[2009.5.7更新]

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2009年4月の5冊


 

 

『新編 百花譜百選』 [請求記号:080/53-3/22H]

木下杢太郎画 岩波書店 2007年

 新しい季節の訪れは、ときめきや期待、心配や不安など、私たちの元にとりどりのさざ波を運びます。何かと心騒がしい毎日ですね。今から六十数年前のこの季節、みずから描いた「染井吉野」(そめいよしの)の折枝画(せっしが:花木の一枝を折って画題にしたもの)に、こう書きつけた人がいました。
 「わかかつた時分桜の花は美しいと思ひ、そのうちでも染井吉野が尤もあはれ深いと感じた。中春の夕方の気分といふものは名状しがたいものであつた。今年は春が寒くて花がわるいが、今日伝研でつくづくと之を眺めて見ても殆ど感興らしいものが湧かない。心にも亦四季が有る。 昭和十八年四月十二日」
 書(描)き手は木下杢太郎(1885-1945)。医師であり、詩人でもありました。上の引用にある「伝研」とは、当時、杢太郎が勤めていた東大医学部の付属施設であった伝染病研究所のことです。描かれた染井吉野は可憐ですが、どこか寂しげに映ります。彼の気分を反照していたのでしょう。日本全体が戦争の騒擾に覆われていた長い狂騒の季節、灯火管制下の深更に植物と向き合い、自身の奥にしまわれた静寂にひとり降り立っていたように思われます。これらの植物図譜は昭和18年3月から20年7月の間に、全部で872点が描かれました。本書はその中から100点を選んだ美しい文庫です。「ひめおどりこさう」(姫踊子草)、「かざぐるま」(風車)、「ゆすらうめ」……、画題となった植物の名の響き、繊細な彼らの姿、杢太郎のつぶやき。それぞれの頁は静けさをそっと引きよせ、与えてくれます。
 杢太郎には、異国趣味と江戸情趣を自在に往き来した詩集『食後の唄』(大8)があります。また、岡井隆『鴎外・茂吉・杢太郎―「テエベス百門」の夕映え』(書肆山田、平20)では、作品の鑑賞を軸として展開される三者の関わりが、揺らいでは結ぶ水面の景色さながらに描かれており、杢太郎を知るにはおすすめです。

(学術情報センター長 宮崎真素美(日本文化学部国語国文学科))

 

『女女格差』 [請求記号:367.21/Ta13]

橘木俊詔著 東洋経済新報社 2008年

 皆さんは,大学教員はどんな人物だと思いますか?大学とはどんなところと考えていますか?的を射ているなと思っているのを二つ紹介します.一つは,自省を込めて,某大学の学長から度々教わった“本人だけが気が付いていないが,町内会で一番つきあいたくないタイプの人間は大学教員である”説です.大学は町内会でないので,大学では,大学教員はつきあいたくないタイプでないはずです.研究室を訪れましょう.二つめは,こうありたいと願望を込めて,米国35代大統領のJFK(John Fitzgerald Kennedy,1917−1963) の演説です.この演説ではJohn Masefield (英国の詩人,1878−1967)の詩を引用した“この地上において大学ほど美しいものはない.”彼の言葉は今日でも真実である.しかし,彼は建物やキャンパスの緑,蔦 で覆われた塀などの美しさを語ったのではない.彼が大学の美をほめたたえたのは,彼が語っているように大学とは”無知を憎む人間が知識を得るために努力 し,真実を見たものがそれを知らしめようと努力する場所だからである”があります.原文と実際のスピーチは以下等を参照.(http://www.americanrhetoric.com/speeches/jfkamericanuniversityaddress.html)
 皆さんは,[1]や[2]のような環境を認識して,教養科目(大切ですよ!)や専門分野の勉学に励み,学生生活をエンジョイして下さい.同時に,グローバル化する社会で,卒業後どんな人生を送りたいのか,そのためには現実的にはどんな仕事で生計をたてたいのか,そのためにはどんな学生生活,どんな一日や長期休暇を過ごすのが良いのか考えましょう.卒業時にはどうしたいのか決断しているはずです.決断には,家族や友人の意見も大切でしょう,しかし,鵜呑みにしてはいけません.本に書かれていること(知識や意見のバランスを考え,様々な分野の本を読みましょう!),大学教員の意見(前記の町内会説!)だけを信じるのも危険です.情報を総合的に活用できるチカラを磨いて,決断して下さい.
 今月紹介する本は,タイトルが刺激的すぎるような気もするので,紹介するかどうか迷いました.今・そして将来を生きるためのヒントになるのではないかと思い紹介します.タイトルにある“格差”という言葉はマスメディアを通して,読んだり聞いたりしていることと思います.実際はどんなことなのでしょうか?紹介本では,[1]と同じように統計データを駆使し,女性という軸で,“格差”について説明しています.女性という軸での,元気な経営者の紹介 [2],社会進出・活躍する考え方[3]も参考になるでしょう. [4]は町内会で頼りになる存在になるためにも読んだ方が良いかもしれません.

[1]山田昌弘,『希望格差社会 : 「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』,筑摩書房,2004.
[2]白河桃子,『取り娘の経営学』,日経BP社, 2008.
[3]漆 紫穂子,『女の子が幸せになる子育て』,かんき出版, 2008.
[4]吉田新一郎,『会議の技法 : チームワークがひらく発想の新次元』,中央公論新社,2000.

(学術情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部情報科学科))

 

『市場社会の虚構性』 [請求記号:332/1/592](『人間の経済』1)
『交易・貨幣および市場の出現』 [請求記号:332/2/592 ](『人間の経済』2)

カール・ポランニー著 玉野井芳郎他訳 岩波書店 1980年

 経済状況の悪化に伴い,様々な問題が新聞の紙面を賑わしています。1929(昭和4)年10月,ニューヨーク証券取引所での株価暴落をきっかけに発生した世界大恐慌のことが,思い起こされることもしばしばです。新自由主義的な施策や市場経済の失敗が言及され,かつて否定されていたケインズ的な施策の復権がなされつつあるようです。
 ジョン・メイナード・ケインズ(1883〜1946)が,眼前の大恐慌を前に,『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1935〜1936。邦訳岩波文庫)を著し,市場を人為的にコントロールする経済学をうち立てた人物であることはよく知られています。同じ時期を生き,ケインズと同じ方向で,しかし,彼よりも巨視的に市場社会を批判したのが,ハンガリー出身の経済学者・経済人類学者のカール・ポランニー(1886〜1964)です。
 彼の著作については,『大転換』(1944。邦訳東洋経済新報社)を始め,『経済の文明史』(1975。邦訳日本経済新聞社→ちくま学芸文庫),『経済と文明』(1966。邦訳サイマル出版会→ちくま学芸文庫)などがありますが,ここで紹介するのは彼の遺稿集『人間の経済』1・2(邦訳岩波現代選書)の2冊です。1分冊目は「市場社会の虚構性」,2分冊目は「交易・貨幣および市場の出現」と題されています。1分冊目は,市場社会というものが人類史の中では,普遍的なものでなく特異なものであること,また市場社会以外の社会では市場はなんらかの格好で社会に埋め込まれ,コントロールされているものであることをアダム・スミス以来の経済学・経済思想を吟味を通じて,また,未開社会に関するゥ研究・フィールドワークを通じて明らかにようとする理論的なゥ論考が纏められます。2分冊目は,第1分冊で明らかにした理論的問題点を念頭に,ギリシア古典古代時代のアテネの歴史を分析したものです。
 市場社会というものが一度その制御を誤ると「悪魔の碾き臼」と化し,人間と社会を粉々にうち砕く凶器であることを私達は最近の経済状況の悪化の中でしばしば目にし,聞くところです。「悪魔の碾き臼」と化しがちな市場経済を社会のコントロール化に置こうとするケインズの思想が再び注目をあびている中,彼と同じく社会による市場もコントロール=市場を社会に埋め込むことを主張していた彼のゥ論考を読み返すことは,今日的状況の中では意義深いものがあるかと思います(市場を社会的コントロールするという点では,彼自身社会主義者といってよいかと思いますが,現に存在した社会主義的統制経済を支持していた訳ではないようです。彼によれば,社会主義もファシズムも「悪魔の碾き臼」と化した市場経済を社会が制御しようとする試みではありましたが,それが人間の尊厳と自由をしばしば抑圧する体制であったことを我々は知っています。この点,彼ポランニーが言及したのは,市場の管理(=統制経済)と民主主義を両立させた古典古代のギリシアであり,第二次大戦時における挙国一致体制下のイギリスの事例でした)。
 なお,彼の前近代社会における経済事象の分析,とりわけ貨幣論に関する分析は,古代史を中心とする歴史学に大きな影響を与えています。前近代の貨幣が,現代のそれとは異なり,その機能が分裂的であったこと,金属貨幣に限定されがちであった議論を現物貨幣までも射程に組み込んだことなどは,経済史家マルク・ブロック(1886〜1944)の業績(「自然経済か貨幣経済か」『西欧中世の自然経済と貨幣経済』創文社所収)と並んで,歴史学の世界を豊富なものにすることに貢献しました。ここでは,東洋史家からの反応を二つあげておきます。足立啓二「専制国家と財政・貨幣」(中国史研究会編『中国専制国家と社会統合:中国史像の再構成2』文理閣所収)と宮澤知之『中国銅銭の世界:銭貨から経済史へ』(思文閣出版)の二つです(すいません,前者は私の師匠の論文です。不肖の弟子ではございますが,M.ウェーバーから始まる前近代の経済史の理論をコンパクトに纏めてあるのは研究史の整理に役に立つかと)。興味のある方には一読をおすすめします。
 拙文を書く中で,ケインズとポランニーとマルク・ブロックという3人の碩学がほぼ同じ年齢であったことに気が付きました。大恐慌から始まる世界史的な変動が,3人の学問形成に大きな影響を与えたことを思うと感慨深いものがあります。今日の大不況は「知」を後世に遺すことができるのでしょうか。

(前・学術情報センター図書館 米井)

 

『スペイン・聖と俗』 [請求記号:080/430/23]

有本紀明著 日本放送出版協会(NHKブックス) 1983年

 何かをきっかけに、ある国に興味を抱くようになり、その国についてさらに深く知りたい、そんな欲求にかられたことはないでしょうか。今から20年ほど前、私がスペインという国に興味を抱き始めた頃、たまたま手に取った何冊かの中で、その期待に応えてくれたのがこの本でした。
 どれほど熱い言葉で語り尽くそうとしても、いくら精緻なデータを駆使してみても、なかなかとらえにくいこの国について、著者は、自己の専門であるスペイン文学にとどまらず、歴史、行動様式、闘牛、絵画などにまつわる大小さまざまなエピソードを縦横に織り交ぜ、豊かに解釈を加えることによって、奥行きのある姿を描き出していきます。20世紀前半の画家ソラナのグロテスクで、デフォルメされた絵画を扱ったくだり(229〜234ページ)からは、仮面に隠されたこの国の農民たちの現実を垣間見るようです。読後、この国に対するイメージがぐっと膨らんでいることでしょう。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 笹野)

 

『日本の植物園』 [請求記号:470.76/I97]

岩槻邦男著 東京大学出版会 2004年

 本書は、東京大学理学部附属植物園長、社団法人日本植物園協会長、国際植物園連合会長などを歴任された著者が、植物園について包括的に論じたものです。この比較的コンパクトな本の中で著者は、冒頭の数ページ(はじめに―目次―第1章「植物園とは何か」前文)および各章節において提示した「植物園」に関するいくつかの大きな課題について、抑制された文章で見解を述べていきます。また本書の後半では内外の主要な植物園関連団体や多数の植物園を紹介しているのですが、単なる施設紹介ではなく、多種多様な事例を視、それらを評価していくことをつうじて主題の本質に迫ろうとする著者の意図が判ります。門外初学の者が“読後感”を述べる類の図書ではないと思いますが、静かな筆致で真直ぐに植物園の現状と将来を見据える著者の見識の確かさに敬服の念を抱きます。
 植物園という分野を概観することができるとともに、論旨展開の手本のひとつとして読むこともできるのではないかと思います。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 鋤柄)