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2013年3月の5冊


 

 

『所有と生産様式の歴史理論』  [請求記号:332.01/Sh16]

芝原拓自著 青木書店 1972年

 この紹介も最後となりました。そこで、最後のわがままとして、古本でしか手に入らない(本学にも置いてなくて―これが信じられない―わざわざ注文した)ものについて書かせていただきます。近代史家芝原拓自さんが経済史総論の講義のために準備したノートを骨格として成立した、今となっては古典の部類に入る歴史理論書です。学生時代に手に入れ、いまだに時々読み返しています。歴史学の三本柱は理論・実証・叙述だと教え込まれ、その理論を学ぶべくごく自然に手にした書物です。
 本書はマルクスの『資本制生産に先行する諸形態』(通称『諸形態』)をどのように読むか、そこで示された「アジア的生産様式」を資本制以前の生産様式として、アジアなかんずく日本社会の中にどのように位置づけ、近代以前とそれ以降を(生産手段の)所有論および生産様式論としていかに理解するか、ダイナミックに展開したものです。マルクスに対する理解は、『諸形態』が知られて以降、その人類史的把握が単純な段階論のレベルから、類型論を組み込みつつ、多様に理解されるレベルへと大きく飛躍しました。芝原さんの著作はその代表的なものだと考えています。
 人格的依存関係に基づく隷属の形態に規定づけられた国家的奴隷制(日本古代の公民を国家的奴隷と理解する)概念を打ち出し、それを母胎として必然的に生まれた封建制を権力集中的な封建制(封建領主制としては弱体であるが集中することで体制を保ち専制的となる)と理解する議論は、評者の専門分野である近世史研究に大きな影響を与えました。この枠組みを評者は完全によしとするわけではありませんが、常に念頭に置きながら勉強してきたように思います。
 芝原さんらが担った理論と実証の時代は決して実証を軽視していたわけではありませんが、その後実証のレベルは格段にあがり(緻密になり)、さまざまな点で理論に矛盾が見えてきたこともあり、近年歴史理論は正面から議論されなくなりました。しかし、理論の重要性が否定されたわけではありません。実証には一定の見通しが必要であり、研究者は知らず知らずのうちに、定着した理論に則って実証作業を行っているからです。個人的見解ですが、理論を学びながら歴史研究に生かしていくことは研究者として当たり前の営みだと考えています。かつてのマルクスらの古典だけでなく、本書のような時代を画した名著や話題作をその時代の歴史性も考慮しながら読んでいくことは、人文社会科学を学ぼうとする者にとって非常に大切だと感じています。

(学術情報センター長 大塚英二(日本文化学部歴史文化学科))

 

『世界で生きる力 : 自分を本当にグローバル化する4つのステップ』    [請求記号:361.5/G37]

マーク・ガーゾン著 松本裕訳 英治出版 2010年

最近,「グローバル人材に求められる能力とは何か」を考える場面が増えてきました.ご紹介する本の副題は「自分を本当にグローバル化する4つのステップ」です.筆者はグローバル人材に求められる能力を「直視する力」,「学ぶ力」,「連帯する力」,「助けあう力」の4つに分類し,様々な事例を挙げながら求められる能力について述べています.最終章ではそれらの能力を養うための方法(20の方法)についても紹介しています.グローバル人材について考える際の良いヒントになりそうです.

 (学術情報センター長補佐 吉岡博貴(情報科学部情報科学科))

 

『現代語訳武士道』  [請求記号:080/757/19B]

新渡戸稲造著 山本博文訳・解 筑摩書房(ちくま新書) 2010年

 長らく「武家の女」に憧れてきました。慎み深く、お家の大事にも凛とした姿で臨むところが、享楽的に生きてしまう現代の自分とかけ離れているからかも知れません。
 「武士道」は1899年にアメリカで出版されたもので、当時世界的なベストセラーとなりました。本書はそれを現代語訳したものです。義・勇・仁・礼・信(誠)・名誉・忠義と章立てされ、世界の著名人の言葉を多数引用して解説しています。もともとは「日本では宗教教育なくしてどうやって道徳を教えているのか?」という問いに、武士道が基礎となっていると思い当たったのがきっかけですが、日本でも武士道の教えを体系立てた書物はなく、口伝や著名人の格言で成り立っていたそうです。ここで述べられている内容は、一部現代では相容れないものもありますが、日本人の精神に脈々と受け継がれていることを改めて感じます。新渡戸が藩士の子であり、留学経験があり、博識であり、クリスチャンであることが、国内外に分かりやすい書籍になった理由ではないでしょうか。
 冒頭に新渡戸は武士道を桜の花に例え、15章で理由を述べています。日本人が桜を好むのはその儚さや潔さ、無常観が心情に訴えるからなどと言い尽くされていますが、武士道に照らし合わせるとまた新たな解釈になります。桜の季節に、人生の節目に、ルーツに思いを馳せながら読んでほしい一冊です。    

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 伊藤)

 

『10代の本棚 : こんな本に出会いたい』  [請求記号:080/I95/698]

あさのあつこ編著 岩波書店(岩波ジュニア新書) 2011年

 本との出会いは、人との出会いのように数々のエピソードがあるものです。その中でも10代の頃、本を読みはじめた頃に手にした本については、誰もが思い出を語れるのではないでしょうか。最初に自分で買った本。読んで衝撃を受けた本。心に残って忘れられない本。どうしても最後まで読めない本、等々。
 本書では作家をはじめ、シンガーソングライター、児童文学作家、教授、ジャーナリスト、女優、論説委員など様々な職業の人々が本との出会いを語っています。そのエピソードの一つ一つが物語です。多感な時期に本との出会いで救われることもあれば、その頃に読んだ本が今の自分を形作っているとまで感じる出会いもあります。ただただ無心に楽しむ人もいれば、本が嫌いでたまらなかった人もいます。この世にはありとあらゆる本があり、それを上回る人生の物語が溢れています。 編者のあさの氏は「少女の頃、自分を取り巻いていた壁が壁ではなく扉であったことを本が教えてくれた」と書いています。扉とは開くものです。本を開くことは世界を開くことにつながります。
 私は小学生の頃、担任の先生に「一番本を読めるのは小学生の時と大学生の時だ」といわれ、実際その通りになりました。皆さんも是非、大学生のこの時期に、どんな本でもかまいません、様々な扉を開いてみて、その向こうに広がる世界を覗いてみて下さい。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 大島)

 

『死神の精度』  [請求記号:共同図書環913.6/I68]

伊坂幸太郎著 文藝春秋(文春文庫) 2008年

 6つの短編からなる本書の主人公は、タイトルからも想像できる通り、「死神」です。この本に出てくる「死神」は、よくイメージされるような鎌を持った恐ろしい姿はしておらず、人間と外見はまったく同じです。彼らの仕事は、選ばれた人間に1週間接触し、死の可否を決定することです。1つの短編の中で1人の人間と接触し、死の可否の決定を下すまでが描かれています。短編はそれぞれ独立したかたちでももちろん読めるのですが、6つの短編を通して読むと、最後に感動の展開が待っています。まったく関係がないように見えるそれぞれの人生も、実はどこかでつながっている、影響を与えていることがあるのかもしれないと思わされる作品です。
 「死」を扱っていながらも、重い、暗い雰囲気はまったくなく、むしろあたたかさを感じることができる不思議な魅力を持っています。非常に読みやすいので、伊坂幸太郎さんの作品をまだ読んだことがない方には、ぜひこの作品から読んでいただきたいと思います。

(学術情報センター長久手キャンパス図書館 西川)