[2009.9.3更新]

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2009年9月の5冊


 

 

『「夕暮れ」の文学史』 [請求記号:910.67//H67]

平岡敏夫著 おうふう 2004年

 「秋は夕暮」(『枕草子』)。今月は、「夕暮れ」を追究した近代文学研究者の著書をご紹介します。
 言うまでもなく、夕暮れはさまざまな表情を持っています。本書はそれを『枕草子』以来の文芸から語り起こし、柳田国男の言う「一種の伝統的不安」を通奏低音として響かせながら、日本の近代文学と夕暮れ双方の表情を次々に更新させ、読む者の共感と感嘆、そして興味を誘い出します。
 「鴎外・子規・透谷・一葉・啄木・漱石・鏡花・荷風・谷崎・芥川龍之介・川端康成・中也・三島・開高健・吉行淳之介・大江健三郎らのいくつかの作品」について、「「秋は夕暮」の伝統を継承しつつも、春や夏、冬の〈夕暮れ〉をうたい、設定し、あるいは拒否し、あるいは先行の〈夕暮れ〉に挑戦するといった、さまざまな〈夕暮れ〉をアレンジしてみたい」というのが本書を編んだ気持ちとして語られています。読み進めてゆくうちに、「それなら自分の知っているあの「夕暮れ」は……」と、読者は自身の夕暮れを我知らず紡ぎはじめることにもなるでしょう。
 著者は本書上梓の3年後に、詩集『夕暮』をあらわします。「てがみにおした くちべに ひみつに たびをする」(「比喩」)、ルナアルのするような詩句をふくむこの詩集は、著者自身によって「恋愛詩集」としての位置づけを与えられてもいます。夕暮れのさまざまが、その記憶を刻みつけた人びとの体温とともに織りなされ、それらは著者の体内に驚くほど充満しています。著者にとっての夕暮れは、「生」と、それを支える「記憶」に深いところで関わるものであると知られます。
 探究は続けられます。その後の講義講演論集『夕暮れの文学では、山村暮鳥、与謝野晶子、北原白秋、庄野潤三らが加えられ、さらなる発見が織り込まれました。

 秋のひと日、あなたや私を包むのは、どのような夕暮れであることでしょう。

(学術情報センター長 宮崎真素美(日本文化学部国語国文学科))

 

『科学する麻雀』 [請求記号:797//153]

とつげき東北著 講談社(講談社現代新書) 2004年

 麻雀の本を紹介してしまいました。しかも著者の名前がとつげき東北。
 ふざけた名前ですよね。でもこの本、由緒正しい講談社現代新書の一冊なんですよ。
 極めて論理的、数理的に麻雀を分析しています。
 人間臭さゼロ、徹底したデータ分析による統計解析の本です。
 麻雀のルール、数学や統計学の知識が無いと難しい本ではありますが、彼(ひょっとして彼女?)が麻雀をする貴方、この本を読んで彼や彼女に話を振ると盛り上がる事請け合いです。(おそらく著者はこういう読まれ方を意図していないでしょうが・・・)
 麻雀のレベルアップはもちろんのこと、確率論や統計学に関わっている人、興味のある人にも是非読んでいただきたい一冊です。
 著者は科学的に麻雀を追求するこの書で、勝負事やギャンブルで重要視される流れやツキ、読みというものを否定します。それゆえ物議を醸し出し、アマゾンのカスタマーレビューで賛否両論入り混じる多くのレビューが書き込まれました。それがまた読後の感想に幅を持たせてくれます。
 せっかくセオリーを学んだのですから、結果も書評に書かなければならない。これも仕事と私も麻雀ゲームで試してみました。以前より成績が上がったのは事実です。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 松森)

 

『妖怪草紙 : くずし字入門』 [請求記号:728.5//Ka11]

アダム・カバット著 柏書房 2001年

 床の間の掛軸や、博物館の古い色紙を見て、「何て書いてあるのかなあ」と思ったことはありませんか?
 同じ日本語のはずなのに、くずして書いてあるので、現代のわたしたちには外国語なみに難しいですよね。でも「こういう字が読めたらな」とぼんやり思っているひとに、おすすめの本を紹介します。
 この本は、ニューヨーク生まれの日本文学研究者、アダム・カバットさんによる、くずし字入門です。
 「知識がありすぎると、学ぶ側の立場が分からなくて、逆にうまく教えられないとよく言われます。初心者だからこそ教えられることもあると思い、(中略)そのような気持ちで書いてみました」とのことで、楽しく学ぶための工夫がこらされています。
 その工夫のひとつは、「妖怪」をナビゲーターとしたこと。草双紙とは、江戸時代の絵入り本で、もともと多くのひとが楽しめるように作られたものですが、その中でも、ユーモアにあふれた妖怪の草双紙を選んで取り上げられています。楽しい絵を眺めながら、内容を想像して読んでゆけます。
 もうひとつは、「ステップアップ方式」であること。最初は簡単なものから始め、少しずつ難しいものに挑戦するという構成になっています。これ1冊で、仮名と、よく出る漢字はマスターできます。
 読み進むうち、あのへにょへにょした文字が、少しずつ意味を持って頭に入ってきて、「字が読めるっていうのは、その文字を使っている世界を知ることなんだなあ」と実感しました。
 字が読めるって楽しいです。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 福崎)

 

『読書術』 [請求記号:019.12/Ka86]※旧共同図書環

加藤周一著 岩波書店(岩波現代文庫)  2000年

 「読書」に関する本は多く書かれていますが、この世の中にある膨大な本を目の前にすると、「どの本を読むべきか」や「どう読んだらよいか」は多くの人々にとって興味深いテーマとなるでしょう。過去から現在にいたるまで数えきれない本が出版されて、その中で一生のうちに読める本の数は限られています。本書はあらゆる人に本をできるだけ効率よく、「どう読んだらよいか」示唆してくれます。著者は作家で評論家の加藤周一さんで、惜しくも昨年89歳で亡くなられましたが、文学や芸術など多岐にわたり数多くの著作を残されています。
 寝床でも、通勤電車の中でも本は読めます。疲れたら休憩も自由にとれるし、自分のペースで何冊でも同時進行で読むこともできます。この「愉しみ」を一度味わった人は知らない人よりもきっと人生を何倍も愉しむことができるでしょう。さらに外国語でも自由に読むことが出来ればその「愉しみ」も倍増するに違いありません。この加藤周一先生の「読み方の工夫」を綴った「加藤式読書術」を少しばかり実践して時空や国境を越えての旅に出かけてみませんか。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 金久)

 

『内田百 : 盡頭子』 [請求記号:918.6/N71/30]

内田百 [著] ; 別役実編 国書刊行会(日本幻想文学集成 30) 1994年

秋の夜長、少し怖い話を紹介します。
内田百閨iうちだひゃっけん)は、漱石門下の小説家、随筆家です。へそまがり?で「世の中に人の来るこそうれしけれ/とは云ふもののお前ではなし」と玄関に貼っていたという痛快な方です。(百關謳カについて知りたい方は黒澤明監督の「まあだだよ」をご覧ください。)
この本には、12の短編小説が収められています。どれも不思議な話ばかりです。
おすすめは「山高帽子」です。顔の長い同僚に宛てた手紙の部分だけでもぜひ読んでみてください。

(情報処理教育センター 松原)