今月の5冊へ先月までの5冊へタイトルリストへ

書名のリンクは図書館所蔵です。別ウィンドウが開きます。

2013年7月の5冊


 

 

『闇の奥』 [請求記号:080/992/22B]

コンラッド著 中野好夫訳 岩波書店 1958年

 著者ジョーゼフ・コンラッド(1857〜1924)はイギリスを代表する作家ですが、実はポーランド人で、船乗りとしてイギリスに来、二十歳過ぎてから英語を学び始めたという特異な作家です。最近のできごとに触れるにつけ、『闇の奥』(1899)について語ってみたくなりました。
 イギリス人の母とフランス人の父をもつクルツは、象牙採取の目的で、アフリカのコンゴ川上流へ派遣されますが、そのまま行方知れずとなります。語り手マーロウはクルツを探し連れ戻すために奥地へと入りますが、そこで発見したものは、独裁者クルツが恐怖支配する死の王国でした。そこでは日常的に残虐行為が行われています。
 この小説はアフリカやアフリカ人を侮蔑的に扱っているとして、チヌア・アチェベなどポストコロニアル批評家から酷評されています。確かにそういう側面は否定できませんが、コンラッドの主眼はそこにはなかったでしょう。小説の中でコンゴ川とテムズ川が並置されていることからもわかるように、コンゴ川奥地で起きたことは、文明の発達した社会で起きることの暗喩なのです。コンラッドのこの洞察は、日々紙面をにぎわす小さな「闇の奥」の事件によって証明されています。
 クルツは特殊な人ではなく、もともと教養のあるやさしい人物でした。しかし、いったん誰の眼にも触れない、すべてが自分の自由になる世界を手に入れたら、封じ込められていた本来的な悪魔性が現出し、自分の力ではもはや制御できなくなります。クルツはそれを「地獄だ! 地獄だ!(The horror! The horror!)」と表現します。ひとたび権力が形成されると、周りの者は媚びへつらうか盲従するかし、さらに権力は肥大化します。トニ・モリスンも評論『白さと想像力』において、ヨーロッパでは穏やかな知識人だったのに、新世界アメリカに渡りもっとも無慈悲な奴隷所有者となった人物について書いています。
 この世のどこかで人知れず栄える「闇の奥」の帝国。すぐ隣にあっても誰の眼にも触れない恐怖の世界。平凡な人間であればあるほど、仮借なき暴君となってしまうトリック。現代社会のこの落とし穴にコンラッドはいち早く気づいたのです。 

(学術研究情報センター長 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『小説で読む生老病死 (Shou rou byou shi)』     [請求記号:910.2/1860]

梅谷薫著 医学書院 2003年

 「生老病死」とは、仏陀の教えを伝える最古の経典『阿含経』の中にある言葉です。四苦八苦という四字熟語は良く耳にすると思いますが、この言葉の「四苦」にあたるのが「生老病死」で、生まれ、老い、病にかかり、死に至るときに誰もが味わう苦しみを意味しています。私は老年看護学を専門としていますので、特に第2章「老」に興味をもちました。皆さんも幼少期には『おばすて山』、中高生では『楢山節考』として読んだことがあるのではないかと思います。70歳になったら楢山に行くという貧しさゆえの掟として、戦後の信州の山間地域に語り継がれた棄老伝説です。老人は家族が生き抜くために自分を犠牲にすることを自ら選択し、息子はその思いを知りつつも、また愛情と罪悪感にさいままれながらも、自分や家族のために、そして農業の基盤である共同体の掟に反して制裁を受けることを避けるために苦渋の選択をして老親を深い山中に捨てるのである。両者の苦悩、何が善で、何が悪なのか価値の多様性を改めて考えさせるよう構成されています。経済の成長とともに豊かな長寿社会になると、楢山は「楢山老人病院」「楢山老人ホーム」となり、姨捨の実態は現代も形を変えて脈々と生き残っていると指摘しています。これに続き、現代の棄老伝説をモチーフとして成立した小説として、生と死が交錯する極限地帯とサブタイトルがつけられ、『蕨野行』が紹介されています。まさに現代の超高齢社会が抱える課題を風刺しているといえます。このように、小説を題材として家族機能の崩壊や老老介護と自然死願望の問題にも触れています。生老病死を題材とした小説を再度、倫理的観点から読み解き感性を研ぎ澄ますきっかけにしていただければと思います。

  (学術研究情報センター副センター長 百瀬由美子(看護学部看護学科))

 

『りかさん』  [請求記号:913.6/N55]

梨木香歩著 偕成社 1999年

 この物語は、おばあちゃんに「お雛祭りに何か欲しいものはあるかい?」と聞かれて「リカちゃんが欲しいの」と答えた小学生ようこが、おかっぱの市松人形のりかさんをもらってしまうという気の毒なお話です。しかも人形と一緒に取扱い説明書が入っていて、朝は毎日着替えさせて髪を櫛でとき、専用の箱膳に朝ご飯を用意したり、夜は寝巻きに着替えさせてとなりで寝ることを半ば強制的にやるはめになります。
 このりかさんは人と心を通わせる術を持っていて、やがてようこと会話するようになります。おばあちゃんが「とても気立てがいい」と絶賛するりかさんはすごい力の持ち主で、ようこの家の雛人形や友達のお家の人形たちのもめ事などを次々と解決していきます。
 語り口がやさしいので、ちょっとオカルトな童話かと思って油断していると後半すごい展開が待っていて、思わず一気に最後まで読んでしまいます。半日もあれば読み終わりますので、今日は天気が悪くて出かけるのが億劫だな、と思う休日におすすめの1冊です。

(長久手キャンパス図書館 松井)

 

『黒衣の女 : ベルト・モリゾ : 1841-95』  [請求記号:723//891]

ドミニク・ボナ著 持田明子訳 藤原書店 2006年

 本の表紙に描かれている、こちらをじっとみすえている黒い衣装をきた女性。
この絵をみて何を感じますか?単なる女性の肖像画でしょうか?

この絵は印象派の巨匠、マネが描いた「スミレの花束をつけたベルト・モリゾ」です。
ベルト・モリゾは19世紀後半のフランスの女性画家で、この本は、女性が画家として自立するには難しかった時代を生きた彼女の評伝です。
モリゾは多くの印象派の画家と交流しましたが、その中で有名なのがマネとの関係です。
モリゾはマネの友人であり、また絵のモデルを務め、そして恋愛関係であったのではないかと取り沙汰されますが、真相は謎です。後に彼女はマネの弟と結婚しますが、
「私たちは誰でも秘密を持って死んでいくのです」 とモリゾは残しています。
後世の私たちは推察するばかりですが、この絵からは恋愛関係とは別に、画家として互いに尊敬しあっていた関係が感じられます。モリゾの意志的な眼差しがそれを物語っているのではないでしょうか。

もし、絵画展に行かれる際は、画家の伝記等も読んでみてください。
画家の背景を知ると、よくある肖像画でも、様々な見方ができると思います。

(長久手キャンパス図書館 渡邉)

 

『スローターハウス5』  [請求記号:933.7/V89]

カート・ヴォネガット・ジュニア著 伊藤典夫訳 早川書房 1978年

 『スローターハウス5』はアメリカの作家カート・ヴォネガット・ジュニアが、自身の第二次大戦中の体験を元に執筆した不条理文学です。
 主人公、ビリー・ピルグリムは戦時中にドイツ軍の捕虜となり、悪名高いドレスデン爆撃を体験します。作中の時間は前後し、短いセンテンスの積み重ねの中、登場人物たちが迎える無情な死のみが、ただただ強調されています。
 それだけなら、単なる事実を元にした戦争小説になったのでしょうが、この小説ではある極端で冗談のような設定とエピソードが挿入されます。主人公はなんの脈絡もなく、人生のあるところで異星人に誘拐されるのです。その異星人の持つ『過去や未来といったすべての時間をそこにあるものの様にながめることができる』という特殊な時間観を教わった主人公は、時間旅行者となり、悪夢のような戦場を追体験することになります。
 この小説では作者の実体験である悲惨な戦争の風景が、これらの特殊で極端な展開と、ほとんどジョークのような皮肉に満ちた文体をもってして語られます。本来、現実に起こった虐殺をその様に描くことは不適切なのかもしれません。ですが、この小説においては、「隣にいた人間が意味もなく死に、自分が生き残った理由も単なる偶然でしかない」という戦争の不条理を表現することに成功しています。
 『大量虐殺を語る理性的な言葉など何ひとつない』作中で作者カート・ヴォネガット自身が語る言葉です。この小説は、この小説でしか語れない言葉で戦争を描いているのではないでしょうか。

(長久手キャンパス図書館 松原)