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2015年1月の5冊


 

 

『監獄ビジネス : グローバリズムと産獄複合体』 [請求記号:326.953/D46]

 アンジェラ・デイヴィス著 上杉忍訳 岩波書店 2008年

 アンジェラ・デイヴィスはアメリカの政治運動家で、公民権運動時代にその名を轟かせました。1970年、殺人罪に問われ16ヶ月投獄された経験から、刑務所について問題提起をし続けています。本書はグローバル・ビジネスと結びついた監獄を浮き彫りにします。全世界では約900万人が投獄されていますが、そのうちアメリカ合衆国には200万人以上が収監されています。つまり、世界の囚人の約5分の1が合衆国にいることになります。合衆国の1990年代の収監者数は1960年代の10倍に上ります。30年の間に犯罪が10倍になったわけではなく、むしろ犯罪は減少に転じたにもかかわらず、監獄は増え続けました。監獄は建設業、食品、保険医療等多くの主要産業と抜き差しならぬ関係を構築しており、それをデイヴィスは「産獄複合体(prison-industrial complex)」と名付けています。
 これは対岸の火事ではありません。日本でも収監者数が増え続ける実態があり、まさに第二のアメリカとなろうとしているようなのです。大量投獄は安全な社会を作ると考えがちです。私たちは監獄の存在を当然のことと思い、それを廃止できるとは考えてもみません。しかし、デイヴィスは、絶対的と思われていた奴隷制が消滅したように、どの制度も永久的なものではないと言います。
 この奴隷制と今日の監獄制度には重要な共通点があります。奴隷制廃止後、黒人たちは解放されたというより、巧妙に別のより過酷な奴隷制の下に置かれました。「黒人法」がそれであり、同じことをしても黒人のみが有罪判決を受けました。奴隷制下重労働を強いられた黒人は、今度は「黒人法」の下で多くが囚人となり、合法的に強制労働をさせられるようになりました。「囚人貸し出し制度」ができ、農場に貸し出されて以前と同じ過酷な労働が課されました。奴隷制下では所有物ということで一応大事にされましたが、今度は囚人ですから以前よりひどい扱いを受けることになりました。つまり、監獄制度はかつての奴隷制の延長線上にあるのです。「レイシャル・プロファイリング」(人種により選別的に職務質問等の捜査をすること)は、黒人などマイノリティの人々をより多く犯罪者=労働者として監獄に送り込むシステムの一つなのです。
 デイヴィスは、また、ジェンダー問題が監獄でより多く発生していると指摘しています。「犯罪」と「精神異常」に大別される時、女性はより多く「精神異常」として懲罰を受ける傾向にあります。また、昔からの家庭内懲罰体制が後退するかわりに、性的凌辱が監獄内懲罰の大きな構成要素となった、とも言っています。
 ふだん私たちは自分に刑務所は関係ないと思って暮らしていますが、よく考えると案外そうでもないかもしれません。犯罪は意外に近いところにあるのかもしれないので、たまには刑務所について考えるのもいいでしょう。

(学術研究情報センター長 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『龍馬を読む愉しさ : 再発見の手紙が語ること』 [請求記号:289//1540]

 宮川禎一著 臨川書店(臨川選書23) 2003年

 心から のどけくもあるか 野辺ハなを 雪げながらの 春風ぞふく

 あけましておめでとうございます。

 最初に紹介した和歌は言うまでもなく坂本龍馬が詠んだ一首です。2015(平成27)年は乙未年で龍馬生誕から180年 (還暦×3)ということになります。
 さて、坂本龍馬の書簡集として現在、比較的簡単に入手できる宮地佐一郎編『龍馬の手紙―坂本龍馬全書簡集・関係文書・詠草―』(講談社学術文庫)[請求記号:289.1/Mi75]に収録されている龍馬の手紙は139通。
 坂本龍馬の手紙についてはその歴史的価値、内容のおもしろさ、文体の特徴、ビジュアル性、さらに「書」としての芸術性に至るまで、さまざまな人々が、さまざま角度から研究し、評価し、その中に、龍馬の志・覚悟、龍馬のジャーナリストとしての一面、あるいは郷里の人々への想いや、その人となりの優しさ、そしてその孤独までも見出して、語っています。

 この本はそんな、「龍馬の手紙」を読むにあたっての格好の入門書です。
 この本で少しでも「龍馬の手紙」に興味を持った方は先に紹介した『龍馬の手紙』も読んでみてください。
 全部読むのも大変でしょうから、まず、乙女姉さん宛の手紙から読んでみるといいでしょう。
 勝海舟に見いだされて自らの人生の主題に初めて踏み込んだ喜びを「猶ヱへンヱへン かしこ」と結んだ大得意の手紙も、「日本初の新婚旅行」言われる霧島行も、そして有名すぎるほど有名になってしまった「日本を今一度せんたくいたし申候事にいたすべく」という文章もみんな、龍馬が最も敬愛し、その最大の理解者であった乙女あての手紙の中にかかれた文章なのです。

(長久手キャンパス図書館 新海)

 

『バルトの楽園』 [映像資料] [請求記号:DVD//1139]

出目昌伸監督 東映 2006年

 四国の徳島県に、「板東」という小さな無人駅があります。
 遠くに見える大麻山に向かって、田畑が広がる日本の典型的な農村風景をしばし歩くと、突然、八角塔を持つバロック風の建物が現れます。「鳴門市ドイツ館」。近くに、「ドイツ公園」という広大な公園も存在します。こんな田舎(失礼!)とドイツとの唐突な組み合わせに、誰もが戸惑うことでしょう。
 サライェヴォで撃たれた数発の銃弾は、第一次世界大戦という最悪のシナリオへと拡大します。中国大陸に利権を求める日本は、この時とばかりドイツに宣戦布告、ドイツ領青島に派兵します。ヨーロッパ戦線に手一杯で、極東の地に支援部隊など派遣できる余裕もなく、ドイツ軍は降伏。捕虜となったドイツ兵約5,000人が日本へと送られます。各地に捕虜収容所が作られ、捕虜の人道的扱いを定めたハーグ条約に従って運営は行われるはずでした。が、内実は異なり、国際問題に成りかねないほど事件が頻発します。しかし、この四国山脈の僻村に築かれた収容所だけは違っていました。
 映画は、板東俘虜収容所に移送されたドイツ人の警戒心から始まります。きっとここでもひどい扱いを受けるに違いない。しかし彼らの予想ははずれます。そもそも、ここは本来的な意味で捕虜収容所と言えるかどうか。捕虜の自治に任された所内には、80軒もの店が開店し、パン工場やビヤホール、レストランにボーリング場まで完備、新聞も発行されまさに一つの街でした。町民との民間交流も始まります。農協や商工会議所、学校からの求めに応じ、捕虜たちは、酪農法やパン作り、楽器演奏に世界経済論の講義まで、さまざまな分野で「ヨーロッパの近代文明」を伝えます。ドイツ人が製作したおびただしい舶来品(?)の即売会が行われると、各地から観光客が押し寄せます。なぜこんなことが可能となったのでしょう?
 ドイツ人捕虜たちの多くは、職業軍人ではなく、召集されたり志願してきた民間人。学者もいれば職人や技師もいる専門家集団でした。また、収容所所長である陸軍大佐松江豊寿も、信念と方針をもって彼らを支えました。会津に生まれ、敗残賊軍の子として悲憤を抱きつつ現在に至った彼には、敗者の立場への人間的な共感もあったのでしょう。後に会津若松市の市長も務めています。松江大佐役を熱演するのが松平健。対する捕虜の少将役には、ドイツ最高の名優ブルーノ・ガンツ。松平健が話すものすごい発音(?)のドイツ語は、返ってユーモラスでいい味が出ていますね。映画のクライマックスに、フルオーケストラでベートーベンの交響曲第9番が日独協同で演奏されます。日本で「第9」初演の地として、現在記念碑が建っています。真の「国際交流」の先例として、原因が戦争という不幸な出来事にもかかわらず、歴史に刻まれました。「ドイツ公園」は、かつての捕虜収容所の跡地です。

(長久手キャンパス図書館 荻田)

 

『スペインのBARがわかる本 : グラナダ・バルの調査記録報告書』 [請求記号:673.98/Ka92]

川口剛著 バルク・カンパニー 2005年

 スペインのバル(BAR)といえば、小皿に盛られた色とりどりのおつまみ、タパス(タパ)が有名ですが、この本では、著者が、実際に訪れたバルを、タダタパ(飲料を注文すると付いてくる、いわば「つきだし」のようなタパス)、空間構成・設備、店舗の種類、来店客、勤務時間といったさまざまな角度から観察し、収集したデータを用いて、バルがスペイン人の日常生活にいかに溶け込んだ存在であるかを説明していきます。著者が調査の対象としたのは、アンダルシア地方の古都グラナダの中心部に立地する数々のバルです。
 本書の特徴は、バルを店舗単体としてではなく、都市という空間の中に位置付けて考えようとしているところにあります。市内中心部における多くのバルの分布を、看板サインによって区別される店舗の種類とともに示した地図や、バルから出てきた客が次にどこに行くのかを調べた出店客追跡調査には、著者の涙ぐましい努力の跡が感じられます。
 調査が行われたのが2000年という点では、やや新鮮味が薄れてしまっているかもしれません。しかし、なぜ都市に多くのバルがあり、そこに多くの人びとが集まるのか。さらには、バルを含めた都市が、そこに住む人びとや旅行者にとって意味するものとは何なのか。このような大きな問いかけにもきっと応えてくれる本だと思います。

(長久手キャンパス図書館 笹野)

 

『新年の贈物』 [請求記号:726/3/26]

トマス・ビュイック画 ほるぷ出版 1979年

 年が明けましたね。新年に紹介する本がないか館内を探していて、普段手に取らないような小さな小さな一冊を見つけたので、ご紹介したいと思います。
 『新年の贈り物』は、1777年にイギリスで出版された絵本で、今回、私が手にとった本は、ほるぷ出版社が「トロント公共図書館少年少女の家が所蔵する、オズボーンコレクションの中から、とくにイギリスの18世紀にはじまって19世紀末までの古典的絵本を中心にしたすぐれた作品を厳選し、その内容や絵の色調はもとより、判型、装幀などの形体にいたるまでを再現し復刻した」とする『世界の絵本館ーオズボーン・コレクション』の一冊です。『新年の贈り物』は、手のひらに収まる程に小さく、8cm四方の正方形をしています。薄い茶色の箱に収まっており、表紙には金色の文字で「New Years Gift」とあります。31枚の木版画で構成されており、文章は一切ありません。木版画を描いたトマス・ビュイックは子どもの挿絵画家として最初に認められたイギリス人画家で、この一冊は後代の画家にも影響を与え、多くの人の手に渡ったようです。木版画はそれぞれ有名な物語の挿絵が集められており、一冊で一つの物語を描く最近の絵本に見慣れている私には珍しくうつりました。
 挿絵の中には、「シンデレラ」、「長靴をはいた猫」、「赤ずきん」など、今の私達にもわかる挿絵もあります。一枚の絵から読者に物語を想像させるのではなく、人々の中に知られている既存のお伽話を、絵を見ながら辿る、そんな読まれ方をしていたのではないかと思います。挿絵だけの小さな一冊の本を囲んで、おとぎ話を語り合う、そんな場面が想像されます。表紙には「New years Gift for Little Masters & Misses」とあり、この一冊は、小さな大人たちへ新年の贈物として、多くの人に愛されたのではないでしょうか。
 1月はレポートや試験勉強のために慌ただしい時期かもしれません。文字のない小さな絵本を手にとって少し息抜きをしてもらえたらといいなと思います。

(長久手キャンパス図書館 民家)