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2014年11月の5冊


 

 

『アメリカの大学院で成功する方法 : 留学準備から就職まで』 [請求記号:080/C64/1732]

 吉原真里著 中央公論新社 2004年

 本書は、現在ハワイ大学で教鞭を取る著者が、自分の体験をもとに、アメリカの大学院に留学するための準備から、現地の大学に職を得るまでのコツを教えてくれるものです。将来アメリカの大学院に進学してみたいなと思っている人は、本書の前半だけでも読んでみてください。研究分野により違いはあると思いますが、かなり参考になると思います。(学会発表をこなし、アメリカの大学に就職するまでの後半部は、今はまだ読まなくてもいいでしょう。)
 最初に、「留学するとよい人」と「するべきではない人」について書かれています。基礎的な勉強が身についていない人、英語力が足りない人、柔軟性に欠ける人、身体が弱過ぎる人、神経が細過ぎる人は、留学に向いていないとのことです。確かに、健康な身体かへこたれない精神力のどちらかはある方がいいでしょう。また、研究基礎力・英語力は、日本でしっかり身につけてから留学する方が効果的です。でも、もしあなたが三十歳に近い学生であるなら、グズグズせずすぐに留学することをお勧めします。
 どんな研究をするかを決めたら、自分に合った大学院を探さなければなりません。一流大学、有名な教授が必ずしも良いのではありません。専門分野の教育が充実しているか、一定の大きさの学生コミュニティがあるかは重要です。その他、生活環境、学費、奨学金、学寮も大切な要素です。
 次に、入学審査に受からなければなりません。日本の大学院と違って、アメリカの大学院の入学審査はすべて書類選考です。筆記試験や面接はないので、とにかく時間をかけて良い申請書を書くことです。どのような研究をしたいのか、その分野の基礎的知識を背景に具体的に書いてください。日本での学業成績も要求されます。しかし、一番の関門は英語統一テストではないでしょうか。日本人のアメリカ留学はピークの1997年度以降減少し続け、現在4割にまで落ち込み、中国人留学生の12分の1になっていますが、その最大の原因は、このTOEFL (Test of English as a Foreign Language) にあると私は思っています。というのも近年のTOEFLでは、読み書き、聴解、スピーキングの複合能力が求められ、日本人学生にとってかつてより困難な試験になっているからです。しかし、高望みして入学時期を遅らせるよりは、入れる大学院にさっさと入学することを著者は勧めています。
 さて、何とか入学できた喜びも束の間、厳しいコースワークが待っています。その先には、修士/博士論文の執筆があります。著者は、とにかく書け!と言っています。いつまでもリサーチばかりしないこと、論文執筆スケジュールをしっかり立てること、定期的に指導教官に進捗状況を報告することを挙げ、「究極を目指さないこと」とアドバイスしています。完璧に仕上げることなどできるものではありません。一定の時間内に一定のレベルの論文をとにかく書き上げることが大切だ、と言っています。このことはすべての論文にあてはまることです。修論でも卒論でも、それは学業の終りではなく、その一里塚に過ぎないのですから、今ある情報をもとにとにかく書くことです。

(学術研究情報センター長 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『スウィート・ヒアアフター』 [請求記号:913.6/Y91]

 よしもとばなな著 幻冬舎 2011年

 10月は50年ぶりの大きな台風が立て続けに日本列島を通り抜け、被害にあわれた方々には心よりお見舞い申し上げます。
 守山キャンパス図書館では、防災を考えるこの時期に災害関連の図書の展示企画を行っています。今回は、その中からの紹介です。2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災者に向けたこの著書は、大切な人の運転する車に同乗していて交通事故に遭い、積んであったさびた鉄の棒がお腹にささっている衝撃的な描写から始まります。その後は、生死の境を彷徨う臨死体験の光景が美しく描かれています。自分は死んでもいいから、恋人には生きてほしいと瀕死の状況の中で願うのですが、最愛の人はその事故で即死しました。結婚していたわけでもないのに残された彼の両親とは交流がつづき、そこから震災で大切な家族を失った方々の思いが伝わる内容になっています。読み進んでいくと、事故後の身体的苦痛や幽霊にたびたび遭遇するなど、日常の中で、自分が代わりに死ねばよかったのにと思いながら、生還したものの重みや思いを伝えています。震災で家族を失って、自分だけが生きていることの罪悪感や自責の念にさいなまれたりしている人の思いを重ねているかのように見え、被災者の思いを忘れないように、さらにタイトルにあるように死や来世をどのように捉えたらいいのかを問いかけている作品です。是非、読んでみてください。

(学術研究情報センター副センター長 百瀬由美子(看護学部看護学科))

 

『おかしな本棚』 [請求記号:019.9/O45]

クラフト・エヴィング商會著 朝日新聞出版 2011年

 親しい人の家で本棚を見せてもらうと、自分のまったく知らない本が並べられていたりして、感心すると同時に、わたしはなんて無知なんだろう、と、しゅんとすることがよくあります。その逆で、自分のお気に入りの本を見つけて、嬉しくなることも。あるいは仕事中に、ブックトラックに並べられた返却本をふと見てみると、読んだことのある本なのに、内容がなかなか思い出せないものがあることに気づいたりします。本書を読んだ(見た)とき、これと同じ感覚を味わいました。棚に並べられた本をイメージして、本の背の写真がずらり。やみくもに選ばれたわけではなく、ひと棚ひと棚、テーマを決めて集められた本たちの整列。このテーマになぜこの本が?「おかしな本棚」たちに、興味をそそられます。
 『ぼくにとって本棚とは、「読み終えた本」を保管しておくものではなく、まだ読んでいない本を、その本を読みたいと思った記憶と一緒に並べておくものだ。「この本を読みたい」と思ったその瞬間こそ、この世でいちばん愉しいときではなかろうか。(本書より)』 本を「読みもの」とすると同時に、「読みたいと思ったときの記憶、手に取ったときの感情を媒介するもの」=メディアとして扱う著者の考えに、そんな経験したことある、と頷く方もいるでしょう。ネットが浸透し、持ち運びも軽量で、読んだ記録もすぐできる、便利な電子化が盛んになりつつある中で、本という存在を見つめ直すキッカケにもなりそうです。
 さてわたしが本書に倣って、家にある本で本棚をつくるとしたら、読む前の思いをたくさん詰め込んだ本棚ができそうです。その名も、「積ん読の本棚」。

(長久手キャンパス図書館 神尾)

 

『謎解き・人間行動の不思議 : 感覚・知覚からコミュニケーションまで』 [請求記号:141.51/Ki64]

北原義典著 講談社 2009年

 私たちは普段、自分の目で見ていることは事実だと思っています。しかし、誰もが思い違いや勘違いによる誤認識をします。"幽霊の正体見たり枯れ尾花"ということわざは、私たちが事実をありのままに見ているわけではない、ということを的確に表現しています。
 また、誤認識によるものだけでなく、背景や位置によって見え方の認識が変わることがあります。"ルビンの杯"がその代表例です。白地か黒地か、どちらに焦点を当てるかによって、認識できる絵が全く異なります。
 視覚だけではありません。私たちの耳もまた、聞こえる音を全て認識しているわけではありません。例えば、集中して本を読んでいる時、周りにいる人の話し声は耳に入ってきません。ですが、そんな時でも自分の名前を呼ばれると多くの人はその音を認識します。このように、私たちは同じように情報を受け取っていても状況や内容によって認識する範囲が異なります。
 本書は電機メーカーの研究員である著者が"消費者にとって使いやすい製品を提供するため"に人間の行動原理を分析したものです。私たちが、無意識で行っている行動がどのような特性を持っているのか、質問とその分析という形で示されています。人間のもつ行動の不思議を視覚、聴覚、知覚など様々な角度から解き明かしています。

(長久手キャンパス図書館 須原)

 

『落第坊主の履歴書』 [請求記号:914.7//193]

遠藤周作著 日本経済新聞社 1989年

 「沈黙」「海と毒薬」などの著者で、キリスト教作家である遠藤周作の、自らの人生を振り返ったエッセイ集です。
 キリスト教作家の作品というと、ある種真面目で固いイメージを持たれる方もいるかと思いますが、この本は遠藤周作のもう一つの顔である、ユーモア作家の側面が存分に発揮されています。特に、遠藤周作曰く「遅熟児」であった、幼少期から少年期にかけての描写は興味深いです。「学校をさぼって映画館に行った末、停学になる」「学校にいる軍人を銃器庫の中に閉じ込める」など、ユーモア作家の遠藤周作らしいエピソードが沢山あります。
 しかし作中に、「今より以上に当時は少年や少女を規則のなかにあてはめようとした。私はその規則からはみ出る自分をどう扱っていいかわからず、次々と馬鹿げた行為をやっていたのだ。」とあるように、出来の良い兄を持ち、複雑な家庭環境で育った遠藤周作が、幼少期から持っていた、人生の哀しみのようなものが感じられます。
 遠藤周作の文学作品の根底にある、弱者に対するどこか温かな視線は、幼少期の様々な経験が糧となって生まれたものであることが分かります。
 作家・遠藤周作の別の一面を垣間見ることができる1冊です。

(長久手キャンパス図書館 山田)