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2014年2月の5冊


 

 

『マウス : アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』  [請求記号:234.074/Sp5/1, 234.074/Sp5/2]

アート・スピーゲルマン著 小野耕世訳 晶文社 1991-1994年

 期末試験勉強中のみなさんにコミックを紹介します。コミックといっても、中身は決して軽くはないのですが。本書はアウシュヴィッツ体験記です。ニューヨーク在住のユダヤ系コミック・アーティスト、スピーゲルマンが作中自ら登場し、父親にどのようにユダヤ人迫害を生き延びたかを語らせます。頑固でケチで人種差別主義の老人ヴラデックですが、その体験とともに並べられるとそうなるのも仕方なく思えます。経験が人間の性格や偏見を作っていくのです。
 本書の冒頭、幼いスピーゲルマンが友だちに仲間はずれにされ、泣きながら父に訴える場面があります。するとヴラデックは、「友だち?友だち同士を部屋にとじこめ一週間たべものがなかったとしたら、そしたら、友だちとはなにかおまえにもわかるさ」、と言います。このように父は人生の心髄に迫る教えを単刀直入に子に伝えます。あまりにも本当過ぎて涙も乾いてしまいます。ユダヤ人迫害という前代未聞の事態を生き抜いた本人の言葉を、現代の私たちは聞くべきでしょう。しかし、ただ老人がそのまま話すだけでは誰も聞かないかもしれません。人に何かを聞かせようとする時、芸術は役立つのだと思います。スピーゲルマンは父の悲惨な体験を、できる限りの工夫を施して今日の読者に伝えようとしています。
 ポーランド在住のヴラデックたちは、1938年当時はナチスをそれほど脅威には思わず暮らしていましたが、事態はあっという間に変化します。1941年ユダヤ人の一斉検挙が始まり、1942年ユダヤ人地区への移動が強制され、反抗する人々は見せしめに吊るされました。1943年には隠れ家を転々としながら生きる日々となりました。正しい判断をすることも困難でした。ヴラデック夫妻は安全を求めてハンガリーに移動しようとする過程で捕まり、1944年アウシュヴィッツに送られます。一方その家に隠れ続けた友人は戦争が終わるまで無事でした。
 アウシュヴィッツでは、ガス室や収容所の様子、人間関係、生活の細部が描きだされます。手に職があり身体頑健なヴラデックはそのような環境をたくましく生き延びますが、妻アンジャはそうではなく、かろうじて戦中を生き延びたものの、戦後鬱病を患い自殺します。戦争末期と終戦後の方がより困難であったことも語られます。1945年、ドイツ軍の撤退にともない多くのユダヤ人が命を落とし、また、戦後解放されて我が家に帰ると、そこに住んでいたポーランド人に殺された人もいました。
 こうした経験が決して夢や幻でないことがわかるように、現在と過去のヴラデックを交錯させながら話は進みます。喋り終わった父は「おやすみ、リシュウ」と言って眠りにつきます。リシュウとは戦時中幼くして死んだスピーゲルマンの兄です。ひどい体験をしたヴラデックの心は、それを体験する以前にいまだ止まっていることを、読者は知らされるのです。

(学術研究情報センター長 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?』     [請求記号:332.107/Mo82]

藻谷浩介 山崎亮著 学芸出版社 2012年

 私の年末年始休暇のクライマックスである大晦日・元旦両日の過ごし方を一部紹介します.大晦日の夜は,甘酒(地元蔵元の米麹)とおでん(地元産コンニャク)の振る舞いに誘われ,近所のお寺に除夜の鐘を鳴らしに行きました.翌朝はお昼近くに起床し,朝食兼昼食に世界無形文化遺産の和食(雑煮,お節料理)と赤ワイン(イタリア産)を楽しみました.ほろ酔い加減で,日本人出演のDVD(ハリウッド映画)を観た後,ポータブル音楽プレイヤー(中国製,デザインはカリフォルニア)をシャッフルモードにセットして音楽(イギリス人4人組のロックンロール→ドイツ人作曲家オペラ→昭和歌謡・・・とジャンルを超えて再生)を聞き流しながら,近くの神社(柚絵馬で有名)へウォーキングを兼ねて初詣に行きました.ウォーキング前には準備運動(古代インド発祥のヨーガの簡単なポーズ,米国生まれのストレッチ)をしました.初詣から戻った後は,石油ストーブ(燃料はたぶん中東の原油を精製したもの)と炬燵で暖を取りながら,お取り寄せする人も多いという近所の洋菓子屋のアップルパイ(国産林檎,ヨーロッパ産バター使用)をコーヒー(コロンビア産)や紅茶(スリランカ産),日本茶(国産)で楽しみました.なお,上記食品の産地はパッケージなどに書かれていた表示を書いています(誤表示ではないと信じています).
 こうして書き出してみると,日本人らしさを感じることができるお正月でさえも,私は国境横断的(トランスナショナル)・文化横断的(クロスカルチャル)に過ごしているということに気がつきました.とかく経済問題に焦点が当てられていますが,グローバリゼーションは一般市民の生活の様々なところで進行しているという現実です.グローバリゼーションに関する論説は『グローバル化の社会学 グローバリズムの誤謬-グローバル化への応答』(著者:ウルリッヒ・ベック,木前利秋,中村健吾,国文社,2005)がなるほどと,私に感じさせてくれました.
 さて,グローバリゼーションの中,我が国において「経済拡大・成長はまだまだ必要だ」という感覚の人もいれば,「そろそろほどほどで良い」という感覚の人もいます.どちらが正解とか不正解ではなくて,幸せや豊かさが経済というモノサシだけで計ることができない時代にはなってきているような気がしています.このモノサシについて,紹介図書は考える機会を与えてくれます.これまで経済的に恵まれていないとされている寒村であっても,これまでとは違うモノサシで計れば,実は恵まれているということを発見できます.逆に,恵まれているはずだった都会が問題だらけだという記述もあります.同著者による『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』(角川書店,2013)には,モノサシについてデータを駆使してより詳しく書いています.
 紹介図書を読んだ後,悲しくて切ない“負けても愛される日米の野球チーム”の物語(以下の★3冊)を読むと,以前ほど切なく感じなくなりました.モノサシが変わってしまったかもしれません.とはいえ,頑張れキヨシ監督!例年より多めに☆☆☆を稼いで,是非ともクライマックスシリーズに初出場してくださいね.新年の期待です.
★赤坂英一,『最後のクジラ―大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生』,講談社,2013.
★村瀬秀信,『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』,双葉社,2013.
★佐山和夫,『大リーグ・フィリーズ10,000敗―“友愛の町”球団が負けても負けても愛されるわけ』,志學社,2008.   

     (学術研究情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部情報科学科))

 

『たすきがけの湯布院』新版  [請求記号:601.195/N44]

中谷健太郎作 ふきのとう書房 2006年

 「あの日、グラテヴォルさんは熱っぽく語った。「その町にとって最も大切なものは、『緑』と、『空間』と、そして『静けさ』である。その大切なものを創り、育て、守るためにきみはどれだけの努力をしているか?」「きみは?」「きみは?」グラテヴォルさんは私たち三人を一人ずつ指さして、詰問するようにそう言った。それで私たちは真っ赤になってしまった。」(「第十三幕 ヨーロッパ珍道中」から)
 湯布院(由布院)温泉といえば、JR九州の看板列車である「ななつ星」は全ルートでここに(ここだけは)必ず停まるし、広島東洋カープがここ40年毎年リハビリキャンプを行っているという、国内屈指の有名温泉地であり、今はやりの「まちづくり」の先駆地という意味では、東の小布施町と並んで最も有名な町のひとつです。
 とはいえ、もちろん最初からそうだったわけではありません。
 この本(物語?)は、湯布院のまちづくりの中心のひとりに(計らずも)なった著者が、湯布院町(今は由布市。2005年10月1日、大分郡挾間町・庄内町・湯布院町が新設合併して発足)がまだ「由布院町」だった頃から語り起こして、その大いなる試行錯誤の経過を「志−こころざし−」と「交流」を軸に綴っています。
 「こうした湯布院町と呼ばれた時代の、由布院人の町づくりの手法、思想を、町づくりのリーダーである中谷健太郎さんに、自ら書いてもらった傑作物語。汗と涙と笑いの数々である。」(目黒彰「はじめに」から)と、解説風に言えば確かにそういうことになるのでしょうが、どうもこの「物語」を単に「成功譚」と言ってしまってはその本質を外してしまうのではないか。この「物語」の基調であるユーモアはアイロニーを含んでグラデーションを描き、その通奏低音は、これまでの行為について肯定しつつもどこかで「しかし、しかし…」という自問だけがリフレインしているような微妙な響きを帯びて流れている、そんな印象をうけます。どうやらそのあたりに、著者をして「物語」の「完結」をためらわせた「なにか−本質−」がありそうです。
 で、読了後「おい、それからどうなった?」ということになるのですが、それは同著者になる『由布院に吹く風』(岩波書店,2006)(請求記号:914.6/N44)(「続編」ではない。タイトルが「由布院」になっていることにも注目)や『由布院の小さな奇跡』(木谷文弘著:新潮社,2004)、『由布院ものがたり:「玉の湯」溝口薫平に聞く』(溝口薫平[述]; 野口智弘著:中央公論新社, 2013)などを読んでください。

(長久手キャンパス図書館 新海)

 

『火星の人類学者』  [請求記号:493.73/Sa12]

オリヴァー・サックス著 吉田利子訳 早川書房(ハヤカワ文庫) 2001年

 本書は映画「レナードの朝」の原作者でもある脳神経科医、オリヴァー・サックスが出会った7人の患者についての医学エッセイです。
 事故で色彩を失った画家、数分前の出来事を記憶できない青年、トゥレット症候群(絶えず何かに触る、体を動かす、声をあげる)の外科医、視力を取り戻した盲目だった男性、生まれ故郷の思い出にしか関心のない画家、絵の才能のあるサヴァン症候群の子供、自閉症の動物学者、といった人々が登場します。
 私達が「障害」と思ってしまう状況が「常態」である彼らは、ある時には絶望し、戦い、制御し、逃げられない「自分」というものに与えられた困難と何とか共生しようと奮闘します。それは特別なことのようでいて、実は私達人間全てが持つ可能性の広さと希望を、彼らの人生を通じて知ることができます。  色盲の画家は色覚が戻る治療を断り、盲目の男性は視力を取り戻した後に、盲目だった頃より物事の認識に苦労することになります。このことは自閉症の動物学者が語った「自閉症が消えたら、わたしがわたしでなくなってしまう。自閉症はわたしの一部なのです」という言葉につながります。障害は確かに困難だけれど、その葛藤と困難が苦しければ苦しいほどその経験はなかったことにはできない、誰のものでもない「自分」の人生の一部になるということではないでしょうか。
 7人の中には外科医や学者もいます。可能性は周囲の理解があって初めて広がることを考えると、私達も決して無関係ではありません。本書を読むと理解を深めるきっかけになると思います。

(長久手キャンパス図書館 大島)

 

『虹の西洋美術史』  [請求記号:080/C44/190]

岡田温司著 筑摩書房(ちくまプリマー新書) 2012年

 昨年の秋ごろの雨上りの朝、仕事に向かう際に空にきれいな虹が架かっているのに気がついて思わず写真におさめました。仕事場に着くと他にも写真を撮っていた人がいて、違う場所にいても同じように空を眺めていたのが嬉しくなりました。そのことを思い出して、空や虹に関する図書を探していた時に見つけたのがこの本です。
 私はこれまで虹に注目して絵画を鑑賞することはありませんでしたが、西洋の美術作品には多くの虹が描かれてきたことがこの本から窺えます。虹は希望や権力の象徴であり、またときにはそのわずかな時間で消えてしまう運命から、はかなさや空しさなど必ずしも良い意味ではない事柄も表現してきました。科学や宗教、そして文学や芸術などの分野で扱われてきた虹。人々は虹を見て、何を考えたのでしょうか。この本の中で多くの図版とともに、西洋美術2500年の歴史をたどってくれます。
 試験や卒論提出が済んだこの時期、たまには机から目を離して外の大きな空を眺めてみてはいかがでしょうか。人々のさまざまな想いを乗せた虹が、みなさんを新しい明日へ導いてくれるかもしれません。

(長久手キャンパス図書館 加藤)