[2011.1.4更新]

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2010年12月の5冊


 

 

『ぐっとくる題名』 [請求記号:704/B94]

ブルボン小林著 中央公論新社(中公新書ラクレ) 2006年

 いよいよ、卒業論文執筆に忙しい季節を迎えましたね。
 レポートや論文指導の折に、私が必ず言い添えている決まり文句は、「きらりと光るセンスの良い題名を」。当たり前ではなく、しかし、言わんとすることが適確に伝わるもの。この難題に、みなさんは果敢にチャレンジし、絶妙な題名をひねり出してきます。
 論文の題名の場合は、「だらだら長くしない」ということを言いますが、本書が扱っているのは文学・漫画・映画・音楽等々多岐にわたり、しかもエンターテインメント性の高いものまで範疇に入れているので、「長い」題名に大いなる魅力の宿っていることも紹介されています。これらは、「ロジック篇」、「マインド篇」、「現場篇」に分けられています。
 冒頭の「ロジック篇」は韻の踏み方から言葉の係り方など、詩歌の分析手法そのものなので思わずうなずき、「現場篇」で実際の書籍の名を編集者とうんうん唸って決めるあたりは、「やっぱり!」という深い共感にとらわれます。そうしてついに、「奥田民生は、やはりただ者ではなかった…」という感慨を「ぐっと」覚えることになりました。
 私が「やはり」という合点をくり返しているように、本書は、私たちが五感のどこかですでに感じていることを明快に言語化しており、題名の「ぐっとくる」には、そういった著者の手際の鮮やかさに対する讃辞も織り込まれているかに思われます(ちなみに、「ブルボン小林」は作家「長嶋有」の別名ですね)。
 巻末には取りあげられた作品の「索引」が付されています。「ア行」からその一部を紹介しておきましょう。
 「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」、「暴れん坊将軍」、「アメリカ」、「イエローサブマリン」、「うしろの百太郎」、「噂の刑事トミーとマツ」、「押絵と旅する男」、「俺が本当のゲーム脳」……。
 お楽しみください。

(学術情報センター長 宮崎真素美(日本文化学部国語国文学科))

 

『星形の言葉を求めて』 [請求記号:共同図書環914.6/B12/]

馬場駿吉著 風媒社 2010年

 この「星形の言葉を求めて」は、今年6月の共同図書環の学生選書バスツアーで選んだ本のひとつです。氏の45年間にわたる新聞に掲載されたコラムやエッセイをまとめたもので、古くは1965年のものがあり、季節の話題から有名な著者や芸術家に関するものまで幅広く扱っています。
 殆どこのたぐいのものは読んだことがなく、避けていましたが、馬場駿吉氏の名前が懐かしく思い書棚から取ってみたら、俳人らしい洗練された言葉としなやかな文体が詩を読むかのように心に染み込んできました。
 ボストン美術館の話から荒川修作、レンブラント、武満徹、黒川紀章など名だたる人々が登場しています。コラムの書き始めのものは「点」という章にあり、題材は日常的な出来事の精神性を捉えたものが多く、体制に向けた反感が随所に顔を出しています。氏が33才の頃のもので、時は60年安保前の激動の時代でした。しかし、過激な表現ではなく足首に小指で香水をつけた程度の柔らかな香りが漂う程度です。
 一方、近年の作品は2007年で、最初の章の「紙つぶて1」にあります。題材は氏の関わった人を扱ったものが多く、氏の関係の広さとそれを維持できる柔軟さが多様な人々を登場させています。そのすべてに選りすぐりの言葉が行間を開けて、「読み取りなさい」と囁いています。
 本書の「星形の言葉を求めて」のコラムに「さまざまな小石のような言葉の中から星形の言葉を捜し出す・・・」からも、長年にわたり、言葉と向き合ってきた氏の思いが表現されているような気がします。
 実は、馬場駿吉先生との出会いは、愛知万博の市民イベントの審査委員長お願いした時でした。言葉や人との繋がりを大切にされている印象がある人で、この本を通じて再認識しました。
 今年の秋の夜長は、「星形の言葉」をいくつかの本から探してみます。
 どうぞ、皆様もいかがですか。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 春日井)

 

『クリスマスの文化史』 [請求記号:386/W17]

若林ひとみ著 白水社 2004年

 2010年も残すところあとひと月となり、あちこちの家やお店、駅などのイルミネーションが美しい時期がやってきました。今月はその美しいイルミネーションの主役であるクリスマスについての本をご紹介したいと思います。
 本書は、ドイツに留学して出会った美しいクリスマスの虜になった著者によって、様々なクリスマスの様子がドイツを中心に紹介されています。
 クリスマスツリー、色とりどりのオーナメントにクリスマスカード、サンタクロースやクリスマス市など、現在のきらびやかな慣習はどのようにして始まって、どうやって定着していったのでしょうか―。どちらかといえば目で見るクリスマスとでも言うべき要素が多いですが、もちろんそれはキリスト教徒である彼らにとって、最も重要な宗教行事であるという認識と理解が根底にあった上でのことです。第二次世界大戦中のイギリス軍とドイツ軍の交戦中に聞こえた「きよしこの夜」の歌のエピソードではそれをはっきりと知ることができます。海外での実際のクリスマスの歴史を知りたいと思われる方にはおすすめの一冊です。
 日本では、本来の意味合いからかけはなれた日本のクリスマスの扱われ方、過ごし方については常に多くの疑問や意見がありますが、わたしはそのようにして定着している以上はそれもありだと思っています。
 ただ、美しく彩られた街に心躍ったり、また逆にあせらされたりするだけではなく、クリスマスの意味や文化的背景に自分の中でほんの少しでも思いをめぐらせることができたなら、骨付きのチキンやサンタののったケーキを食べなくても(もちろん食べても、)それは十分に素敵な聖夜の過ごし方なのではないでしょうか。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 草間)

 

『巨樹・巨木をたずねて』 [請求記号:共同図書環653.21/Ta33/]

高橋弘著 新日本出版社 2008年

 「巨樹・巨木」と聞くと、多くの人は、まっさきに屋久島の縄文杉のことを思い浮かべのではないかと思います。しかし屋久島の木々だけが特別なのではありません。縄文杉を上回る大きさの巨樹が、東海地方にも存在していることをご存知でしょうか。意外にも、私たちが生活している街中や、身近な里山にも巨樹は息づいているのです。
 実は巨樹の多くは、その生涯を人間の歴史と共に歩んできています。あるいは神の宿る木として信仰の対象となったり、あるいは歴史上の英雄とともに伝説に登場したり、あるいは武勲のしるしとして主君から下賜された苗木が成長した姿だったり…。見方によっては、巨樹が巨樹たりえるまでに成長しえたのは、人々が長い時間をかけて大切に護ってきたからと言えるのかもしれません。
 しかし一方で、人間とのかかわりのなかで負の影響を受けてきた巨樹も数多く存在します。たとえばこの本の表紙を飾っている「あがりこ大王」と呼ばれるブナ。大きく盛り上がった幹がいかにも古木然とした印象ですが、実はこの樹形は、何度も枝を伐採されて幹が変形してしまった結果なのだそうです。その他にも都市部で戦災にあった巨樹も存在しますし、周辺環境の変化についていけずに枯死した巨樹や、開発のために伐採された巨樹などは、それこそ枚挙にいとまがありません。
 この本は網羅的な収録を目指した図鑑ではなく、選りすぐりの巨樹を、巨樹マイスターである著者の思い入れとともに綴ったアルバムです。収録数を絞った分、写真も大きく、個々の木にまつわるエピソードが豊富に収録されているのが特徴といえるでしょう。この本を眺めながら、人と木との共生について思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 星野)

 

『死刑絶対肯定論 : 無期懲役囚の主張』 [請求記号:326.41/Mi59]

美達大和著 新潮社(新潮新書) 2010年

人は「生きる」ということが絶対的な自然の掟として成り立っています。
ところが「殺し」は物的現象で意図すれば出来てしまう処に問題が生じます。

毎日の食事も実は"殺し"の上に成り立っています(映画「いのちの食べ方」参照)。
殺しを人は無視できませんが、人間が他人の命を奪う殺人が「罪」であることは異論はないでしょう。人の命を奪う死刑は犯罪なのです。その意味で私は死刑廃止論者ですが、この本のタイトルを見て、また著者の殺人犯という境遇からも、いったいどんな主張だろう?正しいのか?と思わずには居られませんでした。

先月に続き、極めて特異な分野の本を取り上げるのは、普段見聞しない情報が満載なのと、これから巣立っていく現実の社会が、こういった面を持ち合わせている、そういうことを予め知って対処出来るようになってもらいたいからです。

死刑の代わりに、極悪人に猛反を促す制度としての"極刑"は(日本)社会からの完全追放です。税金や一定の保護を投入する代わりに、文明の利器の一切ない大自然に(但し生存可能な場に)放逐する、つまり自然の中で自分だけで生きていってもらい、二度と戻ってくることがないようにする、そこでは死刑がない代わりに、厳しい自然の掟がある、という訳です。

実質これは死との直面を意味しますが、通常市民には殺しと関わりが無く、犯罪者には"生きて"もらう、しかしそれは「生きる」ということがどういう事かを思い知るための、命を奪った者への社会的措置=極刑です。
どの人も、極悪人、犯罪者であっても「生きる」のが自然法則であり、
何人も人権(人命)を奪うことは本来できないのですから。

この本で指摘する現状の受刑における問題点に、納得できる点が多々ありますが、私はむしろ死刑廃止論により確信を持つようになりました。
この本にはない視点があるからです。地球上で戦争が無くならない理由もそれに関与すると感じられます。
県大の皆さん、それが判るかどうか、各自で読んで考えて見て下さい。

※より広範な議論は「なぜ人を殺してはいけないのか」小浜逸郎著(洋泉社)がお薦め。
 先月の『死刑と無期懲役』も併せて読んでみてください。
 それと「刑務所の中」は元々劇画で、さっと読めます。

(情報処理教育センター 河合)