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2013年2月の5冊


 

 

『幕府のふみくら : 内閣文庫のはなし』  [請求記号:016.31/N22]

長澤孝三著 吉川弘文館 2012年

 今回は図書館業務に直接かかわる著作を紹介します。江戸幕府の御文庫(ぶんこ・ふみくら)を源流とした内閣文庫(現在は国立公文書館のコレクションとしてのみ存在)の生き字引として、その行政組織の幕引きにも立ち会った長澤孝三さんの同文庫の紹介本です。同時に本書は、古書・古文書(こもんじょ)の管理や整理、補修といった特殊な業務を担う専門職としての司書(場合によっては学芸員)に向けたテキストとして編集されているように思いました。内閣文庫での具体的な仕事を丁寧に紹介することを通じて、後進に対して資料を扱う上での心構えと基本的なマニュアルを伝達しているのだと思います。
 ということで、まずは本学の図書館で働いている方々に読んでいただきたいというのが偽らざる気持ちです。もちろん、常に古文書資料等を扱っている評者にとっても大変ありがたく、かつ手厳しいテキストでありました。机など資料を広げる準備がないところでは、広めの板など堅いものの上に資料を広げるよう心がける、資料は片手では持ち上げないなど、当たり前でありながらハッとするような指摘があって、これは評者の授業(資料学)に早速いただきました。
 本学には文字資料を扱う学生・教職員がたくさんいます。全員がこうした専門を学ぶ必要はありませんが、古書・古文書を見たり利用したりする機会はそれなりにあると思います。そもそも、本学所蔵の和本貴重書に限らず、古くなって傷んだ図書に接する方は多いと存じます。そうした書物(古文書を含め)を管理し利用者への便宜を図っている図書館や文書館に対する皆さんのご理解が、本書を通覧することでさらに深まることは間違いありません。本書を薦める所以です。

(学術情報センター長 大塚英二(日本文化学部歴史文化学科))

 

『同性愛と異性愛』    [請求記号:080/I95B/1235]

風間孝 河口和也著 岩波書店(岩波新書) 2010年

 本書は、日本における同性愛をとりまく現状について多くの示唆を与えてくれる本です。欧米におけるゲイ/レズビアン研究はかなり進んでおり、たくさんの文献がありますが、日本では適切な入門書が少なく、本書は貴重な一冊です。本書は同性愛の状況を簡潔にわかり易く説明していますが、そのわかり易さの理由は、著者自身の経験を通して、自らの感情を示しながら説明していることから来ていると思います。
 端的な例が、1991年から97年にかけて東京都を相手取って行われた裁判(勝訴)です。それは著者自身が直接かかわった裁判で、東京都立府中青年の家で合宿して勉強会を行おうとしていた「動くゲイとレズビアンの会」のメンバーが、同性愛者であることを理由に施設利用を拒絶されたことが発端です。裁判で東京都が使った論法は、加害者を被害者に逆転させるというものでした。同性愛者といっしょに宿泊し、恐怖にかられた子どもたちこそ被害者であると。このことは1991年合衆国で起きたロドニー・キング事件を思いださせます。警察は、黒人青年ロドニーが殴りかかったから、自己防衛のため殴打したという逆転の論法で無罪を勝ち取りました。それを可能にしたのは、黒人男性は暴力を振るうものだという社会の偏見である、とジュディス・バトラーは分析しています。
 もう一つの例は、2000年江東区新木場で起きたホームレス男性撲殺事件です。著者は当時の記事を分析し、殺害した少年たちが、同性愛者をターゲットにして暴行を繰り返しており、殺された男性もその一人とみなされたらしいことを突きとめます。こうした犯罪を「ヘイトクライム」と呼びますが、本書は、ヘイトクライムがいかに卑劣で醜悪な犯罪であるかを明らかにします。少年たちは、同性愛者が社会良俗を乱す「変態」であり、それを罰したかのように装っていますが、実は同性愛者が決して反撃することのできない弱い立場であることを熟知して、攻撃していたことが判明します。ヘイトクライムは、相手が抵抗不可能な弱者であるからこそ生起する卑劣な犯罪であるということだけでなく、私たちの社会の通念・偏見がそうした犯罪を支えているのだということが、例証されています。
 同性愛について考えることで、「普通」と思われている異性愛を相対化することができるでしょう。そうすることで、私たちが置かれているジェンダー体制、結婚と生殖の制度についても客観的に見ることができるようになるはずです。

 (学術情報センター長補佐 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『プラハを歩く』  [請求記号:080/757/19B]

田中充子著 岩波書店(岩波新書) 2001年

 「百塔の街」や「建築博物館」として知られる中欧の古都プラハ。ヴルタヴァ川の両岸に発達した美しい街並みと建築の数々を、フィールドに精通した建築史家の案内で訪ねます。現在地を確認したいときには、巻頭や各章頭の市街図が役立ちます。
 プラハでは、13世紀に行われた旧市街の建設が、護岸工事、盛土、市壁建造からなる大事業であり、現在の多くの地下レストランが、およそ800年前に行われた盛土のいわば副産物であることに驚かされます。また、新市街の広い直線街路に立つと、著者ならずとも、近代都市にいるような錯覚に陥りそうですが、実際は、神聖ローマ帝国の首都がプラハに移された14世紀の都市計画に由来する旧い市街地です。プラハでは、都市空間に占める中世の存在が見た目以上に大きいようです。
 著者が専門とする建築史に関してとくに興味深かったのは、プラハ城内に建てられたロマネスクとゴシックの各教会を訪ねるくだりです。著者は、高く積み上げられた石材に注目し、目の前の個々の石材がまさにその大きさ・重さであるがゆえに、ロマネスクやゴシックの建築構造・様式が社会的・技術的に成立し得たことを、古代地中海文明との比較を交えながら説き明かします。しかし、そのような石材一色の建築が、実は大量の木材を消費するものでもあったということ。そこからは、「石の文化」といった図式で捉えられがちなヨーロッパ文化の隠れた一面が浮かび上がります。
 本書には、数え切れないほどの建築が次々と登場しますが、それぞれに時代背景やゆかりの人物のエピソード、ヨーロッパ史や文化史などの知見が盛り込まれ、読者を飽きさせません。随所に出てくる街角の描写も、これらの建築を生んだ都市の雰囲気を生き生きと伝えてくれます。     

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 笹野)

 

『オリガ・モリソヴナの反語法』  [請求記号:913.6/Y82]

米原万里著 集英社 2002年

 「ああ神様! これぞ神様が与えて下さった天分でなくてなんだろう。長生きはしてみるもんだ。こんな才能はじめてお目にかかるよ!  あたしゃ嬉しくて嬉しくて…」こんな言葉でこの物語は始まります。これを額面通り受けとってはいけません。大袈裟な褒め言葉を使って罵倒するという反語法なのです。
 主人公の志摩は、1960〜1964年の間チェコスロバキアのソビエト学校に通っていました。その後帰国し1992年現在日本で暮らしています。その学校のダンス教師−オリガ・モリソヴナが使うのが冒頭の反語法です。そしてもう一人、志摩を見かける度「中国の方ですの?」と尋ね、「日本人です」と答えるとその度悲しそうな顔になるというフランス語教師−エレオノーラ・ミハイロヴナ。この二人の年齢不詳の教師は、共に「アルジェリア」という言葉に怯え、秘密があるように見えていたのです。 志摩はソ連邦の崩壊した翌年1992年にロシアを訪れ、長年気になっていたその謎を解こうとします。謎めいた二人の存在と学校生活の描写、徐々に明らかになる謎。これらによって、調査の途中で出会う登場人物と同様、いつのまにか読者も引き込まれていきます。
 読み終わった後には、歴史と政治と巻き込まれ翻弄される人間の悲しみの詰まった溜息をつくことになるでしょう。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 平田)

 

『狩猟伝承』  [請求記号:380/Mo35/14]

千葉徳爾著 法政大学出版局 1945年

 柳田國男が亡くなってから50年が経ち、著作権が消滅したことで、今年の1月1日、青空文庫に「遠野物語」が登録されました。日本の民間伝承を集めたこの作品の舞台は山、山村が多く、マヨヒガのような不思議な出来事について語り継がれた話が記録されています。山には一体何があるのでしょうか。山で生活する人は一体何を感じていたのでしょうか。
 日本人は今も山と生活しています。付近で生活する農家では、シカやイノシシなどの害獣から農作物を守るため、山に入って狩猟を行います。狩猟人口が減少した今では、必要にかられた農家の女性が免許を取ることもあるそうです。
 紹介する本は、旧石器時代から行われてきた狩猟文化のうち、比較的最近の狩猟について書かれています。そこでの信仰やルール、動物への考え方、または何故そのような考えが発生したのかについて書かれています。遠野物語で語られた、山での不思議な話の正体は一体なんだったのかも、考えるヒントがあったように思います。
 農業以上に衰退傾向にあるといえる狩猟ですが、道具は自然物で作られていたことが多く、形として残りづらいそうです。そうした消えやすい文化を資料として後に残していくことは、図書館の大きな役割の一つであるとも感じています。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 梅田)