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2011年10月の5冊


 

 

『百姓の主張 : 訴訟と和解の江戸時代』 [請求記号:210.5/W46]

渡辺尚志著 柏書房 2009年

 本書は、近世農村社会史研究の第一人者である渡辺尚志さんが、江戸時代の百姓たちのしたたかに活発に物言う姿を実写し、従来の耐え忍び物言わぬ百姓像(研究者の間では解消されても一般にはいまだ根強い)からの転換を迫ったものです。
 すでに著者には本書の姉妹品ともいえる『百姓の力』(柏書房、2008年)や『百姓たちの江戸時代』(筑摩書房、2009年)などがあり、近世の百姓たちが社会の原動力としていかに世の中を動かして来たか、分かりやすく展開しています。その中でも、千葉房総半島の一農村で起こった村方騒動と百姓一揆を個別具体的に扱った本書は、「神は細部に宿る」という言葉通り、概説ではない生き生きとした百姓・村落像を示しています。そこには、一般向けに、論文調でなく史料を口語的に解釈して提示する工夫があります。
 本書を通じて、全体としては、村社会での民主化の方向と領主(旗本)に対する村からの影響力の増大という側面が明らかにされていますが、これは現代における民主主義と自治の問題とも直結してくるような話です。歴史学は現代的課題とリンクするとよく言われます。著者の問題意識と研究姿勢がそうした歴史の実相を浮かび上がらせているのです。
 なお、「百姓」という表現を差別用語として忌避される方もいらっしゃるかもしれませんが、これはもともと有姓の自由民をあらわしたもので、「御百姓」として古くは敬意をもって使われていました。それが、近代以降、権力者や一部都市民のおごりから差別的に使われてきたと評者は推定しています。「百姓」は歴史分析・叙述にとって欠かせない用語なのです。先月の紹介本の補足としても追記させていただきました。

(学術情報センター長 大塚英二(日本文化学部歴史文化学科))

 

『ジェンダー・トラブル : フェミニズムとアイデンティティの攪乱』  [請求記号:367.1/B/16]

ジュディス・バトラー著 竹村和子訳 青土社 1999年

 『ジェンダー・トラブル』は難解な本ですが、ジェンダー研究のバイブルとも目されている本で、超一級のおもしろさを秘めています。とくにこの分野の研究を志す人にはお薦めの一冊です。
 この世界が女と男に二分されているということを、私たちは通常疑うことなく過ごしています。男を求める女と女を求める男。しかし、この分割はそれほど疑問の余地のないことなのか? すでに多くの研究者が指摘しているように、二分法・二項対立というのは自然界の様態に合致していません。それはきわめて人間的な営為・思考様式といえます。では、男女の二分法が人為的なものだとするならば、何故そのようなシステムが考えだされ、「自然」のこととして実践されてきたのでしょうか? このような疑問に本書は応答しようとしています。
 ジュディス・バトラーは、この世界の根底にあるのは「セクシズム(性差別・男女差別)」ではなく、「ヘテロセクシズム(異性愛主義)」―アドリエンヌ・リッチの言葉を使えば「強制的異性愛」―であると言います。「セクシズム」は「ヘテロセクシズム」の現れの一つにすぎません。男女の平等を求める闘いに女たちが思いのほか苦戦しているようにみえるのも、目標を見間違えているからだ、とバトラーは言います。この世を覆うヘテロセクシズムに対してNOを突きつけることこそ、まず第一になすべきことなのだと言います。何故、同性愛の禁止が当然のこととして社会に組み込まれているのか、バトラーは精神分析学と文化人類学の知見を手がかりに推論してゆきます。特に精神分析学を使った謎解きは興味深いです。
 「セックス(生物学的性)」・「ジェンダー(文化的・社会的性)」の二分法も、バトラーにかかると根底から覆されます。セックスを具えた身体にジェンダーが上書きされる、というのが従来の考え方ですが、バトラーは、ジェンダーが先行し、その後「前言説的」なもの、所与のものとしてセックスが捏造されるのだ、と見抜きます。したがって、ア・プリオリなものと思われたセックスは、つねにすでにジェンダーでしかないわけです。

   ジェンダーはつねに「おこなうこと」であるが、しかしその行為は、
   行為の前に存在すると考えられる主体によっておこなわれるものではない。(p. 58)


 バトラーのその他の著作も多く翻訳されています。『アンティゴネーの主張』(2002)(請求記号:367.1//130)、『生のあやうさ』(2007)(請求記号:311//1093)、『国家を歌うのは誰か』(2008)(請求記号:311.04/B96)が県大図書館に所蔵されています。

(学術情報センター長補佐 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『怒らないこと』  [請求記号:共同図書環184/Su56/]

アルボムッレ・スマナサーラ筆 サンガ 2006年-2010年

 人間は「愛情」と「怒り」の感情によって生きていて、「怒り」が生まれると「喜び」を失うそうです。
 怒りの感情はわかりやすく、自分が今 怒っているかどうかわからない場合は、「今、私は楽しい?」と自問自答してみて、何かつまらなかったり、楽しくないと感じるならば、心のどこかに怒りの感情があるとのことです。
 この本には怒りの治め方も書いてあります。喜びを感じながら幸せになりたいと思ったら、ぜひ読んでみて下さい。
 私はこの本を読み終わった時、楽しくて、幸せをいっぱいの気持ちになりました。

(図書情報課 石田)

 

『ベクシンスキー = Beksinski』 [請求記号:共同図書環723.349/B32/]

ズジスワフ・ベクシンスキー著 河出書房新社 2005年

 ズジスワフ・ベクシンスキという画家をご存知でしょうか。その作品は、インターネット上で「怖い絵」の話題が出るときには、必ずといってよいほど引き合いに出されるため、見覚えがあるという方も多いかもしれません。「死と退廃の画家」、「終焉の画家」といった二つ名の示すとおり、その作風は、暗く、幻想的で、この世の終わりを予兆させる不気味なものです。毛細血管のような植物に浸食された建築物、夜の海に浮かぶ巨大な岩ごとき船、燃え上がる塔、磔刑にされた頭部のない人体、人骨で埋め尽くされた荒野、彼方まで続く墓標の群…。彼の作品には、神経症的ともいえるモチーフが繰り返し現れますが、そこには目を背けたくなるような醜悪さはなく、むしろ冷厳な美しさと荘厳さを湛えています。その暗く静謐な世界は、ピラネージやフリードリヒ、ベックリンといった、廃墟美で知られる作品に通じるものがあるかもしれません。
 1929年、ポーランドに生まれたベクシンスキは、ナチスのポーランド侵攻とホロコースト、ワルシャワ蜂起、スターリニズムによる圧政など激動の時代を目のあたりにしてきた、まさに歴史の生き証人でした。彼の作品に現れる、人の不安を表象したようなオブジェには、これらの経験に基づいた政治的メッセージや、暗喩が込められているという見方もありますが、画家本人は否定しています。いわく、ここに描かれているのは内的な世界であり、伝えたいのはこの絵そのものが喚起するある種の感情である、と。その言葉どおり、いかなる象徴をも拒んだ彼の作品には、「タイトル」が存在しません。彼の作品世界に対し何を思うかは、その絵の前に立った者自身に委ねられているのです。
 本書はベクシンスキの主だった作品を集めたベスト版のような位置づけの画集です。作品傾向から言って万人に薦められるものではありませんが、興味をもった方はどうか手に取ってみてください。
 ちなみにこの画集の初版が発行されたのは1997年のこと。当初はそれほど注目もされず、すぐに絶版になってしまいましたが、近年高まってきたネット上での評価に応える形で復刻されたのがこの本です。しかし復刊が決定した直後の2005年、ベクシンスキは、知人の息子によって惨殺されるという、自身の絵画世界のネクロフォビックな不安感をそのまま具現化したような、非業の最期を遂げたのでした。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 星野)

 

『色彩の力 : 色の深層心理と応用』   [請求記号:757//34]

デボラ・T.シャープ 著 千々岩英彰、斎藤美穂訳 福村出版 1986年

 以前にカラーコーディネートの勉強をしていたことがあります。色は私たちの周りのあらゆる場所にあり、私たちの生活にもさまざまな影響を与えています。街でキレイな色の商品を眺めたり、公園で自然の色に癒されたり、色を感じている時間が私はとても好きです。そして色の名前や意味を知ったり、自分に似合う色を考えたりするのは、とてもおもしろいものです。
 この本は「色の心身に及ぼす効果」や「児童画における色の意味」、また「国旗の色からわかること」「広告と色彩」など多方面から色について解説されています。本来、色彩学は心理的、生理的、文化的、物理的というようにさまざまなアプローチが可能な分野です。それゆえに全ての部分を含めた論が立てにくく、専門性と実用性を兼ね備えた書物を著すのは難しいものだそうです。
 著者のデボラ・T.シャープは色彩心理学者でありながら、カラー・デザイナーとカラー・コンサルタントとして活躍した人物です。そのため「色彩の心理と実際的応用に関するこのような本を書いたのも十分うなずける」と訳者があとがきで述べています。
 この本にはそれまでの色彩学の研究や資料の紹介などが多くあり、専門書のような難しさを感じる箇所もありますが、色彩書を読んでいるとまたあらためて「色」について詳しく学びたくなりました。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 加藤)