[2010.3.31更新]

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2010年4月の5冊


 

 

『博物誌』 [請求記号:954//41]

ジュール・ルナール著 岸田国士訳 白水社 1951年

 ものみな目ざめる季節となりました。今回は、「のみ」から「鯨」にいたるさまざまな生命の「影像(すがた)」を描き出したルナールの作品をご紹介します。

二つ折りの恋文が、花の番地を捜している。

 すてきな浮遊感で象られたのは、誰の「影像(すがた)」でしょう。

一匹一匹が、3という数字に似ている。/それも、いること、いること!/どれくらいかというと、333333333333……ああ、きりがない。

 こちらについては、すぐにおわかりのことでしょう。
 作者ルナールは、本書の冒頭で「影像(すがた)のかりゅうど」を登場させ、「彼」の「目」がとらえた(彼自身の影像(すがた)をふくめて)70の「えものの影像(すがた)」を象っています。先の2つのようなものもあれば、散文形式のものもあり、もちろん、死の匂いもふくまれています。実に多彩な生命のありようが、「彼」や「彼女」のこととして描かれており、ここでは、人間も自然も隔てなくスケッチされています。訳者岸田国士の繰り出す魅力的な日本語、そして、ボナールによる挿絵も絶妙です。
 日本の詩人でも同じような試みをした人がいます。三好達治です。

鵞鳥。―たくさんいつしょにゐるので、自分を見失はないために啼いてゐます。
蜥蜴。―どの石の上にのぼつてみても、まだ私の腹は冷めたい。

                                       (「春」『測量船』)

 三好はまた、次の作品でも知られていますね。

                蟻が/蝶の羽をひいて行く/ああ/ヨツトのやうだ
                                            (「土」『南窗集』)

 では、ふたたびルナールへ。今度はちょっとむずかしそうです。

おとなになったうさぎ。

 図書館の「今月の5冊」コーナーで、見つけてくださるのを待っています。

(学術情報センター長 宮崎真素美(日本文化学部国語国文学科))

 

『ラブレーの子供たち』 [請求記号:596.04/Y81]

四方田犬彦著 新潮社 2005年

 芸術家が残したレシピや映画に出てくる料理を実際に食べてみたいな、と思ったことは誰にでもあるはず。著者は、そんな考えを『藝術新潮』の連載として実現させてしまいました。ウォーホルの、あのキャンベルスープを実際に買い集めて、食べた後で積んでみたり、明治天皇が開いた晩餐会の料理を再現してみたり、イタリア未来派の「芸術としての料理」(舞台装置から指定されていて、食べる人は手を青く塗らなければならない)を実践してみたり。なんと贅沢な、…まあそうでないのもありますが、うらやましい企画!装丁も活字も品よく美しく、上質なお菓子のように味わいたい1冊です。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 新川)

 

『バナナと日本人 : フィリピン農園と食卓のあいだ』 [請求記号:080/199/19A]

鶴見良行著 岩波書店(岩波新書) 1982年

 本書は、主に東南アジアをフィールドとして多数の画期的な調査・研究をおこなった著者が、バナナという身近な食品を切り口として、"日本に輸出するだけのために" "外国資本によって"興されたフィリピンのバナナ産業の歴史や現状、日本との関わりについて多角的に報告したルポルタージュです。
 日本人が食べているバナナの大半を占めるフィリピン(ミンダナオ島のプランテーション)産バナナが、どのように栽培され日本に輸出されて私達の食卓にまで到達するのかを知ることができるのですが、本書の魅力は記述内容そのもの―私達日本人がいかに何ひとつ知っていないか―にとどまりません。小型で手軽な新書1冊の背景に拡がる膨大な調査の質・量と、それを資にした深く鋭い考察の質・量とが、一文一句から感じられます。
 にもかかわらず本書は、著者から読者への単なる問題提起ではなく、啓発・警告の書でもなく、「何を問題とし、どう考えるべきなのか」が完全に読者自身に委ねられている、ひじょうに自由な本だと思います。
 著者の代表作としてつとに名高い本書は、後年刊行された著作集の第6巻にも収録されました。(全12巻)。同巻には本書に前後する関連著述が収録されており、刊行後の反響の大きさやそれを受けた鶴見氏の反応、その後の発展なども知ることができます。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 鋤柄)

 

『悩む力』 [請求記号:159/Ka43]

姜尚中著 集英社(集英社新書) 2008年

 著者のことを政治学者として知っていましたが、ある時、テレビで夏目漱石の作品を分かり易く説いていて、静かながら情景が浮かび心にしっかりと届きました。この本もその声が聞こえてくるようなしなやかな文章で説得力がありました。
 この「悩む力」の書中で漱石の作品に登場する人々が多く引用されており、漱石の考え方、心の動きも映し出されています。「三四郎」「こころ」など昔読んだ本を、また読みたくなり本棚から引っ張り出してみました。年を経て再読してみると、感覚も視点も違うし、また「悩む力」に対する理解が深まったような気がします。
 他にもマックス・ウェーバーなど様々な人生を経てきた先人たちが現代に生きる私たちと同じように「悩み」に向き合い解決しようとしてきたものをこの本により、統合的に知ることができました。
 とことんまじめに悩んで、つきぬけた後の覚悟や自由。結びに著者の果てしない夢(ハーレーに乗りたい、映画を撮りたいなど)が書かれており、思わず苦笑しました。「一身にして二生を経る」それでいいのだ、と思えるものがあります。いかにして生きてゆくか、何らかのヒントを得られるのではないかと思いました。

(情報処理教育センター 中野)

 

『チャーリーとの旅』 [請求記号:935.7/St3]※旧共同図書環

ジョン・スタインベック著 竹内真訳 ポプラ社 2007年

 ポカポカとした陽気に誘われ、ふらりとどこかに旅したい…と、ムズムズしてしまう季節です。その昔、ノーベル賞作家のスタインベックもこの気持ちを抑えられず、愛犬「チャーリー」とともに旅にでました。ロシナンテ号(特製キャンピングカー)にてアメリカを一周する長旅。「自分は祖国の実情を知っているだろうか?」このもっともらしい理由で周りを説得し、自身をも奮い立たせるのですが、実は一人旅にでることを不安に感じていることも綴っています。この時58歳、さらに闘病明けという身。チャーリーとの旅で一体何を考え、何を体感したのでしょうか。
 『エデンの東』や『怒りの葡萄』といった名作で知られる文豪・スタインベックですが、小説とは違う視点で1960年代を記しています。田舎を走り、見聞きした日常の中で特に印象的なのが「州ごとに標識の文章が違う」ということ。例えば、言葉数や文字数を節約する簡潔な標識、フレンドリーに助言してくれる提案型の標識、あっちに行け、こっちに行けといった命令口調の標識など、州ごとに独自の文体があるといった目のつけ所には思わず笑ってしまいます。
 訳者である竹内真氏には、スタインベックとの共通点がいくつかあります。作家として活躍中であり、愛犬「くろべー」とともに暮しています。さらに、本書と同じように『くろべーとの旅』にも出ています。そんな竹内氏ですが、この翻訳には自ら志願して取組んだとか。『自分で訳してみたいと名乗り出てみたところ、あれよあれよと翻訳家デビューが決まって一年ちょっとで刊行にこぎつけることができた』とは本人の談です。詳しい経緯については、ポプラ社のWEBマガジン ポプラビーチ(「図書館へ行こう!」のバックナンバーVO.4)で読むことができます。
 さまざまな人に語り継がれ、愛される旅行記。新訳となり、再び世に送り出された本書に描かれているアメリカの有り様は、さほど今も変わってはいないように思えます。ぶ厚い本…という見かけに惑わされることなく、愛犬と暮らす作家同士の時代を超えたコラボレーション作品を手にとってみてはいかがでしょうか。著名作家の飾らない一面と、その愛犬の旅に癒されること間違いありません。

(学術情報センター大学連携チーム 坂元)