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2011年5月の5冊


 

 

『日本農業史』 [請求記号:612.1/Ki39/]

木村茂光編 吉川弘文館 2010年

 吉川弘文館の<テーマ別>通史シリーズの一つです。実はこれと全く同じ題名の本が一九五六年に岩波全書(古島敏雄著)として刊行されていました。工業立国を掲げながらも、未だ農業国として成り立っていた高度成長期前後までは、歴史の理解も農業と村社会を中心に組み立てられていました。しかし、現在では農産業にかかわる在(ざい)=村社会よりも、商業と消費にかかわる町(ちょう)=都市社会を軸に歴史を解釈する潮流が大きな勢力となっています。そうした趨勢の中で、あえて農業史を編んだ意味を問いたいと思います。
 第一次産業としての農業は既にその就業人口が日本人全体の五%ほどになり、かつての基幹産業としての相貌を大きく変えています。その結果、食糧自給率も四〇%に落ち込み、民族と国家にとって重大な問題が投げかけられています。また、「食育」なる言葉が生まれ、人々の関心が食物ひいては農業への関心の高まりとなって表れています。やはり、農業に対する価値の再認識と危機意識の表れの中で本書が必然的に編まれたのだと思います。
 もちろん、社会状況の変化によって意味が付与されるだけではありません。編者の木村さんを始めとする四人の執筆陣は新しい歴史理解の上に立って古島さんの通史を乗り越えようとしています。畠作研究を専門とする木村さんは中世農業における二毛作と集約化の進展について、商品作物研究を専門とする平野哲也さんは近世農村社会の豊かさについて、戦間(第一次・第二次世界大戦)期の農業政策研究が専門の坂根嘉弘(よしひろ)さんは農民の経済合理的な行動について、戦後農地改革研究が専門の岩本純明(のりあき)さんはアメリカの占領政策の現在にまで続く影響の大きさについて、それぞれ熱く語ります。古島さんの時代には提起できなかった様々なもの、例えば農民の土地所有に対する村落共同体の関与や農村社会における複合的な稼ぎのあり方、更には現代農業における国際化の問題等々、本書により改めて考えさせられることが多いのです。みなさん、場違いと思わず、手に取ってみて下さい。

(学術情報センター長 大塚英二(日本文化学部歴史文化学科))

 

『絵のなかの散歩』  [請求記号:720//227]

洲之内徹著 新潮社 1973年

 昭和49年、雑誌『芸術新潮』上で、「気まぐれ美術館」という奇妙なタイトルの連載が始まります。執筆者の名は、洲之内徹。無名にして年齢61歳、作家としては遅いデビューでした。しかし連載は、以後なんと14年もの長きにわたって続き、彼の急逝によって中断を余儀なくされます。後には6冊の著書が残されました。(『絵のなかの散歩』、『気まぐれ美術館』、『帰りたい風景』、『人魚を見た人』、『セザンヌの塗り残し』、『さらば気まぐれ美術館』)
 一種の美術評論と言えるでしょうか、本業の「銀座一小さな画廊の経営者」として、あるいは破天荒な人生遍歴者として、出会った絵画の数々、一枚の絵を巡る様々な人間悲喜劇が、思いつくまま自由に(と、感じさせる計算された文体で)語られます。美術評論としては異端というか、余談が多い、作品解釈が文学に過ぎるという批判もあるかもしれません。が、評論家の小林秀雄は、まさに「当代一の美術評論」と絶賛しました。取上げる多くはマイナーな画家でも、洲之内の特異な審美眼は埋もれた才能を見逃さず、佐藤哲三、吉岡憲、靉光の名を世に知らしめ、松本峻介の評価には独特な視点で切り込みました。
 彼が最後まで手元に残した収集品は、宮城県立美術館が受継ぎ、洲之内コレクションとして展示しています。作品一点一点の個性もさることながら、その背後に見えてくるもの、それが洲之内徹その人の「顔」なのです。優れた「コレクション」とはこういうものでしょう。今回の大震災で宮城県も大変な被害を受けました。一日も早い復興と、絵を前にした幸福な時間が東北の方々に帰ってくることを心より祈念します。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 荻田)

 

『新物理の散歩道 4』  [請求記号:420.4/Sh59/4]

ロゲルギスト著 筑摩書房(ちくま学芸文庫) 2009年

 5月は散歩の季節です。本学南門からキャンパスに続く道のサクラは終わり、淡い新緑に覆われています。
 今回、ご紹介の図書は、図書館の自然科学の書架をブラウジングしていて、見つけました。ブラウジングとは、ただ書架を眺め歩いたり、ランダムに資料を取り出し読んでみたりすることを言います。このブラウジングには思いがけない発見があります。図書に限らず雑誌、インターネットなど、いろんなメディアで試して下さい。
 この図書はロゲルギストが「物理学」をわかりやすく書いたものです。ロゲルギストとは専攻が異なる日本の物理学者7人のペンネームで、日常の出来事の不思議さをさまざまな角度から議論し、あるいは実験で確かめていきます。
 たとえば、「階段考」では、上りは階段・下りは坂道が体力的に楽であるが、それがどうしてかを実践しながら、物理学的に考察していきます。
 他に、「ミカンの網袋はどうしてつくられたのか」「ゴムひもエンジンの瘤」「覆水盆に返らず」「裏を見て表を知る」「列を乱すのは誰か?」などの14編を掲載しています。
 どうしてかを考えて、刺激的な発見に立ち止まり、イメージがふくらんで進んでいきます。日常のできごとから興味深いテーマを取り上げて、物理学者ならではの視点で予想外の指摘と考察が楽しい科学エッセイです。
 読んでいてイメージがふくらみ始めたら、「新物理の散歩道」の世界が広がっていきます。他に正編として「物理の散歩道」があります。脳のトレーニングとして、理系的な考察方法に触れてみて下さい。  

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 白井)

 

『食のリスク学: 氾濫する「安全・安心」をよみとく視点』 [請求記号:498.54/N38/]

中西準子著 日本評論社 2010年

 環境リスク学で有名な著者が食の問題について書いた本です。リスク学なんて難しそうと思った方、ご安心ください。この本はとても読みやすく、数式やグラフが出てくると拒絶反応が起こる私のような人でも、最後まで読むことができるはずです。また、各章が独立した内容になっているので、気になった章から読みはじめる事も可能です。
 さて、この本の内容については、著者の「まえがき」を読むのが一番わかりやすいと思います。読んでください。終わり。というわけにもいきませんので、内容を簡単にご紹介したいと思います。
 第一章はシンポジウムの記録です。リスクと安全の関係、特に「リスクトレードオフ」(あるリスクを削減しようとすると、別のリスクが大きくなってしまうこと)について紹介され、事例としてペルーの水道水の事件が挙げられています。1991年から1992年にかけて、ペルー政府は塩素消毒によって発生する発がん性物質トリハロメタンをゼロにしようと考え、水道水の塩素消毒を止めてしまいました。その結果、コレラが蔓延し、80 万人が感染、 7000 人近くが死亡したそうです。また、BSE問題における別のリスクとは「お金」であるとの指摘は、「お金」の価値とは何か、という事について色々と考えさせられます。
 第二章は「フードファディズム 」(食べ物が健康や病気へ与える影響を過大に評価したり信じたりすること) を日本に初めて紹介した高橋久仁子氏との対談。お二人の歯に衣着せぬ話が大変面白いので、この章から読み始めるのもオススメです。第三章は、サイエンスライター松永和紀氏が聞き手となったインタビュー、第四章は著者が書いているブログからの抜粋で、どちらも興味深いテーマが満載です。
 私たちは日常生活で、食の問題に限らず、常に何らかの選択をしながら暮らしています。この本をきっかけに、正しい情報をもとに、リスクをどう判断するかという事について考えてみてはいかがでしょうか。 

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 磯部)

 

『クレイマー、クレイマー[映像資料]』  [請求記号:LD//28]

ロバート・ベントン脚本・監督  ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

 1979年公開のアメリカ映画、今から30年ほど前の作品です。
 アカデミー賞作品賞・監督賞・主演男優賞・助演女優賞・脚本賞の5冠に輝く名作で、封切り直後からもの凄い話題となったことを、当時中学生だった私もよく覚えています。
 最近「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」という、名作のリバイバル上映がいくつかの映画館で行われています。
 クレイマー、クレイマーもそのうちの一本で、先日初めてこの映画を見ました。
 突然家を飛び出し、離婚する妻のセリフに、
「今まで私はいつも誰かの奥さんで母親で娘だった、自分というものがなかったの」 というのがありました。
 よく耳にする言葉です。30年前にも言われていた言葉だったのですね。
 映画は離婚、親権問題、女性の自立などが描かれ、今、日本で映画と同じ事が起こっても全く違和感がありません。日本はアメリカの後を追っているということを実感します。
 しかし、一番印象深いのは子供が気持を訴えるこの場面。
 7歳の息子が父親の言うことをちっとも聞かないその理由は、自分のせいで母親に続いて父親もいなくなってしまうのではないかという不安でありました、そしてそのことを息子に言われるまで全く気がつかない父親。
 映画を見ている、同じく父親である私も全くこの子の気持ちに気付いておりませんでした。ガーンと頭を殴られた気分になったシーンです。
 この映画、独身時代に、結婚してから、子供が出来てからと見る度に印象が変わる映画なのではないかと思います。 正に何度見てもすごい映画です。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 松森)