[2010.5.6更新]

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2010年5月の5冊


 

 

『村上春樹『1Q84』をどう読むか』 [請求記号:913.6/Mu43]

河出書房新社編集部編 河出書房新社 2009年

 大型連休が過ぎ、あたりはすっかり新緑の季節となりました。陽の光を浴びてさんざめく若葉はたいそう美しいものですが、月光に照らされて不思議に艶めく様子にも、また別の美しさが宿っているようですね。ところで、あなたが見上げた空に月はいくつ浮かんでいますか?
 ふたつの月の見える世界へ入り込んだ主人公たちは、ちょうど一年前、私たちの眼前に姿をあらわしました。正義と悪は一定でなく、孤独と不全感に苛まれている人びとは、すれ違いをくり返しながら縦横無尽に張りめぐらされてゆく言葉の群れのなかに生きていました。『1Q84』BOOK1,BOOK2で描かれた世界は、読者の心に何をかき立てたことでしょう。
 本書『村上春樹『1Q84』をどう読むか』はまことにユニークな取り合わせの36人を書き(話し)手に選び、その名のとおり、それぞれが『1Q84』をどう読んだのか、良くも悪くもかき立てられたものは何だったのかを、昨年のBOOK1,BOOK2の出版後2ヶ月で濃密に示し出しました。
 「エルサレム賞」受賞スピーチで話題になった、「壁と卵」の比喩をめぐる多様な視点の交錯をはじめ、父、宗教、音楽、死、小人たち、事件、引用、典拠等々から作品に対する好悪や評価の分かれ目が、現実社会と架橋されながら36通りの方法で表明されていて、揺さぶられます(もちろん、なかには手に余って困ってしまった感じの人もいますが、それも、ひとつの方法です)。
 そして、先月出版された『1Q84』BOOK3。自分と自分以外の人たちが、かつて投げかけたさまざまの視点を絡めながら読むことができました。
 「青豆」さんと「天吾」さんには、果たしてどんな月の光が届けられたのでしょう。お楽しみください。

(学術情報センター長 宮崎真素美(日本文化学部国語国文学科))

 

『自壊する帝国』 [請求記号:312.38/Sa85]

佐藤優著 新潮社(新潮文庫) 2008年

 政治経済に疎い人生を歩んできました。
 社会人としてどうなのかと思いつつ、あまりにマスな物事と自分とをどう繋げれば良いのか分からず、どうしても興味が持てませんでした。
 ところが最近、その手のノンフィクションばかり読むようになってきています。理由は簡単で、今一番刺激的で面白いからです。
 たとえばこの本。若き外交官であった著者が自ら関わったソ連の崩壊を描いたものです。
 ソビエト連邦の崩壊という、何重にも要因の入り組んだ歴史的カタストロフィについて、誰にでも分かるよう事情を論理的に説明し、しかも情熱のほとばしる一冊にまとめることが可能なのか。こんなにも頭が切れ、信用ならない書き手がいるのか。書いてあることだけが事実とは限らず、何が真実なのか分からない、しかし著者が自らの良心に誠実であるということはひしひしと伝わってくるという、矛盾した文章なのです。初めて読んだときの衝撃は忘れられません。
 ちなみに作者は鈴木宗男議員の疑惑事件に絡んで逮捕された元外務省官僚です。「外務省のラスプーチン」という異名の方が有名かもしれません。(彼の逮捕にまつわる経緯は『国家の罠』に詳しいです)
 文庫版の解説は恩田陸氏。彼女は「ビルグンドゥス・ロマン」として再読したと言います。様々な世界への入り口となる一冊であり、様々な読み方のできる一冊です。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 川島)

 

『床下の小人たち・野に出た小人たち』 [請求記号:909/10/83]

メアリー・ノートン 著 林容吉訳 岩波書店 1961年

 スタジオジブリの宮崎駿監督が映画化することで有名になった作品です。
 小人といえば妖精ドワーフのようなイメージがありますが、ノートンの小人は本当に「小さい人」、身の丈20cmほどの小さな人間というだけで、妖精のような不思議な能力はありません。その「小さい人」が人間の家の床下に、衣食住を「借り」ながら暮らしています(自分たちを「借りぐらし」と名乗っています)。主人公のアリエッティは借りぐらしの中でもちょっと変わり者、家族が止めても外の世界への興味を捨てず、人間も怖がらず、その為大変な出来事が起こってしまい、生活もピンチに追い込まれますが、結果として新しい出会いと発見がありました。
 借りながら暮らすこと、それ自体の曖昧で不安定な生活を思うとなんと弱い種族なのかと思えます。外の世界に出た途端、冬になったら死を覚悟するくらいの不安定さ。「盗む」ことを「借りている」と表していることの矛盾と、自分たち以外の一族がどうなっているのか確認することもなかった世界の狭さを思うと、外を目指し、他の一族とコンタクトを取ろうとしたアリエッティの姿は、周囲の人間からすれば変わり者かもしれませんが、これからを生きるための、前を見越したある意味自然な生き方だと思えます。小さく弱いけども必死で、でも毎日楽しく生きている、そんなことが感じられる物語です。
 さて、この物語は「小人の冒険シリーズ」として5冊出版されています。アリエッティたち家族の冒険がどのような結末を迎えるのか、是非通読してみてください。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 梅田)

 

『坊っちゃん』 [請求記号:080/120/5]

夏目漱石著 新潮社(新潮文庫) 1955年

 誰もが一度はタイトルを聞いたことがあるというくらい有名な作品であり、漱石の作品の中でも特に人気があるのが本作です。その魅力は、とにかく坊っちゃん自身によって語られるその語り口の軽快さとユーモアにあると思います。いま読んでみてもちっとも古臭くなく、むしろ思わず吹き出してしまうような鋭いつっこみと皮肉が満載です。
 「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」坊っちゃんは就職のため東京から四国の中学校に数学教師として赴任します。けれど何に対しても気に入るということがなく、嫌いなものばかりの坊っちゃんは、田舎もそこに住む人も気に入らず、教師たちに「狸」「赤シャツ」「野だいこ」「うらなり」などのあだ名をつけ、心の中で悪態ばかりついて仲良く交わろうとはしません。そして次第にこの教師たちの一部と対立していくことになります。坊っちゃんの見る目があまりに真っすぐすぎて相手が悪人に見えるのか、それとも坊っちゃんの正義感が正しいのか…それはぜひご自分で確かめてほしいと思います。
 嫌いなものばかりの坊っちゃんですが、ただひとつ全編を通してよりどころになっているものがあり、それに読んでいる側としても救われる気がします。
 新年度もひと月が過ぎ、新しい毎日も少し落ち着いてきたところで、文学作品でも読んでみようかなと考えている方にはまずこちらをお薦めしたいと思います。
 笑わずにはいられない坊っちゃんの名台詞「ひどい奴だ。どうもあのシャツは只のシャツじゃないと思ってた。」は必見です。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 草間)

 

『ポーツマスの旗 : 外相・小村寿太郎』 [請求記号:913.7//226]

吉村昭著 新潮社 1979年

 本書は、日露戦争からポーツマス条約締結にいたるいきさつを、小村寿太郎の生涯を織り交ぜながらつづった物語です。
 日露戦争において日本は、旅順攻略、奉天の会戦、日本海海戦と、連戦連勝を続けましたが、その実、国力はほとんど尽きかけていました。いっぽうのロシアは、前線でこそ敗退を続けていますが、首都ペテルブルクにいまだ兵力を温存し、シベリア鉄道経由で戦力の増強が可能な状態です。軍事大国ロシアと、開国して40年に満たない小国日本は、膠着した戦線を挟んで、このような状態で睨み合いを続けていたのです。
 ポーツマスで開催された講和会議のテーブルに就いた二国の代表は、そんな情勢を象徴するかのような二人でした。かたや、ロシアきっての敏腕といわれた巨漢の政治家、セルゲイ・ウィッテ。かたや、いつも着古しのコートを羽織り、ねずみとあだなされるほどの小男だった異形の外交官、小村寿太郎。
 いっさい妥協の姿勢を見せず、時間をかせごうとするロシア側に対し、小村寿太郎は講和条約を成立させ、戦争を終わらせることができるのでしょうか。比喩ではなく一国の存亡を背負うという重圧のもとで、彼がどのように交渉を進めていくのか、その姿勢と外交手腕が一番の見所です。ヒントは「味方をつくること」、「事前の準備」の二点でしょうか。一見不可能とも思えるような厳しい条件下での交渉において、ほんとうに重要なことは何なのか、この物語は教えてくれます。
 教科書的な結論をさきに言ってしまえば、小村寿太郎は困難な交渉をなしとげ、ぎりぎりのところで講和条約の締結に成功するのですが、当時の日本国内ではその功績はまったく評価されませんでした。条約破棄を訴え、戦争継続を煽る新聞や、暴徒と化した大衆の姿にも、いろいろと考えさせられるものがあります。
 本書に描かれているポーツマス条約締結は、日露戦争の後日談というか後始末的な物語であり、昨年ドラマ化されてブームになった司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んだ方にとっては、より楽しめる内容ではないかと思います。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 星野)