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2012年9月の5冊


 

 

『織豊期の国家と秩序』  [請求記号:210.48/Mi24]

三鬼清一郎著 青史出版 2012年

 織豊期研究の第一人者による初めての論文集です。多くの研究者が待ち兼ねていました。本書は「戦国・近世初期における統治機構」「織田政権の構造」「豊臣政権の構造」の3部仕立てで、その中に13本の論考が収められています。論文という形でいったん世に出したからには、批判があったとしても、なし崩し的にその論旨を変えるのは研究者としては許されないのではないか、との言葉通り、収載論文について誤記・誤植のほかは一切の訂正がありませんでした。その代わりに、各章(各論文)ごとに補注が施され、現状での問題点の洗い出しや論点の新展開について的確なコメントがつけられています。論文はそれ自体歴史的産物であって、新出資料等で改変が余儀なくされるのは仕方ないことです。しかし、執筆の時点では、実証と論理の整合性を限りなく完全に近づけておくことが求められることは言うまでもありません。そうした矜持が伝わってくる論文集です。
 三鬼さんには既に織豊期のダイナミズムを叙述した『鉄砲とその時代』(教育社歴史新書、1981年、吉川弘文館より「終章」を増補のうえ2012年に復刊)があり、そこでは、鉄砲とキリスト教の伝来が日本社会に与えた影響、そして統治制度の特徴・変容が検討され、「近世のあけぼの」としてのこの時代の意味が十二分に語られています。こうした大きな見通しを立てる基盤となるのが、言うまでもなく個々の研究論文です。それらの研究論文がついに一つにまとめられたことを、本当にうれしく思います。いや、実は一つではありません。もうすぐ、第二弾が刊行されると聞いています。そちらは秀吉の研究が中心となるのではないでしょうか。著者は間違いなく最も多くの秀吉にかかわる文書を見てきた研究者です。今回の論文集には、秀吉関係の論考が思ったほど入っていませんでした。おそらく次の論文集にまとめられるのでしょう。学恩を受けた者として、また一人の読者としても、この次が待ち遠しい限りです。

(学術情報センター長 大塚英二(日本文化学部歴史文化学科))

 

『図解・気象学入門 :原理からわかる雲・雨・気温・風・天気図』    [請求記号:451/ F93]

古川武彦, 大木勇人著 講談社(ブルーバックス) 2011年

 9月に入り、朝晩は少しずつ涼しくなり、虫の声が聞こえてきました。夏の入道雲が空から去ってさわやかな風が吹いてくるころ、秋がやって来ます。
 見上げれば、青空にぽっかりと浮かぶ綿のような白い雲「わた雲」が見えます。この雲の正式な名前は「積雲」といって、下から上に向かって積み重なるように発達していくことから気象学でこのようにいいます。積雲が発達して厚くなった姿は夏によく見られる入道雲で、正式な名は「雄大積雲」といいます。さらに雄大積雲が発達し、雷を伴う雨を降らせる雲を「積乱雲」といいます。
 この図書は「雲が空に浮かんでいられるわけ」から始まって、雲のでき方、雨や雪の降り方から低気圧、高気圧、前線、台風のしくみまでをわかりやすく教えてくれます。
 気象学は「天気予報」の技術の基礎でもあります。インターネットを使えば、地上天気図や高層天気図、気象衛星画像などの気象情報を見ることができて、気象学を活用する場は今後増えてくると思われます。
 この図書を読んで身近な気象現象や気象情報を理解すれば、秋の空はいつもと違った風景に見えることでしょうか。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 白井)

 

『カフカのかなたへ』  [請求記号:940.2/605]

池内紀著 講談社(講談社学術文庫) 1998年

 カフカとは、思えば不思議な作家です。チェコに生れ、ドイツ語で書き、自身はユダヤ人。生前に出版された作品はごく僅か。未刊の原稿は全て破棄するようにという遺言にもかかわらず、友人マックス・ブロートが遺稿を出版したことで、大戦後の混沌とした世相を背景に世界中でカフカ・ブームが巻き起こります。朝目覚めると虫になってしまっているセールスマン、ある日突然理由もなく逮捕されてしまう銀行員、仕事の依頼を受け来たはずが依頼主の「城」とアポすらとれない測量技師、など、「日常」の中に「非日常」が投げ込まれ、それを「日常」で受け止め対処しようと苦戦する主人公。設定の奇抜さとユーモアで、カフカ作品は読む者の心に無限のイマジネーションを触発します。
 一方で、カフカは難解だ、とも言われます。「カフカエスク」なる形容詞まで生まれました。(意味=カフカ的な、不条理な) それ故、世界中で今なおさまざまな解釈が試みられています。実存主義的、神学的、精神分析的解釈、etc。研究書の数は、集めると一つの図書館ができるほどです。その全てがもっともらしくもあり、全て違っているようでもあります。そこでは、カフカの読み手の論理が試されているだけであって、カフカの作品の本質とは無関係に思えるからです。著者池内紀氏はそうした解釈レースから離れ、物語のもつ面白さそのものに立ち返ってテクストを読もうとします。作品の成立背景の考察も、従来の形而上的な側面に求めるのではなく、形而下的で、極めて具体的なモチーフから丹念に検証する手法で、あたかも推理小説を読むような面白さがあります。そこから見えてくるカフカ像は、近づき難い思想家でもなく、何とか主義者でもなく、ましてや精神の巨人でもなく、平凡なサラリーマンとして勤めつつ、常に何かを求め続けて、人生のほとんどを過ごしたプラハの街をさまよい、生活し、執筆し、生きた等身大の人間であるカフカです。文句なく、カフカの入門書としては第一級のものだと思います。
 また池内氏は、ブロートの編集版によらず、手稿版からの全カフカ作品の翻訳も行っていますが、従来のイメージを一変させる、まさに名訳です。

(関連書籍)
・『カフカ小説全集(全6巻)』 フランツ・カフカ著、池内紀訳 白水社 [請求記号:943/1〜6/610]

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 荻田)

 

『正しいパンツのたたみ方 : 新しい家庭科勉強法』  [請求記号:080/I95/674]

南野忠晴著 岩波書店(岩波ジュニア新書) 2011年

 この本の著者は、高校で13年間英語教師を勤めた後、家庭科の教師になったという経歴の持ち主です。転身のきっかけは、何をやるにもダルそうだったり、いつも不機嫌だったり、顔色が悪かったりする生徒に接しているうちに、家庭科なら生徒の悩みや暮らしに寄り添いながら、一緒に考えたり悩んだりできるのではないかと思ったからだそうです。
 内容は、高校での家庭科の授業がもとになっています。「理想の結婚相手」で考える人間関係」「何のために働くの?」「100歳になった自分」「家族ってなに」「自立って何だろう?」など、身近なテーマが取り上げられているので、とても読みやすく、スッと頭に入ってきます。そして、どれも本当に面白そうで、受けてみたいと思った授業がいくつもありました。
 著者は、家庭科は暮らしの感性をみがく教科であり、家庭科を通して、自分の暮らしを自分で整える力「生活力」を身につけて欲しいと言います。「自立」して「社会の中で他者とともに生きていく」とはどういうことなのか、大学生のみなさん、そして大人の方にもぜひ読んで欲しい1冊です。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 磯部)

 

『幸田文きもの帖』   [請求記号:共同図書環:913.6/W12]

青木玉編 平凡社 2009年

 まだまだ厳しい暑さが続いていますが、空の高さや朝夕の涼しさにほんの少しずつ秋の訪れを感じることができるようになりました。
 今年も様々な場所で夏の夜空に花火が上がりましたね。ゆかたを着て花火を見に行かれた方も多かったのではないでしょうか。
 ゆかたは現在のわたしたちの最も身近な和装と言ってもいいと思います。それ以外というと、成人式の振り袖や卒業式の袴姿など、決まった行事の時に着るかしこまった格好というイメージを持たれているかもしれません。
 今回ご紹介する本は、着物で生涯を過ごした幸田文の着物にまつわるエッセイです。
 著者は、着物は「雪だと思って着ればいい」といいます。「講釈も文句も何もいらない」 「ふわりと着ればいい」のだそうです。肩肘を張らずに自然にふわりと着られれば、着物 はもっと身近になるのだと思います。わたしも時々着物で出かけることがありますが、こ んなふうに自然に身にまとえたらいいなと思いました。
 着慣れない人にとっては敷居が高いことも確かですが、この本を手にとって着物に親しむ毎日に触れてみてはいかがでしょうか。
 丁寧で彩り鮮やかな文章で描かれる着物で過ごす毎日はとても美しく、和装独特の色の表現やきものの用語が少し難しくてもそれは十分に伝わってきます。着物を着こなすことの美しさやその凛とした雰囲気をさりげなく、身近に感じられる1冊です。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 草間)