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2013年11月の5冊


 

 

『後ろから読むエドガー・アラン・ポー : 反動とカラクリの文学』  [請求記号:930.268/P76]

野口啓子著 彩流社 2007年

 今回は一人の作家についての研究書を紹介してみましょう。本書はアメリカの十九世紀初めの作家エドガー・アラン・ポーについての本です。
 「詩は最後からでも書くことができる」というポーの有名な言葉があります。作品には美的整合性があるべきだという主張ですが、ポーはこのことに生涯取り憑かれていたのだと、本書を読んであらためて気付かされました。繰り返し行われる改訂、後から付け加えられる解説――こうした作家の追加行為に著者はポー文学解明の糸口を見いだします。ポーは、最後の作品『ユリイカ』を「それまでの全作品に対する『改訂』」と考え、自分の全作品の意味をラディカルに変更しようとしたのだと、著者は言います。ポーは『ユリイカ』を書き、雑然としてまとまりのないようにみえる過去の作品群に、まとまりを与えようとしたのではないか、というのです。すなわち、最後に書かれた『ユリイカ』から見ることによって初めて、ポーの多様なジャンルの小説群はすべて無秩序から秩序への変容という構造をもっている、ということがわかると言います。
 著者はポーの文学を「反動の文学」と名付け、「先行する世界の意味、秩序」を無効にする反動/反転のテーマが、ポーのすべてのジャンルに見いだされる、としています。その反動はさらなる反動を誘発します。ポーの作品において、美女の遺体が蘇生するのも、数ある作家の中でポーだけが、推理小説というジャンルを創始することができたのも同じ理由による、とのことです。つまり、破壊から始まり、秩序ある原初へと向かうという推理小説のプロセスは、ポーの他のジャンルにも通底する構造なのです。
 本書は、作家としてだけでなく、優れた雑誌編集者としてのポーを浮かび上がらせています。『ユリイカ』は「彼の理想の雑誌の具現」であり、編集者ポーは、神のように全体を見回し、雑誌全体の構成を定めました。まさしく著者の言うとおり、『ユリイカ』を書いたポーは、彼のすべての文業に対して最後の編集作業を行っていたのです。
 本書はポー文学の専門書ではありますが、挿絵も豊富で一般の読者にとっても読み易い内容となっています。

(学術研究情報センター長 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか : あなたに役立つ「ことば習得」のコツ』     [請求記号:810//979]

宮崎里司著 日本語学研究所 2001年

 国際学会で研究発表するときや、英語で論文を書こうとするときに自分の語学力の乏しさを再認識します。中学生の時からかれこれ○○年、英語を勉強し、成績だって悪くはなかったはずなのに・・・。そんな風に自己嫌悪に陥っているときにこのタイトルをみて、確かに外国人力士の取り組み後や優勝インタビューなどを聴いていると、流暢な日本語で応えているなと思い読んでみました。本書は、その謎を外国人力士、相撲部屋の親方、おかみさんなど相撲関係者からのインタビューをもとに、ユニークで効果的な日本語習得のメカニズムやその方法についてわかりやすく書かれています。従来の言語習得理論の枠を超えた新たな学習ストラテジーに触れることができるのはないかと思います。イマージョンプログラムなどに関心のある方にもおすすめです。
 最近、看護の領域では、インドネシアやフィリピンからEPA(経済連携協定)の制度を活用して日本の国家資格を取得し看護師になる人がいます。試験の合格率は1割を下回る難関であるにも関わらず、合格しても医療現場で日本語によるコミュニケーションの困難さから帰国してしまう人も多いようです。このような領域にも親方やおかみさんのような役割を担う人材が必要なのかも知れないと感じました。

     (学術研究情報センター副センター長 百瀬由美子(看護学部看護学科))

 

「1973年のピンボール」(『風の歌を聴け ; 1973年のピンボール』所収)  [請求記号:913.6/1/709]

村上春樹著 講談社 1990年

 "目を覚ました時、両脇に双子の女の子がいた…二人は僕の両肩に鼻先をつけて気持良さそうに寝入っていた。よく晴れた日曜日の朝であった"
 なんだかちょっとわくわくしませんか?

 私が最初に読んだ村上作品は「ノルウェイの森」で、続けて「ねじまき鳥クロニクル」を読みました。その時点ではあまり良い印象を持てませんでしたが、人から勧められてこの作品を読み、印象がガラっと変わりました。今でも一番好きな作品です。
 1973年の秋、25歳の「僕」とその友人「鼠」のお話です。時代設定がちょうど40年前になりますが、作品全体に漂う閉塞感は今の時世と似ているように感じます。また僕や鼠の、自分自身との折り合いがついていない感じは誰もが一度は通る道(?)で、共感できる方も多いのではないでしょうか。
 作中に明るい話題はありませんし、登場人物は皆どんよりしています。それでも作品全体はさらっとしていて、読み終わった後にはさわやかな印象が残ります。僕の部屋に住みついてしまった双子がとにかくかわいく、秋が深まっていく感じの描写がとても良いので、今の時期におすすめの1冊です。"村上作品はあんまり好きじゃないんだよね"という方にもおすすめです。

合わせて収録されている「風の歌を聴け」が僕と鼠シリーズ3部作の1作目となります。
3作目の「羊をめぐる冒険」(請求記号:913.6/2/709)も合わせて、ぜひどうぞ。

(長久手キャンパス図書館 松井)

 

『愛知の地名 : 海進・災害地名から金属地名まで』  [請求記号:291.55/N38]※旧共同図書環

中根洋治著 風媒社 2012年

 普段、何気なく口にし、耳にしている地名ですが、何のいわれがあるのか気になった事はありませんか? この本を読むと、地名は漢字そのままの意味ではなく、変形したもの、あるいは当て字である事が多く、思わぬ意味が隠されていることに驚きます。
 例えば愛知県の旧国名の「尾張」、大学がある地名「熊張」の、「張」は古代の開墾地を示す「墾(はり)」が変形したものだそうです。また「熊」は川が曲がる所、もしくは、隅、奥まった所という意味があるそうです。
 この本では様々なカテゴリの地名が紹介されていますが、特に災害地名は参考になります。この地に住む限り地震、水害等の自然災害は避けては通ることはできないでしょう。地名にこめられた先人のメッセージを読み取り、防災意識を高める事が大切だと思います。
 地名を読み解く事で、その土地の地理、歴史、民俗等が分かり、また、昔の人々の自然に対する敬意が、現代を生きる私たちにも伝わってくるのではないでしょうか。

(長久手キャンパス図書館 渡邉)

 

『伝説の「どりこの」 : 一本の飲み物が日本人を熱狂させた』  [請求記号:588.4/Mi75]

宮島英紀著 角川書店 2011年

 美しい黄金色とさわやかな甘みを持ち、多くの人に愛され、最盛期には年間220万本製造されながら、人々に忘れられた幻の滋養飲料、それが「どりこの」です。この本は、今となっては製造方法を知るものが誰もいない、伝説の飲み物「どりこの」の正体を様々な角度から探るルポルタージュです。
 昭和の始めに生まれた「どりこの」は販売元である講談社による、大々的なキャンペーンにより、当時の日本を席巻しました。メディアミックスにより、演劇や漫画、歌にまでなった「どりこの」、当時の広告では危篤の父に一合飲ませたところ、瀕死の状態から蘇ったという、家族からの感謝の手紙まで掲載されていたそうです。
 現代の感覚からすると少し奇妙に感じる当時の状況を、ユーモラスで、少し意地の悪い視点でこの本は描いています。しかし、その筆者の視点により、「どりこの」があまりにも強く、その時代のムード結びついていたがために時代の変化と共に忘れられてしまったのだということが伝わってきます。
 誰でも記憶の中に消えてしまって、もう口にすることができない飲み物や食べ物を持っています。この本を読んで、それらの記憶について思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

(長久手キャンパス図書館 松原)