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2013年9月の5冊


 

 

『ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅』 [請求記号:316/1A/946, 316/2A/946]

ラウル・ヒルバーグ著 望田幸男, 原田一美, 井上茂子訳 柏書房 1997年

 八月は戦争について考えさせられる月です。今回はラウル・ヒルバーグの大著『ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅』を紹介します。本書は、第二次大戦後いち早く加害者側の資料を駆使してユダヤ人迫害の実相を追究した、ホロコースト研究の古典ともいうべき本です(原書初版1961年)。
 どのような場合にも被害者側の資料というのは乏しいものです。被害者は現在の状況を生き延びるだけで精一杯で、自己の被害実態を客観的に記録することなど到底できるものではありません。『夜と霧』、『夜』、『アンネの日記』等はユダヤ人被害者による貴重な資料ですが、加害者側のもつ厖大な資料はユダヤ人迫害が具体的な数量で示されることを可能にします。
 私がもっとも興味深く思ったのはポーランドのゲットー(ユダヤ人強制居住地区)の実態の分析です。ワルシャワ・ゲットー(1940年設立、人口445,000人)のユダヤ人評議会議長アダム・チェルニアコフの日記は、客観的事実が被害者側の視点から克明に記録されている例外的な資料です。ユダヤ人評議会(ゲットー内のユダヤ人議会)はユダヤ人の福利の維持に尽力しましたが、実際は何の権限も持つことができず、最終的には支配者側の意向を伝え、その要求を通すだけの機関となってしまいました。評議会は、抵抗をするよりも、不良な者を差し出し優良な者を残すことにより、ユダヤ民族の存続を計るという方法を選択しました。それは伝統的に行われてきた方法であり、これまでもそうやって難局をやり過ごしてきたからです。しかし結果的にそれはドイツ側の計画遂行を容易にし、ゲットーのユダヤ人に壊滅的な被害をもたらしました。
 ユダヤ人たちは、皮肉にもナチスと同じ原理で自らの民族を存続させようとしていたことになります。ヒルバーグはユダヤ人がユダヤ人壊滅の一原因となったことを誰よりも早く指摘しました。しかし、そこにはユダヤ人評議会を非難する口調はなく、淡々と事実が明らかにされるだけです。チェルニアコフは、執拗に繰り返した彼の嘆願にもかかわらず、孤児たち(すなわち、守るべきユダヤ人の未来)全員が絶滅収容所に送られることが確定した時点で、青酸カリで自殺しました。
 ワルシャワ・ゲットーの悲惨さは、ドキュメンタリー映画『我が闘争』(1960年)や『ショア』(1985年)によって一端を伺い知ることができます。

(学術研究情報センター長 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『祈りの彫刻:リーメンシュナイダーを歩く』     [請求記号:712.34/F74]

福田緑著 丸善プラネット 2008年

 恐ろしいものを見ました。10年以上前の話です。
 ふらっと立ち寄ったドイツはヴュルツブルクの博物館の一室に、「それ」はありました。『聖母子像』。彫刻。作者ティルマン・リーメンシュナイダー。その抑えられた感情表現は、静謐な厳しさと憂いを秘め、見る側の心をますます内省的にし、様々な感情を掻き立てます。目を背けることすらできません。
 16世紀、マルティン・ルターが種を撒いた純粋な神学論争は、ルターの意図に反し、抑圧された農民層の不満に火をつけます。またたく間に燃え広がった炎は、反権力の様相を帯びた農民戦争と化して、雪崩を打ってヴュルツブルクの町にも押し寄せます。高名な彫刻工房のマイスターとして社会的信頼を得て市長まで務めたリーメンシュナイダーは、農民らに同情的な立場を取り、市の城門を開放します。やがて、諸侯ら体制側の巻き返しによって、反乱に加担した人々への過酷な報復が始まります。彼は、投獄され、二度とノミを握れないように手の関節を砕かれたとも伝えられています。続いて勃発した更に愚劣な三十年戦争の戦禍によるドイツ全土の荒廃は、彼の名前を完全に葬り去りました。
 時は流れ19世紀。当地に点在する作者不明の祭壇彫刻が人々の注目を集め始めたことと、とある朽ち果てた墓碑に刻まれた人物名とが繋がり、中世ドイツ最大の彫刻家の姿が歴史の闇から突如浮上します。忘れ去られ埋没した巨匠リーメンシュナイダーの名前が、実に300年の時を経て復権を果たした瞬間でした。
 今回ご紹介するこの本は、リーメンシュナイダーの学術的な解釈は他書に譲り、彼の作品そのものの姿をきちんと伝えたい、ぜひ見てもらいたいという熱意に溢れています。それまで、文章の添え物としてモノクロの挿図でしか見られなかった彼の作品が贅沢にもカラー図版を交えじっくり鑑賞できます。解釈以前に、やはり作品それ自体が圧倒的に全てを語るのだ、と感じさせる写真集です。

(関連資料)
「リーメンシュナイダーへの旅:もう一つのロマンチック街道」(映像資料) [請求記号:LD//106]

   (長久手キャンパス図書館 荻田)

 

『日本の中世寺院 : 忘れられた自由都市』  [請求記号:210.4//641]

伊藤正敏著 吉川弘文館 2000年

 『中世の寺社勢力と境内都市』で、日本の中世社会に対する見方を大きく変えた日本史家が、その成果のエッセンスを門外漢にも平易に解説してくれる本です。シャープで臨場感のある語り口は読み手を退屈させませんし、中世寺院の門内・門前の風景が都市にほかならないことをさらっと指摘する鮮やかさに思わず唸ってしまいます。
 ここに登場する都市とは宗教都市ではなく、何よりもまず経済都市です。著者がその着想を得るには、寺院を宗教施設とみなす考え方から脱却する必要があったわけですが、この大胆な試みを支えているのは、宮殿よりも豪壮な建築を誇るほど前衛的・世俗的で、老若男女僧俗貴賤を問わず立ち入ることが許されるほど自由な空間だったという中世寺院の風景であり実態です。
 この経済都市を、形態や構造からみると、外周には城壁や濠といった防御施設がなく、かつて呪術的結界および物理的隔離施設で区切られていた門内と門前は、すでに一体不可分の複合体になっていました。そこで、門内と門前の境界が消滅している点に注目した著者は、両者の複合体を寺院「境内」と捉えることで、この経済都市を「境内都市」と名付けます。
 「境内都市」は、宗教施設を都市核とする点では、寺内町や門前町に通じる部分がありそうですが、都市の風景やかたち、商工業などの自由という点では、時代を大きく飛び越え、むしろ近代以降の産業都市を彷彿とさせるものがあり、それだけに私たちが近現代の都市について考える際にも重要な視角を提供してくれるかもしれません。
 著者によって、とりわけ近畿地方の中世は、「境内都市」だらけの世界へと一変しました。その具体例にあたる南都(奈良)や高野山をはじめ、数多く出現した「境内都市」は、その後、いかなる道筋を辿ったのでしょうか。日本史や都市について学ぶ方、とくに、一つの社会に対する常識を揺るがすほどのインパクトをもつ都市概念の発見に立ち会うことの醍醐味を味わいたい方に、ぜひお薦めしたい1冊です。

(長久手キャンパス図書館 笹野)

 

『曾根崎心中』  [請求記号:913.6/Ka28]

角田光代著 近松門左衛門原作 リトルモア 2012年

 2013年は近松門左衛門の生誕360年にあたるそうなので、『曽根崎心中』を角田光代が翻案した本をご紹介したいと思います。近松門左衛門作の『曽根崎心中』は、元禄16年(1703)に人形浄瑠璃(文楽)の竹本座で上演されました。大坂の曽根崎天神の森で実際に起きた心中事件をもとに作られ、醤油屋の手代「徳兵衛」が主人の妻の姪との縁談を断るために必要だった金をだましとられ、最後は遊女「お初」と一緒に心中するという話です。
 この本は翻案とあるとおり、物語の流れは原作のままですが、作者独自の解釈が加えられ、物語は全てお初の目を通して語られます。そのためお初が、徳兵衛が嘘をついているのではないかと疑いながらも「それでもわたしはこの人とともに旅立つことを選ぶだろう」と思い、心中してしまうのが、原作や文楽よりも理解しやすいように思います。
 読み終わった後は、ぜひ原作と読み比べてみてください。色々な本が出版されていますが、『曾根崎心中』大阪市立大学文学研究科「上方文化講座」企画委員会編 和泉書院 2006年[請求記号777//217]は、原作の他に文楽の現行曲や解説も掲載されていて、おすすめです。

(長久手キャンパス図書館 磯部)

 

『ごはんのことばかり100話とちょっと』  [請求記号:914.6/Y91]※旧共同図書環

よしもとばなな著 朝日新聞出版 2009年 

 嫌になってしまうような暑い毎日が続いていましたが、みなさんは夏休みをいかがお過ごしでしょうか。暑さとエアコン漬けで夏バテをして食欲の落ちてしまった方もいるかもしれません。
 今回ご紹介するのは、そんな方にも読んでいただきたいごはんづくしのエッセイです。
 自宅で食べる自作の料理、気になる食材、お気に入りのお店の素敵なメニュー、子どもにつくるお弁当、小さな頃のすこし苦い思い出…。「ごはん」というなんでもありのようなテーマの短いエッセイ集ですが、さらりと読めると同時に、ちょっと考えさせられたり自分のことが思い出されたりする満足感の得られる文章がとても魅力的です。もちろん読むと食べたくなるものや作ってみたくなるものもたくさんあって、お腹にも魅力的です。
 暑さも少しずつやわらいで、少しずつ夕暮れが早くなり、実りの秋がやってきます。食欲の秋と読書の秋、一冊でどちらも満喫できるおすすめの図書です。

(長久手キャンパス図書館 草間)