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2014年8月の5冊


 

 

『白鯨』 [請求記号:080/941/22B]

 ハーマン・メルヴィル著 阿部知二訳 岩波書店 1956年

 試験が終わると長い夏休みの始まりですね!夏休みには大作と呼ばれる本を読むことをお薦めします。どんなジャンルでもいいから、今の時期にこそ読むべきだと声を大にして言いたいです。何故なら、私の経験から言うので確かですが、大人になったらそのような本は読む暇がないだけでなく、読む気力もなくなってしまうからです。
 そんなわけで、今回はハーマン・メルヴィルの『白鯨(モービィ・ディック)』(1851年)を紹介します。メルヴィルは十九世紀アメリカの作家で、捕鯨船の乗組員として長期間にわたり世界の海を旅した経験をもとにこの本を書きました。実は翻訳では十分に楽しむことのできない小説ですが、あら筋を追うより、一章一章を独立したエッセイとして読むといいと思います。というのも、物語を形成しているのは全体の五分の一くらいで、残りは随想のような章の連なりだからです。
 物語が本格的に動き出すのは、全一三六章中の最後の三章だけです。それ以外では海や鯨の説明が続きます。当時の捕鯨船は何年もかけて鯨を追い求めながら地球を一周したようですから、捕鯨船に乗り、何日も何週間も水の光景しか見えない海の旅をするような気分で本書を読んでみてください。焦ってイライラすると負け。白鯨は海の底深くにもぐって決して姿を見せてくれません。
 「薔薇水の雪をふりかけたペルシア氷菓の水晶の杯」のように清澄でのどかな海上の日々、奥所では牡鯨と牝鯨が怒濤のごとく抱擁し交わりつつも静黙たる海の様子――ロマンティックかつ宇宙的な海の世界が展開します。また、抹香鯨の頭部分を切断し、それを縦に立てると、芳しい酒が一杯つまった樽のようになる様、そこから光り輝く美しい油を抽出する過程。本来なら血塗られた現場であるはずのものが、神秘的な美しさをもって描かれます。そうした魔法に酔いしれ、もうあら筋なんてどうでもいい、と思ったその時、突然白い鯨モービィ・ディックがその巨大で悪魔的な姿を表わします。忘れかけていた物語の大団円がすぐそこに来ていることを読者は知ります。白鯨との激しい闘いの末、人や船すべてが海に呑み込まれると、その後には何ごともなかったかのような太古の静寂が再び支配します。これは人生の暗喩なのだな、と今では思っています。
 県大図書館には、阿部知二[1][4]、八木敏雄[2]、田中西二郎[3]、坂下昇[5]、原光[6]による翻訳が所蔵されています。

[1] 阿部知二訳 岩波書店 1956年 [請求記号:080/941/22B]
[2] 八木敏雄訳 岩波書店 2004年 [請求記号:080/308-1/22I]
[3] 田中西二郎訳 新潮社 1977年 [請求記号:080/603-1/5]
[4] 阿部知二訳 集英社 1971年 [請求記号:SHIN//8683]
[5] 坂下昇訳 国書刊行会 1982年 [請求記号:933/7/1929]
[6] 原光訳 八潮出版社 1994年 [請求記号:933.6//37]

(学術研究情報センター長 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『驚きの介護民俗学』 [請求記号:369.26/Mu19]

六車由美著 医学書院 2012年

 「介護民俗学」とは介護現場をフィールドワークの場とし、民俗学的アプローチを試みるという著者の提唱する新しいスタイルの研究方法です。
 著者は民俗研究者でありながら、老人ホームで働く介護職員でもあるという異色の経歴の持ち主です。これまでは様々な地方を訪ね歩き、行っていた聞き書き調査の現場が「ムラ」から「老人ホーム」になるというのは現代ならではで、民俗学(介護学にとっても)の新たな方向性を示していると言えます。本書を読むと、著者は民俗学研究のために便宜上介護を行っている訳では決してなく、過酷な高齢者のケアと記憶の聞き書き、どちらも情熱を持って真摯に向き合うことによって初めて話者の心を開かせることに成功していると感じます。
 村から村へと家族を連れて歩きながら電線をつないでいた男性の話、村々を回って蚕を鑑別する「鑑別嬢」と呼ばれていた女性の話、他にも流しのバイオリン弾きや電話交換手など本書には認知症患者も含めたお年寄りたちの、驚きと面白さに満ちた昔語りが収録されています。
 何度も繰り返してしまう言動に秘められた意味など、「認知症だから」と顧みられなかった人々の話は今この瞬間にも、誰の耳にも届くことなく消えていっているのかもしれません。過去の記憶は記録され、継承されることで文化となり歴史となり、その土地や時代を未来へとつなげていき、やがてはこの国の形が見えてきます。そして記憶の中にしか存在しない過去は、興味を持って聞いてくれる誰かがいることによって、より生き生きと現在によみがえってくるというのは本書にも描かれている通りです。
 かつて老人の昔語りはそれを囲んで聞く者たちにとって娯楽であり、生きる知恵でもありました。それは多分今も変わっていないはずです。大学生の皆さんもこの夏休みに帰省した折には是非ご家族の昔語りを聞いてみて下さい。身近な人の驚きの過去は自分のルーツにもつながり、きっと面白いと思います。

       (長久手キャンパス図書館 大島)

 

『日本語あれこれ事典』 [請求記号:810.4/N71]

荻野綱男ほか編 明治書院 2004年

 みなさんが普段使っている日本語は正しいでしょうか。そもそも、正しい日本語とは、どんなものでしょう。
 この本の中では「日本語はいったいいつ頃から使われているの?」という質問に始まり、日本語の使い方、言葉の由来、意味や文法、発音のことまで、日本語に関するさまざまな疑問が投げかけられています。もとは雑誌『日本語学』[請求記号:P810-384]の2002年11月臨時増刊号として刊行されたものを単行本化したものです。ひとつの質問に2〜3ページの中で答えてくれているので、どのページから開いてもなるほどと思う項目がいくつもあります。
 しかしながら日本語は長い歴史の中で様々な人や環境に触れてきた言語のため、限られた紙面の中では語りつくせない魅力もまだまだ多くあるようです。この本から新しい疑問がうまれたら、さらに詳しく調べてみるのもおもしろいかもしれません。
 言葉は使用する人々とともに成長も衰退もしていきます。現代の人が古典を勉強するのが難しいように、今みなさんが話している日本語もずっと後の日本人には難しい言語になっているかもしれません。いつもわたしたちが何気なく使っている日本語を、あらためて見つめなおすきっかけにもなるのではないかと思います。

(長久手キャンパス図書館 加藤)

 

『127時間』[映像資料] [請求記号:DVD//1036]

ダニー・ボイル監督 20世紀フォックスホームエンターテイメント  2012年

 誰にも行き先を告げず、趣味のキャニオニングを楽しんでいた主人公のアーロンですが、岩場を移動している途中、岩と共に滑落し、右腕を挟まれてしまいます。谷底で身動きが取れなくなった彼は助けを呼びますが、誰にも声は届きません。ナイフで岩を削ろうにも全く歯が立たない。ボトル1本の水と僅かな食糧、この絶望的な状況からどう脱するのでしょうか。
 本作は実話をもとに製作されています。主な登場人物は1人。さらに身動きのとれない状況におかれるので、動きがなく悲壮感漂う作品になりかねないのですが、予想外にコミカルに描かれています。また、映像表現が素晴らしいのも魅力です。車に置きっぱなしのジュースが今ここにあったら…などのアーロンが抱く妄想を映像化したシーンでは、思わず声が漏れてしまいそうなほどジュースが魅力的に見えます。
 作中でアーロンは「今日、一緒に落ちることは決まっていたのだろう」「岩はずっと俺を待っていた」と思うシーンがあります。なるべくしてなった、という運命的なものが感じられますが、この皮肉な運命に抗おうとする青年の努力や生き抜く執念を見ていると、こちらも力が湧いてきます。彼の不注意と言ってしまえばその通りですが、絶望的な状況というのは誰にでもおこりうることです。自分だったらどうするのか、生き延びてまず何がしたいか。いろいろな事を考えさせられます。
 最後にとったアーロンの行動と言葉には、127時間での彼の成長が感じられます。生命力に満ちたとても素敵な映画です。

(長久手キャンパス図書館 黒岩)


 

『旅人 : ある物理学者の回想』 [請求記号:289.1/Y97]

湯川秀樹著 角川書店 1960年

 かつてこの世界では「自然発生説」という考え方が、洋の東西を問わず人々の通念として存在していました。これは生物が自然に湧いて出ることが可能であるとする説で、この説のもとではミツバチやホタルは草の露から生まれ、昨今個体数が心配されているウナギなども海底の泥から生まれるとされていたそうです。今考えれば、昔の人はさぞかしロマンチストであったのだろうと一笑に付するような考え方でしょう。しかし、確かにルーツが存在するにもかかわらず、その結果にだけ目を向けてしまうのは今も昔も変わらない人の性かもしれません。せっかくなので、その性とやらに一石を投じる本をご紹介します。
 この本は、日本が誇る天才物理学者のルーツをたどる生い立ちの記です。彼の名を知らない人はいないでしょうが、その人となりは意外と知られていません。例えばその幼少期を見てみると、そこに物理の道を駆け抜ける理系男子の姿は見当たりません。その実際は、里美八犬伝、三国志、水滸伝などを熟読、近松や西鶴など浄瑠璃にも通じ、ツルゲーネフ、トルストイ、ドストエフスキーなど外国小説も手当たり次第に読破という本の虫。ノーベル物理学賞受賞者湯川秀樹氏は絵にかいたような文学少年だったのです。
 若かりし日の彼を成長させたのは、文学だけではありませんでした。地質学者の父親や教育熱心な母親、優しい祖父母に優秀な兄弟(のちにほとんどが学者となる)、そして時に親よりも理解のあった学校の先生。この本を読んでいると彼は生まれながらの天才ではなく、彼を取り巻く環境が彼を天才にしたのではないかと思えてくるほどです。しかしただ一点、彼の類まれな資質を挙げるとすれば、その資質の名は「天才」ではなく「孤独」であったのだろうと思います。自ら孤独の旅路を邁進する様を綴った文章には、吸い込まれるような「寂しさ」が漂っています。私は、その「寂しさ」がふわりと解ける終盤のエピソードが好きなのですが、さてさてどんな話でしょう。
 大正・昭和の京都界隈の風情も楽しめる湯川氏の「旅路」をどうぞお楽しみあれ。

(長久手キャンパス図書館 佐藤)