[2010.2.25更新]

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2010年3月の5冊


 

 

『厄除け詩集』 [請求記号:911.56/I12]

井伏鱒二著 講談社(講談社文芸文庫) 1994年

 卒業の季節を迎えました。今年もたくさんの県大生が巣立ってゆかれますね。おめでとうございます。今月は、多くの言葉を要しません。この時を過ごす、すべての人に。

                  コノサカヅキヲ受ケテクレ
                  ドウゾナミナミツガシテオクレ
                  ハナニアラシノタトヘモアルゾ
                  「サヨナラ」ダケガ人生ダ

 この詩の題名は「勧酒」。中国の于武陵という人の次の漢詩が元になっています。

勧君金屈巵/満酌不須辞/花発多風雨/人生足別離

 『山椒魚』や『黒い雨』でよく知られる井伏鱒二は、すぐれた詩人でもありました。『厄除け詩集』は昭和12年に刊行されて以来、収録詩篇を変化させながらいくたびか世に出されています。「勧酒」のような洒脱な訳詩群は本書の大きな特徴です。ほかにも、「けふ顎のはづれた人を見た」というフレーズではじまる「顎」や、「大雅堂の主人/佐藤俊雄が溝(どぶ)に落ちた」とはじめられる「春宵」など、ユーモラスな創作詩も魅力的です。
 最後に、この詩集からとっておきの美しい詩篇を紹介して、今年度の私の「今月の5冊」を閉じることにいたします。

 明るい月夜です/岡にのぼれば/万朶の桜です/その木かげの/真新しい歌碑の刻字/「満月は/くるる空より……」//次は読めぬ/花かげにかくれ/頬打つ花吹雪に……(「歌碑」)

 では、また桜の季節に。

(学術情報センター長 宮崎真素美(日本文化学部国語国文学科))

 

『日本語は天才である』 [請求記号:810//1163]

柳瀬尚紀著 新潮社 2007年

 「You are a Full Moon.」という英文を日本語に翻訳してください。ただし、これは太陽が月に向かって言ったせりふであり、月はFullをFoolと聞き間違えて怒るので、それがわかるような訳でなければなりません。科学技術論文を訳すことは知識さえあれば簡単ですが、ユーモアや言葉遊びを翻訳することは容易なことではありません。「夏の夜の夢」と並ぶシェークスピアの代表的な喜劇「空騒ぎ」の原題はMuch Ado about Nothingですが、NothingとNotingが掛け言葉であることは邦題には反映されていません。
 今回紹介する「日本語は天才である」の著者の柳瀬氏は、かの有名な「もつれっ話」…ではなく「不思議の国のアリス」をはじめ、(文庫版解説の池内紀氏曰く)全編が言葉遊びで翻訳不可能な「フィネガンス・ウェイク」までをも翻訳しています。()つ国の言葉遊びの翻訳と格闘する中で著者が発見した日本語の豊かさについて書かれたのがこの本です。
 バイリンガルな言葉遊びとして、和文、英文のアナグラム(「アイチケンリツダイガク」→「竹林、怪我相次ぐ」のような文字の並べ替え)や回文、掛け言葉などがまず始めに紹介されます。話は日本語が中心となっていき、方言、敬語、漢字仮名アルファベット交じり文、ルビなど、「日本語の原っぱ(本文より)」を駆け回ります。すべての文字を使った文として有名な「The quick brown fox jumps over the lazy dog」の、いろは48文字すべてを1回ずつ使った見事な訳文を読むと、日本語、いや、柳瀬氏の天才ぶりに感嘆せざるを得ないこと請け合いです。
 語彙の少ない私にとっては、国語辞典が必要なことばがちらほら見受けられますが、リズムがよい文体で楽しく読めるはずです。一読をおすすめします。
 んっ、最初の問題の答えですか?! だめだめ、ここでは言えません。

※なんだかちぐはぐな文だとお思いでしょうが、本書への賛辞を込めてみました。「ああ、なるほど!」と思われた方にお知らせをいただければ幸いです。

(学術情報センター長補佐 太田淳(情報科学部情報科学科))

 

『都市のアレゴリー』 [請求記号:361.7//164]

若林幹夫著 INAX出版(10+1 series) 1999年

 本書は、社会学者である著者が1952年に刊行された一冊の本に注目するところから始まります。それは、当時すでに大都市であった東京の多彩な表情を写真や統計を使って捉えようとした本ですが、都市の断片的な写真を寄せ集めた、今ではごく当たり前の表象に対し著者は、現代の都市が全体的な構造や社会の共同性を失っていることを発見し、しかし同時に、むしろその点にこそ都市の起源があるのではないかと問いかけます。
 そもそも「都市」と対をなす集落の概念として「村落」を思い浮かべた場合、両者の決定的な違いはどこにあるのでしょうか。また、ヨーロッパの都市の多くは、自由と自治を獲得した市民の共同体として成立したことで知られていますが、そのようなヨーロッパ都市と日本の都市に同じ起源を求めることは可能なのでしょうか。
 著者の都市論は、「空間論的転回」と呼ばれる都市社会学や都市地理学の一連の動向−社会理論に空間や時空、場所といった変数を積極的に組み込む−を足場としていますが、独自の視点を得る上で重要だったのは、むしろ古典的なヨーロッパ中世都市研究だったようです。とりわけ、卓越した歴史家として知られるアンリ・ピレンヌ(1862-1935)らの研究から「都市共同体という定住社会に先立ち、人々や物財が空間を横断する」イメージを思い描き、都市の起源を「市場」や「交通」といった〈場を占めぬもの〉に求めていきます。
 現実の都市は、それが拠って立つ土地や社会の存在を抜きにしては考えられませんが、これらの事実からいったん自由になることで、「市場」や「交通」の影響のもとで絶えず変化に晒されている、そんな都市の本源的な様相が確かに浮かび上がってきます。見方を変えれば、共同体や社会が二次的な問題へと構造化されることによって、これらの存在を前提としなくなった汎用性の高い都市の定義でもあります。
 ここで紹介できたのは、本書のごく一部分に過ぎません。読み進めるのは決して楽ではありませんが、じっくりと向かい合った後は、今までとは違った新鮮な目で都市を見ることができるのではないでしょうか。著者が挑もうとした都市論の可能性をぜひ味わってみてください。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 笹野)

 

『子どもたちに語るヨーロッパ史』 [請求記号:230/L52]

ジャック・ル・ゴフ著 前田耕作監訳 川崎万里訳 筑摩書房(ちくま学芸文庫) 2009年

 遠い昔、大学受験で世界史を選択していたとき、私にとってのヨーロッパ史は年号、人名、できごとの果てしない暗記との闘いでした。今回この『子どもたちに語るヨーロッパ史』を読み進めるうちに、バラバラに存在していたその時の記憶の小片が少しずつ集まってきてつながり始めたのです。
 本書の前半には、ヨーロッパに住む多様な民族が侵攻、分裂、紛争、統合を繰り返しながらも統一を目指して現在のヨーロッパ大陸を形作っていく過程が、年代ごとの地図を用いてわかりやすくまとめられています。後半は、「ヨーロッパは中世に生まれた」と説く中世史研究家である著者が、中世の人びとの日常的な考えや感覚について、子どもと対話する形式で進められます。「王の上で、王より重きをなす教皇と皇帝がたえずいがみあっていたという印象を持っているのですが」、「どうしたら城の陥落に成功するのですか」といった子どもゆえの率直な質問にも、丁寧なことばで真摯に向き合っている様子が伺えます。
 子どもたちが自国の成功や発展だけでなく、戦乱、十字軍、人種差別、植民地支配、強制収容所などヨーロッパの犯した過去の過ちや罪を正しく理解し、受入れてこそ未来を創造することが可能になり、それを伝えるのが歴史家の責務である−と述べる著者のことばに、歴史を学ぶ意味(丸暗記ではなく)を改めて考えさせられた私です。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 西脇)

 

『パラレルワールド・ラブストーリー』 [請求記号: 共同図書環]

東野圭吾著 講談社(講談社文庫) 1998年

私は東野圭吾の数ある作品の中でも特にこの作品が気に入っています。
主人公と女性のありがちな出会いから始まり、いつの頃からか主人公の記憶に異変が起こります。タイトルに「パラレル」と名付けられているとおり、ぼんやりした主人公の2つの記憶が平行して進み、結末で話が1つになっていきます。この「パラレル」をしっかり頭の中で把握しながら最後の結末を迎えるのがこの小説の醍醐味です。この図書の帯に「アイデアが生まれたのは20代。小説にしたのは30代。そして今でももう書けない。」とありました。とても精密に書かれており、ボーっと読むとわけがわからなくなります。挑戦される方は頭が冴えている時、一気に読んでください。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 杉山)