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2011年6月の5冊


 

 

『帝国の残影 : 兵士・小津安二郎の昭和史』 [請求記号:778.21/O99/]

與那覇潤著 NTT出版 2011年

 言うまでもなく学科(歴史文化)同僚教員の話題作です。既に映画やそのシナリオを文化論的に研究する方法は定立されていますが、それを歴史研究の主たる材料として用いた研究者は少ないと思います。そうした中で與那覇さんは、小津映画の精緻な解読を通じて日本の昭和史を明らかにする新たな方法論を提示しました。小津安二郎という極めて日本的で、しかも戦争とかけ離れた日常を描いたとされる映画監督の中に、実はアジア的世界と戦争の影が色濃く存在したことが示されます。その研究に大きな影響を与えたと評者が勝手に推測している、著者の学生時代に母校東大の総長だった蓮實重彦さんは小津に対する素晴らしい映画評論をされる方でもありますが、與那覇さんはそうした小津論をやすやすと超えてしまっているように感じます。映画の批評眼の確かさと歴史研究の切り口の鋭さに唸らされます。決して重たい歴史研究ではありません。どうかご一読を。

(学術情報センター長 大塚英二(日本文化学部歴史文化学科))

 

『知識人とは何か』  [請求記号:361.84/ Sa17 /]

エドワード・W. サイード著 大橋洋一訳 平凡社(平凡社ライブラリー) 1998年

 『知識人とは何か』は私が大きく影響を受けた本なので、ご紹介したく思います。著者エドワード・W. サイード(1935〜2003)はパレスチナ系アメリカ人批評家で、1978年出版の『オリエンタリズム』によって一躍世界にその名を知られました。『オリエンタリズム』の主張は、端的にいえば、弱者の言説は強者が作っている、ということです。弱者が語っているようにみえるものは、実は強者によって自分に都合よく歪曲・捏造・創作されて示されているに過ぎないことを、この本ほど教えてくれるものはありません。東洋の表現とみえるものは実は西洋の表現にすぎない。そもそも西洋/東洋という二分法さえ西洋によって考え出されたものです。「西洋」でないものはすべて「東洋」という「他者」の属性に帰されています。このことはつまり、「西洋」というアイデンティティこそ、「東洋」を捏造しないことには成立しえないあやふやものである、ということを意味しています。
 『知識人とは何か』は、『オリエンタリズム』とともに読むとさらにわかりやすくなります。本書の主張は、これも一言で言うと、知識人とは、たくさんの知識があってそれを人に教える人ではなく、自らの知識を弱い立場の人々のために使い、自分自身の言葉を語ることのできない人々のために語る人のことである、というものです。大学進学率が58%(専修学校を含めると79%)の日本にいれば、学生の皆さんは自分がとりわけ知識人だとは思えないかもしれませんが、そうではありません。先進国以外では成人識字率も初等教育就学率も低く、男女差も大きいのです。このような知識へのアクセスが不可能な人々に対して、大学で学ぶ私たちは知識人としての義務を負っていると、サイードは訴えています。

    知識人とは、何らかの立場をはっきりと代表=表象(リプリゼント)する人間、また、あらゆる障害をものともせず、聴衆に対して明確な言語表象をかたちづくる人間たるべきなのだ。(p.35)

知識人として具体的に何をしたらいいのか―それは個人個人が自らと向き合って考え答えを出すしかなく、画一的な行動にはサイードは関心がありません。『知識人とは何か』は、私たちが何のために学び、何のために働き、何のために生きるのか、ということについて大きなヒントを与えてくれる本です。

(学術情報センター長補佐 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『選択の科学 : コロンビア大学ビジネススクール特別講義』  [請求記号:361.4/I97]

シーナ・アイエンガー著 櫻井祐子訳 文藝春秋 2010年

 この「選択の科学」は、50を超える多様な調査研究をベースに、人間生活のあらゆる場面での「選択」をどのような情報や環境、経験によってなされるのかを、20年間以上にわたる実証的研究によってわかったことを巧みな文章で書かれています。  私たちは、日常的に本を探したり、料理を考えたり、旅行先に悩んだり、職業に迷ったりとあらゆる場面で「選択」というツールを使っています。そして、時には選択したことを後悔したり、喜んだりしています。  この著書の調査研究には、「わが子に延命措置を施すか否か」とか「山で遭難した登山家がザイル切断する選択」など生死に関わるものから、「子供が待つことにより食べるマシュマロの数が変わるとした場合、待つことを選択するのかどうか」とか、「選択肢の多い場合とそうでない場合、どれだけのジャムが売れるのか」といった身近なものまで、多様な調査研究を心理学や哲学、社会学、脳神経学、歴史、文学、経済学の知見から解析してあり、読み応えだけでなく、事例がリアルな内容であることもあって思わず引き込まれてしまいます。  心理学の入門書としてだけではなく、選択というツールの効果的な使い方や無限の選択肢の中から選ぶ方法、他人に選択をゆだねる場合の効果などから、自らの体験と対比し分析したり、現在、選択を迫られていることや将来想定されることに照らしたりする機会になると思います。  著者は10代に盲目になり、目で見るという「選択肢」を奪われています。「選択の制限を課されることで、逆に本当に大切なことだけに目を向け、選択しやすくなる。限られた選択肢を最大限活かすために、創造性を発揮することも楽しい。」と言う著者が初めて書いたこの本を「選択」するのは皆さんです。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 春日井)

 

『いつでもワープロ、どこでも表計算! Google Docs & Spreadsheetsの使い方』 [請求記号:547.4//558]

定平誠著 技術評論社 2007年

 皆さんは「Googleドキュメント」という,無料でインターネット上で利用できるオフィスソフトが存在していることをご存知でしたでしょうか.
 Microsoft Office で言うところのWordがGoogleドキュメントでは「文書」に相当し,Excelが「スプレッドシート」,PowerPointが「プレゼンテーション」になります.
 現状では機能の面ではMicrosoft Officeよりやや落ちる部分もありますが,「フォルダ作成」や「PDF作成」機能も備わっております.
 使用やデータ保存における考え方はYahoo!メールやGmailに同じで,Googleアカウントを作成しており,インターネットを閲覧できる環境さえ整っていれば,パソコンや場所を構わずしてどこででも利用・編集することができます(Googleドキュメントへのアクセス方法はGoogleホームページトップページ左上の〔もっと見る〕→〔ドキュメント〕の順にクリック).
 操作方法や機能はMicrosoft Officeとやや異なるところもありますので,操作方法における指南書の役割を果たしてくれるのが本書です.
 Google ドキュメントは日々進化してきておりますので,最新内容を把握するにはインターネット検索をお勧めします(キーワード例「Googleドキュメント 使い方 操作方法」).補足説明を果たしてくれる2011年5月22日現在におけるお勧めのURLは次の3つです.
・http://dekiru.impress.co.jp/contents/102/
・http://www.ajaxtower.jp/google-document/
・http://www.dougamanual.com/blog/24/
 日々のお小遣い管理簿,レポート作成,覚書などの簡単で身近なところから,本書を片手に,この新時代に向けてのWebサービスである「Google ドキュメント」を体感されてみてはいかがでしょうか.  

(情報処理教育センター 今西)

 

『香水 : ある人殺しの物語』   [請求記号:943//714]

パトリック・ジュースキント著 池内紀訳 文藝春秋(文春文庫) 2003年

 生まれたときから匂い(体臭)のない赤ん坊、人には興味がなく、ただ自分の素晴らしいと思う香りを留めおくためだけに生き、犯罪にまで手を伸ばす。主人公のグルヌイユはまるで生まれながらの悪人のようだと思っていました。つい最近、共同図書環で「共感覚の世界観」([請求記号:141.26/H32](※旧共同図書環) 原田武著 新曜社 2010年)を手に取るまで。
 共感覚とは一つの感覚に対して通常の感覚とは異なる複数の感覚を知覚する現象であり、つまり、「甘い声」と表現されるように聴覚と同時に味覚が働く、といったようなことです。上記の本は文学者の視点で共感覚が書かれています。
 文学や音楽など芸術方面に素晴らしい作品を残す、広義での才能、能力と言っていいのかも知れませんが、グルヌイユのように匂いを嗅いだだけで風景が見えるほどの特殊な感覚であったとしたらどうでしょう。鋭すぎるその感覚は、ガラスの匂いやネズミの死体の匂いも訳隔てなく収集しようとする好奇心・探究心を生み、人間的な感覚を失ってしまい…。もしくは生まれたときから持ち合わせていなかったとしたら…。
 そんな主人公が生涯かけて追い求めた匂いは、美しい処女の匂いだったのです。人に関心を抱くことのなかった者が一生をかけて追い求めた匂いが人の体臭とは。
 ファンタジックでもあり悲劇的でもあるこの共感覚という現象は、映画や文学に多く取り上げられ、様々な形で表現されています。私はこの小説の主人公がそれに思えるのですがいかがでしょうか。実際の共感覚現象と一致するかどうかはさておき、皆さんも他にもどんなものがあるか、図書館の本棚で探してみると面白いかもしれません。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 梅田)