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2011年8月の5冊


 

 

『近世南三陸の海村社会と海商』 [請求記号:212.3/Sa25/]

斎藤善之 高橋美貴編 清文堂出版 2010年

 美しい三陸の沿岸諸地域を根こそぎ持っていった3・11の大津波は、そこで暮らした江戸時代の人々の研究に携わってきた、評者の親友のフィールドそのもの(お世話になった方々自体も資料群もすべて含め)も奪っていきました。今回紹介するのは、近世廻船研究の第一人者と言ってもよい斎藤善之さんを中心とした三陸海村社会についての共同研究の成果(論文集)です。
 斎藤さんは仙台に居を移されて一五年目になりますが、その間一貫して三陸沿岸地域の資料発掘・整理・保存の運動にかかわってこられました。本書は、その中でも石巻市(旧雄勝町)名振浜の「海商」永沼家が遺した資料群の分析を基本にしています。三陸沿岸地域社会における漁業・林業をはじめとした諸産業はもとより、廻船・舟運にかかる流通や豪農・商人家の経営から、いくつもの要素によって形作られる地域秩序の検討に至るまで、さまざまな研究成果が配置されています。中でも、大規模イエ経営体に凝集された人的パワーと技術・資本によって大自然の開発と天然資源の商品化が可能となるという斎藤さんの指摘は、ほかにない当該地域の特徴を言い当てており、共同研究の道標となっています。
 斎藤さんは、知多廻船「内海船」の研究で注目され、現在ではさらに広く全国を見渡した研究を進めていて、今回の編著は全国的な視野から東方地方をとらえ直す本格的な作業に入られた記念碑的作品だと、評者は考えていました。そうした矢先の津波です。斎藤さんほかの著者にかける言葉も見つかりませんが、幾度となく苦難を乗り越えてきた三陸の方々のこれからに思いを致しながら、江戸時代にそこで暮らした人々の豊かさ、生業・生活の成り立ちのあり方を味わっていただけたら、本当に有難いと思います。

(学術情報センター長 大塚英二(日本文化学部歴史文化学科))

 

『六千人の命のビザ』  [請求記号:916/Su34]

杉原幸子著 大正出版 1994年

 この紹介文が掲載される(はずの)前の日、7月31日は、この本の主人公の没後25周年です。
 リトアニアで、ナチスの手から逃れるユダヤ人にビザを発給して彼らの命を救った杉原千畝氏、その身近にいたご伴侶の手によるこの手記は、まさに本当にあったこと、を読む側に追体験させるものです。
 "あたりまえのことをしただけ"と多くを語らなかった主人公ご本人の意向にそぐわないことかもしれませんが、このことはご本人以外の人が記録し、世界中の人々が永劫記憶に留めるよう歴史的事実として語り継がれるべきでしょう。
 この本によれば、英語の教科書に教材として採択されているとのことで、ご存知の方も多いと思いますが、その教科書が使われなくて、歴史を選択してなかったとしたら、世界の人が知っているのに、同国人である我々がこの歴史に残る出来事を知らないでいられるでしょうか?
 もし"よく知らない"という場合に該当するようでしたら、東海出身の主人公でもあり、私事ながら個人的には高校の大先輩でもある(当時はまだ存命だったのに……認識不足だった)杉原千畝氏の行動を、ぜひともこの本または映画を通して知って、まさしく"正しいことは何か、歴史から学ぶ"1ページとして、無意識の中に刻んでおいてほしいと思います。

◎DVD
・「命のビザ 六千人のユダヤ人を救った日本領事の決断」(加藤剛、秋吉久美子出演) カズモ
・「終戦60年ドラマスペシャル日本のシンドラー杉原千畝物語・六千人の命のビザ」(反町隆史、飯島直子出演)バップ [請求記号:DVD//296]
◎人道の丘公園(http://www.town.yaotsu.lg.jp/jindou/index.html)岐阜県八百津町八百津1088-2
◎杉原千畝氏関連の蔵書はその他に5つあります。
・『杉原千畝の悲劇』渡辺勝正著 大正出版 2006年 [請求記号:289//1499]
・『ユダヤ難民救助者の法的評価 : ヤン・ツバルテンディクと杉原千畝』山本祐策著 近代文芸社2006年 [請求記号:316//1268] 
・『杉原千畝 : 命のビザにたくした願い』小西聖一著 理論社 2004年 [請求記号:289//1498]
・『ホロコ-スト前夜の脱出 : 杉原千畝のビザ』国書刊行会 1995年 [請求記号:守山 289//1498]
・『杉原千畝物語―命のビザをありがとう』杉原幸子 杉原弘樹著 金の星社1995年 [請求記号:289.1/Su34/]

(情報処理教育センター 河合)

 

『羆撃ち』  [請求記号:659/Ku11/]

久保俊治著 小学館 2009年

 この本の表紙には、美しい白い犬が描かれています。犬の名前は、フチ。アイヌ語の「火の女神(アベ・フチ・カムイ)」という言葉から名づけられました。某携帯電話で有名なカイくんと同じ「北海道犬」で、古くから狩猟で活躍してきた犬種です。フチは生後2ヶ月で著者の久保俊治さんにひきとられ、北海道の自然の中で猟犬として育てられます。
 小さい頃、父親につれられて自然の中で過ごすことが多かった久保さんは、大学を卒業後は猟だけで生活をしたいと考え、1人で自然の中で生きることを選びます。この本には、そんな著者の半生が書かれています。自然の中での猟生活。フチとの出会い。1人と1匹の猟生活。そして、別れ。嗅覚、聴覚、視覚…五感を研ぎすまして自然の中で生きる著者が書く臨場感あふれる文章は、自分も一緒に山の中にいるような気持ちにさせてくれます。フチと一緒に歩く山の中、厳しくも美しい自然に感動し、緊迫したシーンでは、音をたてないように思わず息をひそめてしまいます。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 磯部)

 

『アーミッシュの赦し : なぜ彼らはすぐに犯人とその家族を赦したのか』 [請求記号:198.93/Kr2]

ドナルド・B・クレイビルほか著 青木玲訳 亜紀書房 2008年

 アーミッシュの存在を明確に知ったのは、十数年前に観た米TVドラマの中でだったか。その後アメリカ東部を鉄道旅行した時には、車窓から彼らの姿を見かけないかと期待したものです。アーミッシュとはイエスの教えを忠実に守るプロテスタントの一派で、18世紀半ばにヨーロッパから北米各州やカナダに移住。昔ながらの生活様式を守るため、TV・インターネット・車などを排除し、規律に従って慎み深く生きる人々です。
 本書は、2006年にペンシルバニア州で起きた外部の者による銃乱射事件後、アーミッシュ研究者である著者が、被害者であるコミュニティの人々に取材をして書いたものです。この事件では5人の少女が亡くなり、更に5人が重傷を負いましたが、コミュニティの人々は自殺した犯人を間もなく赦し、その家族を労り、生活の支援までしました。この行為は世界中から驚きと共に称賛されましたが、反面「不健全」「そんな社会に住みたいか」との声もありました。取材を進めていくうちに、彼らも葛藤の末に赦していたり、どうしても赦せないことがあったり、法律で罰してほしいと思っていたり、我々と変わらないことが分かりますが、信仰に従ってその運命を解釈し、赦すことで乗り越えようとする姿勢はなかなかできることではありません。彼らの日常について知れば知るほど、現代日本に生きる私たちにはこの生活は厳しいと思いましたが、節電の折、また最終章に書かれている現在の世界や社会が抱える問題点を考えたとき、アーミッシュの人々の質素な生活や精神の共感できる点を自分なりに取り入れてみたら良いのでは、と思う一冊です。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 伊藤)

 

『パリ左岸のピアノ工房』   [請求記号:763//464]

T.E.カーハート著 村松潔訳 新潮社 2001年

 楽器、特にピアノを自由自在に弾くことができたらどんなにいいだろうと憧れます。子供の頃、楽器は意外に身近なものでした。学校の授業やクラブ活動だったり、習い事をしたり…けれど、大人になるにつれていつの間にか触れる機会がなくなって、今では全く無縁だという人が大半ではないでしょうか。
 パリに住む著者も、そんな大人の一人でした。いつも通る道沿いにあるピアノ工房が気になって、その扉を叩くまでは。
 そこでは一流のピアノ職人が、世界中から流れてくる中古のピアノを修理していました。アメリカのスタインウェイ、フランスのプレイエル、エラール、ドイツのベヒシュタイン、オーストリアのベーゼンドルファー、シュティングル。時代も国籍も違うこれらのピアノが奏でる音色と、職人の語るピアノの話に魅了され、アトリエに出入りするうちに、やがて著者は自分だけのたった一つのピアノと巡り合います。
 ピアノを通じて様々な出会いも訪れます。配達人や、アルコール依存の調律師、先生、アパートで出会う演奏家、ワークショップの講師、世界一のピアノを作る人にも会いにいくことになります。
 ピアノにまつわる話、というのは、習っていたことがある人なら誰でも、それぞれの人生において何らかの物語を持っていると思います。初めてピアノが家に来た日のこと、先生のこと、発表会でのこと、ピアノを辞めた日のこと、そして、何年か後に再びピアノに触れる日のこと…。この最後の出来事はまだ起こっていないという人は、是非本書を読んでみて下さい。部屋の片隅で眠っている、ピアノの蓋を開けたくなると思います。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 大島)