[2009.7.1更新]

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2009年7月の5冊


 

 

『村上春樹にご用心』 [請求記号:910.268/Mu43]

内田樹著 アルテスパブリッシング 2007年

 村上春樹の『1Q84』(新潮社)は、大変なことになっていますね。ただいま味読中という方もたくさんいらっしゃるでしょうから、まだ、ここで触れることはいたしません。
 ご承知のように、村上春樹を論ずる書籍は大量に出版されています。どうやら村上作品は、読む者に「読み解きたい」という欲求を強く起こさせるようです。しかしながら、分析に分析を重ねて読み解きが極まってくるのと同時に、作品の持つ体温が奪われてゆくような感覚にも見舞われがちです。
 「ノーベル文学賞受賞のヴァーチャル祝辞」(これは、著者が村上春樹の受賞を想定して新聞社から依頼された予定原稿)からはじめられる本書の世界はとてつもなく広く、そして、作品の体温をそのまま届けてくれる希有な1冊です。『冬ソナ』あり、ハイデガー理解のための指南あり、それらはすべて村上文学によってつなげられ、あらゆる領域や境界を超えてゆきます。死と生までも。
 「正しい喪の儀礼」という言葉が出てきます。不可解さをともないながら、死者が生者に寄り添い続け、時には苛んだりもする、それは、生者の内側で死者が正しく弔われていないためだと内田氏は言います。『羊をめぐる冒険』の〈鼠〉と〈僕〉の関係がその例としてあげられていますが、『ノルウェイの森』も『海辺のカフカ』もそうでしょう。「正しく弔うこと」、そのためにはどんな風に死者の思いを聴いたら良いのでしょう。
 本書出版後に映画「おくりびと」の大ヒットがあったわけですが、現代社会で求められているもののありかが、両者をとおしてうっすらと浮かび上がってきているようですね。
 さて、本書の著者内田樹氏が9月26日午後、本学に来てくださいます。そして、学生の皆さんに向けて「大学で何を学ぶか」をテーマにお話しをしてくださいます。ぜひお越しください。これから9月に向けて、図書館には本書を含めた内田氏の著作が並びます。やわらかで愉快、そして切れ味鋭い内田氏の世界をご堪能ください。

(学術情報センター長 宮崎真素美(日本文化学部国語国文学科))

 

『世界の言語入門』 [請求記号:802/Ku72]

黒田龍之助著 講談社(講談社現代新書) 2008年

 この本は、世界各地の90の言語について、1言語あたり2ページ完結で書かれたエッセイ集です。著者の黒田氏が実際に話し、聞き、体験した言語についての話はとても楽しく読むことができ、(少なくとも読んでいる間は)その言葉が話せるようになったらいいと思わせてくれます。そうでなくても、著者となんらかの関わりのある言語に関する話は魅力的です。とくに、アフリカの諸言語はどれも興味深く、6月に黒田氏が県大で講演された時にはコサ語の放出音と吸着音を聞かせてもらえるかと密かに期待していました(実現はしませんでしたが)。中には、「まったく知らないので辞典の類を調べた」というズルイものもありますが、それでもなお、著者の筆力と、言語、特に小言語への思い入れを感じることができます。
 全体的には肩の凝らない内容ではあるものの、ときどき専門用語とその簡単な解説があって、うまく平板さが避けられています。また、日本語の起源に関する説への批判や、言語の大小を論うことへの疑問など、ピリリとしたアクセントも効いています。専門家でない者が言語学の一端を覗いてみるためには好適な一冊です。

(学術情報センター長補佐 太田淳(情報科学部情報科学科))

 

『日本の景観 : ふるさとの原型』 [請求記号:291.013/H56]

樋口忠彦著 筑摩書房(ちくま学芸文庫) 1993年

 本書に繰り返し登場する「心の中の風景」とは、どの人にとっても共通して好ましいと感じられる風景のことです。その起源は人類発生時にまで遡るとされるように、人間の生活と回りの環境とがしっくりと適合したときに現れる風景でもありますが、近代以降の産業化や都市化によって現実の風景は激変し、「心の中の風景」から離れてしまったようです。
 荒れるままの現実の風景に未来の危機を感じとった著者は、現実の風景を「心の中の風景」に戻せない以上、「心の中の風景」の好ましさや心地よさを代償する新しい風景(=代償風景)を、現実の風景の中に創り出していく以外に道はないと考えます。その課題を担うのが土木工学の一分野として当時生まれつつあった景観工学であり、本書はその可能性に挑んだ野心的な一冊と言えます。
 では、日本人が好んで棲息してきた土地やその景観とは、一体どのような構造を持つのでしょうか。ここで著者が注目するのは、景観の主要な背景となっている地形、とりわけ多くの日本人が住み込んできたと考えられる河川流域です。河川を通じて、谷−盆地−・・・−谷−平野と結びつく、日本のどこにでも見られるような地形的パターンからのアプローチが、この国の典型的な棲息地景観を網羅的に抽出する上で有効だったように思います。
 抽出された棲息地景観は、奈良や京都に代表される盆地を表した「秋津州やまと」型をはじめ、「八葉蓮華」型、「水分神社」型、「陰国」型、「蔵風得水」型など、呼称が示唆するような地形的特徴によって分類されますが、その多くには母性的な雰囲気が漂っています。凹性、休息性、「隠れ場所」性といった母性的要素は、現代都市に「代償風景」を人工的に作り出していくための重要な手がかりになっていきます。
 出版から30年近く経った今も、景観工学の草分け的な一冊として、景観や場所について論じる際に必ずといってよいほど参照される本書は、日本の古きよき風景を知るための格好の手引きにもなってくれそうです。この夏、本書を手にとってのんびりとした旅に出ると、まだまだ失われていなかった日本の好風景が、思いがけず目に飛び込んでくるのではないでしょうか。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 笹野)

 

『いのち : 8人の医師との対話』 [請求記号:490/A/576]

柳田邦男著 講談社  1996年

 この本は、死を前にした人の生き方とそれへの医療のあり方について、著者が8人の医師を訪ねインタービューする形式で綴られています。その中の1人、97歳の現在も聖路加国際病院の理事長を務めておられる日野原重明氏の「4つの医学」に目が留まりました。
 第一は病気の予防、第二は病気の治療、延命、第三はリハビリテーション、そして第四は、死に向かっている患者の生きがいや望みを把握して、残された時間が豊かなものになるように支援していく医学です。これはターミナルケア(終末期医療)として徐々に認知され医療者の間にも広がっています。死を敗北とする現代医療において見捨てられがちな、ターミナル期にいる患者や家族の言葉に耳を傾け、最後までその人なりの充実した人生が全とうできるよう心をくだいている医師たちがたくさんいるのです。
 私事になりますが、私の母も3年前に、残された3ヶ月をターミナルケアを実践している病院でお世話になりました。無駄な苦しい治療は止めて、自宅での外泊や外出など自由に過ごせる時間を作っていただき、最期の時にも延命措置はせず家族だけで静かに看取らせてもらえたおかげで、寂しいけれど納得できるものとして死を受け入れることができました。死について考えることは大切な「いのち」を生きることに気づくこと、デス・エデュケーションとしての1冊です。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 西脇)

 

『天才数学者たちが挑んだ最大の難問 : フェルマーの最終定理が解けるまで』 [請求記号:412.2/A15]

アミール・D.アクゼル著 吉永良正訳 早川書房 1999年

 県大には情報科学部があるとはいえ"数学"と聞くともう嫌悪感を感じる人も少なくない──いわゆる文系の学生が大勢……にもかかわらず、このコーナーでも数冊、数学に関係する本が取り上げられています。
 この本も、全く文系の役に立ちそうにない?純粋の数学の定理が主題ですが、幸いこの本には挿絵代わりの図形/グラフを除いて数式は一つも出てきません。したがって"証明"もでてきません。というのも、この本は数学を論じる本でなく、数学者の人間ドラマのドキュメンタリーとも呼べる内容の本だからです。
 人が一生の中で出くわす世界的かつ歴史的な出来事はそう多くあるものではないはずですが、今の時代は何かと歴史的事件を目の当りにするように思います。「フェルマーの最終定理」証明問題もその一つで、この問題が世の中に提起されてから360年経って漸く解決された、それを自分がナマで知ることができた(注:理解できたということでは全くありません!)という事実は、やはりちょっとした運命的な邂逅を感じます。(大方の学生の皆さんはまだ物心おぼつかない1993年だったのでこれは初めから歴史の1ページに属しているのかもしれませんが)
 数世紀に渡って解決が試みられてきた数学者達の活躍の歴史の中で、このフェルマーの最終定理の謎を解き明かすことに繋がる大きな役割を果たした3人の日本人がいることを、この本は教えてくれます。しかし不幸なことに、自分たちはその日本人数学者をほとんど知らないのではないでしょうか? ぜひこの本を一読して、日本人もこの歴史的な出来事にかかわっているのだということを知ってもらえたらと思います。
 そして、そういう普段縁の無い世界であっても、それらが現前と実在し、それらの謎に果敢に挑む人たちがいて、そういった人達の働きによって後世に何某かの進展を与えてくれる、その一つに数学の世界がある、ということに思いを馳せて頂けたら、さらに数学の世界にも面白さが見出すことができるのではないかと思います。この本の帯に付せられた"数学の面白さが見えてくる"とあった台詞もあながちウソではありません。

※もっと数学的な概要が知りたい、という方には、「図解雑学 フェルマーの最終定理」 富永裕久 著(ナツメ社)が、これは数学的紹介なのでその面で全体的な流れを俯瞰できるでしょう。

(情報処理教育センター 河合)