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2013年8月の5冊


 

 

『ねじの回転』 [請求記号:933.7/J18]

ヘンリー・ジェイムズ著 蕗沢忠枝訳 新潮社(新潮文庫) 2005年

 暑い毎日、背筋がぞっとするスリラーを読んで身も心も涼しくなりたいものです。私にとっての最高に怖いスリラー小説といえば『ねじの回転』以外に考えられません。大学生の春休み、実家の二階の部屋でこの本を読んでいた私は、膝ががくがくして階段を降りることができませんでした。階段の下の薄暗がりにクイントが踞っているような気がして。また、ずっと以前のことですが、アメリカ文学史の授業で夜間主の学生たちとこの本を読んでいた時、突然停電して教室が暗くなりすっと風が吹いたかと思うと、二階の窓の外側に男の顔が現れたのです。全員で「ぎゃーっ」と叫んだっけ。恐怖は人間の記憶に深く刻まれる情緒のようです。
 作家ヘンリー・ジェイムズ(1843-1916)は数多くの傑作を残した文豪で、アメリカに生まれ晩年イギリスに帰化しました。『ねじの回転』(1898) では言葉に二重以上の意味が込められているので、翻訳でその二重以上の意味を表現するのはたいへん難しいのですが、しかしそれでもかなり楽しめます。
 二十歳の「わたし」(語り手)は女家庭教師(ガバネス)としてブライ邸にやってきますが、そこで奇妙なことが次々に起こります。すでに亡くなったジェスルという前任の家庭教師とその恋人のクイントが、ともに幽霊となって出没します。ある時は塔の上に、ある時は階段の下に、窓から覗き見たり、湖畔にたたずんだり。そして、語り手の生徒であるマイルズとフローラという二人の美しい子どもたちを悪霊の世界に取り込もうとします。語り手は必死で彼らを守ろうとしますが、とうとうマイルズは彼女の腕の中で息絶えます。このように、解釈の第一層としては、若い女性と魔界の者との闘いの物語として読むことができます。
 しかし、本当に悪霊はいるのかという疑問が物語の最初からつきまといます。解釈の第二層は、様々な悩みと家庭教師という重責のため精神に異常をきたした語り手が、ありもしない亡霊を見るようになった、という読みです。悩みに心塞がれた彼女が帰宅し教室のドアを開けると、そこに黒い服の女が机に向かって思いつめた様子で何かを書いています。「なんて恐ろしい、みじめな女!」と思わず彼女は口にしますが、その女とは自分自身に他なりません。ジェイムズは苦しむ者だけが亡霊を見る、と言いました。語り手が見た亡霊は彼女の分身であり、それは同時に創作に苦しむ作家自身であるのかもしれません。
 解釈の第三層は私が一番気に入っているものですが、(失)恋物語として読むことができます。語り手は狂おしいほど恋をしていますが、いったい誰に恋しているのかというのが肝心な所です。ハンサムな雇い主と考えるのは当たり前過ぎます。ここでは謎解きはしませんが、本書はたくさんの読みの可能性に開かれています。

(学術研究情報センター長 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『扉の前で : てんかん青年就職活動記』     [請求記号:916/Ka86]

加藤ヒロト著 文芸社 2013年

 近年、てんかんを持病とする運転者による悲しい事故が多発し、今年の6月には、病状を隠して運転免許の取得・更新をすることに罰則を設ける改正道路交通法が、国会で可決・成立しました。ちょうどその頃に出会ったのがこの本です。
 著者は愛知県内に住む20代の、大学を卒業して数年経った青年です。発作時に負ってしまった骨折がきっかけになり、アルバイト先の人事担当者から退職を勧められます。新たな働き口を探しても断られ続け、彼は悩みます。持病を隠して応募した方が良いのか、正直に話して受け入れてくれるところを探すべきか。この葛藤は就職活動をする間も続きます。てんかん患者会に参加して情報を集め、大学の就職課を訪れて精力的に活動しますが、持ち前の潔癖さと一途さによって周りの人たちと衝突してしまいます。その心情の吐露は時に激しく、そこまで言わなくてもと思ってしまうのですが、もがき続ける著者の苦悩が痛いほど伝わってきます。また経済的に恵まれた環境にある描写があり、視点を変えてみたら?とも思うのですが、彼は決して甘えず、ハンディキャップと共に真正面から社会に立ち向かい、荒波の中に身を投じます。「区別をしないでほしい」と切に願う彼の赤裸々なレポートを、ぜひ一度読んでみてください。

   (長久手キャンパス図書館 伊藤)

 

『奇跡のリンゴ』  [請求記号:625.21/I76/]※旧共同図書環

石川拓治著 幻冬舎 2008年

この夏公開された映画の原作本です。話題作ですのでご存じの方も多いと思いますが、映画と比べてみるのも面白いと思います。
木村さんは、本屋さんで落として汚してしまったため“しょうがなく買った本”で、無農薬の農業を知りました。その本との出会いにより、木村さんはバカになってしまいました。リンゴの無農薬栽培のことしか考えられないバカに、です。
「バカになるって、やってみればわかると思うけど、そんなに簡単なことではないんだよ。だけどさ、死ぬくらいなら、その前に一回はバカになってみたらいい。ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡り合うことができるんだよ」
実際木村さんは、何年も無農薬栽培に失敗し、家族を極貧生活に追い込み、絶望と幻覚に苛まれ、自らの命を絶つことを考えました。死に場所として選んだ場所で、偶然にも無農薬栽培のヒントを得ました。24時間・365日考え続けてバカになっていたがゆえに出会った偶然は、それまでの失敗による成果と、経験により蓄えた知識と結びつき、花を咲かせました。何かを成し遂げる人というのは、こんなふうに狂気と背中合わせで試行錯誤を繰り返しているのでしょう。
人間のために都合よく考えられた小手先の知識や技術では、生態系を含む自然の摂理には敵わないことが多いようです。リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているのではない、そして人間も。バカになってしまった木村さんを支えた周りの人たちが居なかったならば、現在3年待ちとも言われる奇跡のリンゴは実らなかったのではないでしょうか。
いま学生のみなさんは、比較的バカになれやすい環境にあると思います。木村さんのように幼い子供や年老いた親を抱えてバカになってしまうのは非常に危険です。いろいろなものを背負い、余計な知識や経験に邪魔される前に、バカになれるといいですね。
また、図書館で“奇跡を起こすかもしれない本との出会い”があるといいですね。

(長久手キャンパス図書館 大石)

 

『悪魔の布 : 縞模様の歴史』  [請求記号:383/A/103]

ミシェル・パストゥロー著 松村剛,松村恵理訳 白水社 1993年

グローバル化が進み、文化・習慣の違いが意識されるようになった昨今ですが、宗教的・歴史的な影響から物の持つイメージは国によって異なります。
ファッションのアイテムとして定番の縞模様の服(通称:ボーダー)もその1つ。
日本ではこれといって善し悪しを感じるアイテムではありませんが、ヨーロッパでは縞模様のその人工的で目を引く様(=不自然さ)を利用して、社会秩序を乱す者や忌み嫌われる者の象徴として異端者、死刑執行人、売春婦、ハンセン氏病患者、そしてユダヤ人に着用させた歴史があります。
その扱いたるや悪魔の所業と言えるでしょう。
本書では暗い歴史から晴れて現代の定番にいたるまでの歴史を事例とともに紹介し、その社会的背景や縦縞と横縞のイメージの違いなどを丁寧に説明しています。
2つの色が均等に並ぶだけのこの単純な模様に大いなる歴史があったのかと思わず唸ります。
縞模様を通してヨーロッパと日本の歴史・価値観の違いを感じてみてください。

(長久手キャンパス図書館 浅井)

 

『英語達人列伝 : あっぱれ、日本人の英語』  [請求記号:080/1533/12]

斎藤兆史著 中央公論新社(中公新書) 2000年 

 皆さんは「英語の勉強方法」というと、どのようなものを連想しますか?NHKのラジオを聴く、CDを聞いて音読する、英会話スクールで外国人講師とマンツーマンで話す…など様々な方法が考えられると思います。
 この本はそのような方法が難しかった明治・大正・昭和初期の時代に、英語の達人と呼ばれた新渡戸稲造、野口英世、鈴木大拙などの偉人達がどのような手段で英語をマスターしたか、また英語を用いてどのような生き方をしたか、を解説した本です。例えば英学者の斉藤秀三郎は図書館にある英書を全て読みつくす程の努力と才能によって英語を習得し、仏教学者の鈴木大拙は英語による講演で仏教の禅とは何かを世界中に伝えます。
 この本に登場する英語の達人達は誰もがずば抜けた語学の才能の持ち主であり、ただ単に語学の勉強法や生き方を真似る事は難しいかもしれません。しかし録音機器も満足にない時代にこのように英語を自在に操り世界を渡り歩いた先人がいる事は、語学を学ぶ現代の日本人にとって大きな励ましとなるのではないでしょうか。
 皆さんも語学学習の息抜きに、激動の時代を生き抜いた英語の達人達に思いを馳せてみてはいかがですか。

(長久手キャンパス図書館 山田)