[2010.7.29更新]

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2010年8月の5冊


 

 

『戦中戦後気侭画帳』 [請求記号:726.1/Ta62 戦中 戦後]

武井武雄著 筑摩書房 1973年

 今月は、私たちに受け渡される大切な記憶について、武井武雄が遺してくれた記録を手がかりに思いをいたしてみましょう。
 武井武雄は1920年代から半世紀以上にわたって活躍した芸術家です。絵雑誌「コドモノクニ」で披露したモダンな画風は、絵本『おもちゃ箱』などの世界に詰められました。けれども、幸せで優雅な時間は戦争とともにみるみる暗転。武井自身は「戦時中応召も徴用も来なかった」ので、「隣組の防空訓練を担当させられるはめ」となり、それが、「空襲記録を克明に残す奇縁になった」と述べています。ペンで描かれた『おもちゃ箱』から一転、『気侭画帳』は毛筆で描かれ、その画風もずいぶん異なります。
 空襲に対する警戒をもっぱらとしながらも、洒落の効いた絵入りの回覧板を登場させてみたり、鶏卵が貴重なので表面に自画像や女の子の顔を描いて愛でてはみたものの、顔ばかりで胴体のないのが時節柄いけないと思ってみたり、武井独特の感覚がここでも交錯しています。着衣のままの睡眠、服装をめぐる風俗画、雪かきあとの砂糖入り紅茶、食卓のお膳の模様、空襲異聞、そして穢くなってしまった女学生に対する嘆きなども印象的です。東京大空襲と、その焼け跡を上野の山から見下ろす「西郷さん」の後ろ姿、それらは疎開先の故郷岡谷で迎えた終戦の日の放心へとつながってゆきます。
 戦後は次代を担う子どもたちへの思いをいっそう深くする一方で、「何のために生きているのか」と問い、「地球なんかぶち割っちまへ」と怒り、また、満員列車では人の頭の上に登って「降車大サーカス」を演じたりもしています。失ったものへの哀惜と、おかまいなしに歩を進めてゆく日常とが、それぞれに人を取り巻いているようです。
 このほど直木賞を受賞した中島京子『小さいおうち』で描かれた世界は、ちょうど、武井の『おもちゃ箱』から『気侭画帳』への時期に重なっています。優雅なモダニズムから傷ついた時への変遷が、こちらは高いプロ意識を持った「女中」の眼差しによって映し出されています。
 最後に、昨年の同月に本欄で紹介した江藤千秋『積乱雲の彼方に―愛知一中予科練総決起事件の記録―』がドラマ化され、来る8月15日(日)に「NHKスペシャル終戦特集ドラマ 15歳の志願兵」として放映されることになりました。この事件が中野重治「五勺の酒」の執筆動機に関連したことも、この春、林淑美『批評の人間性中野重治』によって明らかにされたところです。

(学術情報センター長 宮崎真素美(日本文化学部国語国文学科))

 

『中世の東海道をゆく : 京から鎌倉へ、旅路の風景』 [請求記号:080/C64/1944]

榎原雅治著 中央公論新社(中公新書) 2008年

 1280年(弘安三)十一月、ひとりの貴族が馬に乗り、わずかなお伴を連れて東海道を京から鎌倉へと向かっていました。江戸時代になってから、江戸日本橋から京三条大橋までの道が決まりました。今でいうところの国道1号線に当たります。
 中世の東海道はまだ、厳密にどのようにたどっていくのかは自由でありました。旅路は潮の満ち引きなど自然条件に大きく左右されました。また、木曾三川の流路や遠州平野に広がる湖沼など東海道沿道の景色も、現在とはかなり異なっていました。本書は鎌倉時代の紀行文を題材に、最新の発掘調査の成果などを取り入れ、中世の旅人の眼に映った風景やそこに住む人々の営みを具体的に再現するものであります。そこには現代と違った風景が見えてきます。
 この時代は鎌倉が始点であり、終点であります。そこにたどり着くまで、いかにして歩き、楽しみを見出していったのでしょうか。本書を読んで、当時の旅路の風景・生活に思いを馳せてください。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 白井)

 

『もしもあなたが猫だったら? : 「思考実験」が判断力をみがく』 [請求記号:080/1924/12]

竹内薫著 中央公論新社(中公新書) 2007年

「もしもあなたが猫だったら?」「もしも重力がちょっぴりだけ強かったら」
そんなことを考えてみたことはありますか?
この本は、現実がどうかということに関係なく、そのようなシチュエーションを科学や哲学的な思考で考えてみようという本です。科学や哲学が苦手な人(私もそうですが)には難しく感じる部分もあるかもしれませんが、読みやすい語り口調で書かれているので、意外にもさらっと読めてしまうと思います。書かれていることが全て理解できなくても、話を聞くような感覚で読み進めていくと、今まで知らなかった世界を垣間見ることができて、視野が少し広がったような気分になります。
この本では、1日1つのテーマについて考えるようになっていて、7日で全て読み終わるようになっています。少し時間ができるようになるこの時期、涼しい室内で、「もしも」の世界を楽しんでみるのはいかがですか?

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 西川)

 

『満身これ学究 : 古筆学の創始者、小松茂美の闘い』 [請求記号:289.1/Ko61]

吉村克己著 文藝春秋 2008年

 エキサイティングな人物評伝です。
 タイトルにある「満身これ学究」とは、作家の井上靖が小松茂美を評して言った言葉です。
 小松茂美は、古典学者としてはかなり異質な経歴の持ち主でした。親の言いつけで16歳のときに旧国鉄に就職したものの、古典の魅力にとりつかれて東京国立博物館学芸部に職を得、以来在野の学者として活躍しました。岩をも貫く執念と、自分を押し通す強い意志で、独自の研究を打ち建て、大きな業績を残しています。
 当時門外不出であった厳島神社の平家納経をついに目にすることができる瞬間、借金に苦しみながら、完璧主義の余り加筆修正を重ねざるを得なかった処女作出版の顛末など、ぐいぐい迫る彼の迫力と熱量に圧倒されます。
 『古筆学大成』は彼の代表作のひとつです。全国に散らばる「古筆」と呼ばれる書道史上の名筆を集め、総合的に体系化したもので、かつては古筆の性格上まずやる者のなかった仕事でした。彼が研究を始めた当初、その余りのスケールに「広げっぱなしのふろしき」と揶揄されたそうですが、彼のふろしきは門外漢ゆえの大胆さで広く広く広げられた後、長い時間を経て収斂され花開いたのです。
 小松氏は今年5月に亡くなられました。享年85歳。その闘いの人生に祈りたいと思います。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 川島)

 

『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? : 身近な疑問からはじめる会計学』 [請求記号:336//609]

山田真哉著 光文社(光文社新書) 2005年

 この著書を薦めさせて頂いた背景は大きく2点,1つにはこれまで気にしたことはなかったけど言われてみるとそういえば不思議だなという気付きの感覚を与えてくれること,2つには組織あるいは企業における運営・企画の永続性を企てることや持続性を持たせたいとすること,卒業・修了後に起業を考えている方,さらには間近に迫ってきている大学祭での出店に際し今年こそは少しでも利益を上げてみたいということにおいて多数のヒントや応用できる考え方・原理・仕組みが含まれており,時節柄,興味を持ってもらえるのではと思ったことにあります.
 この著書を読むことにより得られる効果と考えることとは,発行年は2005年と古いものとなってしまいましたが,今になって改めて読み返しても,その先の内容が知りたくて知らず知らずのうちに次のページをどんどんめくっているような非常に面白く読めるものでありながらも,気付き,知恵の輪を解くようなカラクリや現実現象の解明の感覚を研磨してくれることにあると思います.この感覚の研磨は卒業論文対策にも活用できるのではと考えます.
 これらのことにおいて,特に,「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の章だけでも,一読の価値が充分にあります.私が感銘を受けたことの1つは「費用の削減はパーセンテージで考えるべきものではなく,絶対額で考えるべき」でした.
 また,この著書より副次的に学べること,垣間知ることができることを挙げるのでしたら,公認会計士になれるのは,この著者の場合は巻末の経歴を見てみますと大学を卒業後に一般企業を経ておりますが,一見,数値を扱うこととは無縁と思われる文系出身でも可能であるということ,これを拡張するならば,人の進路には通説で推し量れない様々な可能性を秘めているということであると思います.

(情報処理教育センター 今西)