザン・オールスターズの活動年数は驚きです).その当時,もっと衝撃的だったのは,ラジオから流れてきたEaglesの “Hotel California”でした(山口百恵などのアイドル全盛の時代でした).歌詞の深い意味などはわかりませんでしたが,私の頭は“Go West”となりました.単純ですね.レコードジャケットのビバリーヒルズホテルも魅力的でした.こんな歌の流れているこんな綺麗なホテルに一度は出かけようと.
 Eaglesで刺激された渡米への夢は,絵や写真からも刺激されました.鈴木英人のイラスト[4](山下達郎のアルバムジャケットなども作成),Ansel Adamsの写真[5](環境保護運動の先駆者で,米国の国立公園の写真といえば彼です)そして星島洋二の写真集[6]です.星島作品は,メジャーリーグの迫力よりも,観客,ピーナッツ売りなどの,別の角度からの陽気さを教えてくれました.さらに,星野道夫作品の動物写真[7]はイエローストンやグランディドティトン(映画『シェーン』に出てくる山並み)へ行きなさいと後押ししてくれました.[5]や[7]は,George Winstonのピアノ作品集(Winter into Spring,Summer, Autumn, December)を聞きながら,めくるとますます旅情が沸いてきます.
 最近のミスマッチな状況を書きましょう(顔に似合わない).なんと私はバレエにはまっています.さすがにやりません.愛・地球博で映画『Shall we dance?』(周防正行監督)のマドンナ役の草刈民代さんの屋外バレエを観ていらい,毎年バレエを鑑賞しています.屋内劇場に行くよりも,野外ステージの清里フィールドバレエ(今年は7月27日〜8月9日)でした.このフィールドバレエは町おこしから始まったバレエで,今年で19回目です.昼間はテニスや登山をし,夜は芸術というスケジュールで毎年楽しんでいます.まだまだ奥深さはわかりませんが,音楽のことやストーリーについて徐々に勉強しています.少しずつですが,『ホワイトナイツ白夜』のバレエシーンも素晴らしさも解るようになりました.
 実は私は落語も好きで(今は柳家小三治がお気に入りです),大学時代は研究会にも所属していました.落語を理解するためには想像力が欠かせません.ラジオドラマも同様です.てなわけで,落語やラジオドラマをききましょう[8,9].

[1]『The Beatles, 1962-1966』,東芝EMI.
[2]『The Beatles, 1967-1970』,東芝EMI.
[3]Eagles,『Hotel California』,CBS.
[4]鈴木英人,『EIZIN SUZUKI COLLECTED WORKS 1997‐2005―鈴木英人作品集 1997‐2005』,鈴木エイジン本舗,2005.
[5] Andrea Gray Stillman (編集), Ansel Adams (写真),『Ansel Adams : 400 photographs』,Little Brown and Company,2007.
[6]星島洋二,『AMERICAN BASEBALL SPIRITS (MAG GRAPHIC)』,マガジンハウス,1988.
[7] Michio Hoshino,『Moose』,Chronicle Books ,1988.
[8]山田敏之,『役に立つ落語 : ソニー・エンジニアが名人芸から学んだこと』,新潮社,2005.
[9]板倉徹,『ラジオは脳にきく : 頭脳を鍛える生活習慣術』,東洋経済新報社, 2006.

(学術情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部地域情報科学科))

 

『有りがたうさん』[請求記号:DVD//658]

清水宏監督 松竹 1936年

 清水宏(1903〜1966年)は,小津・溝口といった巨匠の同時代の映画監督。作為を排し,自然を重んじたその映像作品は,日本映画史の中でもユニークなものである。「有りがたうさん」は1936(昭和11)年の作品。伊豆の山間を走る路線バスの中での出来事を,オール・ロケで丁寧に撮ったものである。原作はノーベル文学賞を受賞した川端康成の小品「有難う」(1926年)。本では5頁にも満たない極短編である。「今年は柿の豊年で山の秋が美しい。」の一文で始まる川端康成の作品も美しく愛すべきものだが,前編オール・ロケで撮られた清水の「有りがたうさん」に見える昭和前期の山間の村々,里山の美しさは(白黒映像ではあるが)何にも代えがたい。それはまた,かつての日本のそこかしこにもあった懐かしい風景を記録した貴重な映像史料ともなっている。
 映画は,路線バスの運転手(「有りがたうさん」というニックネームである。)と,路線バスへ乗り込んだ東京へ娘を身売りにいく母娘を中心に,路線バスに乗り合った,また路線バスがすれ違ったり,追い越したりする様々な人間の小さなエピソードを,山間の風景を交えながら淡々と写し続ける。道路建設のために山道を移動する朝鮮人労働者の姿を収めた映画作品としても著名である(四方田犬彦『日本映画史100年』集英社)。いささか当時の日本人が有していた無思慮な独善さが気になるものの,彼等に注ぐ清水の視線はとても優しい。しかし,来し方の彼の国とわが国との関係を知るものにとっては,彼等の白い民族衣装は痛々しく眼に映る。
 話(映画も原作も)は,最終的にはハッピーエンド的には終わる。母娘を乗せて里道を再び戻っていく路線バス。川端の文章も再び「今年は柿の豊年で山の秋が美しい。」で終わる。

(学術情報センター図書館 米井)

 

『奇想の系譜』 [請求記号:721//406]

辻惟雄著 筑摩書房(ちくま学芸文庫) 2004年

 異端の画家として忘れられかけていた伊藤若冲や歌川国芳らを「再発見」したこの画期的な評論は、40年近く前、1970年に初版が刊行されました。今でもなお、内容は新鮮です。また、1ページに3回も「血なまぐさい」という言葉が書かれていたりする、著者自らが評するところの「いささか放埒な書きぶり」が、全く古さを感じさせません。
 特に、岩佐又兵衛の項は読み応えがあります。秀吉の時代の画家ですが、あざといほどの残虐表現や、そこに漂うユーモアは強い印象を与えます。又兵衛は、著者が大学院生の頃からのテーマで、今年4月に出た最新刊『岩佐又兵衛 : 浮世絵をつくった男の謎』でも取り上げられています。私も読み比べましたが、新たな研究成果に加えて、著者のスタンスや持論の大転回も見られ、面白さ倍増でした。

(学術情報センター図書館 新川)

 

『音楽の基礎』 [請求記号:080/795/19]

芥川 也寸志著 岩波書店(岩波新書) 1971年

 シンプルなタイトルが付されたこの本は、作曲家 芥川也寸志 氏(1925-1989)が、楽譜の読み書きに関する規則や記号の意味、表現に関する基本概念などについて記したもので、新書という形をとっていますが「楽典」の一種であるといえます。
 日本で刊行される「楽典」類には、音楽学校の受験参考書として用いられることを意識して著されているものも少なくないのですが、本書は一般の読者に向けて書かれていることもあり、そうした目的に制約されることなく、著者の考えが自由に展開されています。
 具体的には、楽典の各項目の説明をとおして、音楽という世界における諸現象について歴史的な位置付けをおこなうとともに、著者はそれらをどのように捉えているのか、といったことが随所に示されます。
 内容的に楽典である以上、読者が楽譜に関する知識や音楽的経験を持っていることを前提として書かれていますが、ともかく通読することができれば、音楽という芸術領域の背後に科学的な空間が拡がっているということが知られます。そして、たしかに音楽には基礎と呼ぶべきものがあり、本書にこの名を与えた著者の音楽家としての矜持も伝わってくるように思います。

(学術情報センター図書館 鋤柄)