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2015年2月の5冊


 

 

『SHOAH』 [映像資料] [請求記号:整理中]

 クロード・ランズマン監督 日本ヘラルド映画 1997年

 今月は映画『ショア』(1985年)を紹介します。圧倒的な迫力をもつ全編9時間半のドキュメンタリー映画です。「ショア」はヘブライ語で「ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)」を意味します。第二次世界大戦中のドイツによるユダヤ人絶滅計画を生き延びたユダヤ人たちの証言が主たる要素ですが、迫害を実行したドイツ人とそれを傍観した人たちの証言もあり、これら三種類の証言者の証言から構成されています。
 ヘウムノ、トレブリンカ、アウシュヴィッツ=ビルケナウの各収容所、ワルシャワ・ゲットーが主な「記憶の非場所」ですが、迫害された者、迫害した者、傍観者とではまったく見方が異なります。それらの証言を通訳がポーランド語、ヘブライ語等から翻訳してランズマンに伝える、というもどかしい手続きがあり、人と人とがわかり合うことの難しさが演出されています。言語的な煩わしさ、テーマの重さにもかかわらず、あっという間に9時間半が過ぎてしまいます。ランズマンの次作『ツァハル』(これも5時間以上)も見ましたが退屈だったので、やはり『ショア』は特別な映画なのだと思います。
 どうして文明社会で、数年という短い間に、600万人もの罪のないユダヤ人が殺害されるということが現実に起こりえたのか? それを究明すべく、ランズマンはユダヤ人、ドイツ人、ポーランド人にインタビューを重ねるのですが、結局当事者は事件の目撃者ではあるけれども、事件の理解者ではないことがわかってゆきます。重大な何かが起こった時、それがこの世で起こりえないような事柄であればあるほど、当事者は自らの置かれた状況を理解することができません。すると、その事柄の根幹部分は空白の穴となり、理解不能性の闇の中に止まり続けることになるのです。私たちは知るべき重要なことについて、何も知ることはできない。知りうるのは、理解を超越するようなことが起きた/起きうる、ということだけだ―-この重要な認識に『ショア』は至らせてくれます。
 ドキュメンタリーではありませんが、1971-72年、12人の学生が山岳ベースで運動の同志によって虐殺された連合赤軍事件を扱った、若松孝二監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年)[請求記号:DVD//704]も、誰も理解しえない空白領域に踏み込んだ、『ショア』と同じような衝撃性を持った映画です。

(学術研究情報センター長 鵜殿悦子(外国語学部国際関係学科))

 

『読書について:他二篇』 [請求記号:080/632-2/22J]

 ショウペンハウエル著 斎藤忍随訳 岩波書店 改版 1983年

 これまで羊羹(もちろん板チョコも)を美味しいと思ったのは,運動をした後でした.ところが最近は運動とセットでなくても,羊羹をはじめとする和菓子を美味しいというか味わえるようになってきました.その理由を考えると,「和菓子の成分としての美味しさ」だけではなく,この和菓子が販売されている背景やストーリーを理解することができるようになってきたからなのかもしれません.例えば,2014年末から2015年年始の老舗の和菓子店の限定販売羊羹は,虎○は"識"で,○○忠は "本"でした.これを食べるときに,2015年歌会始の御題"本"を表現したものだということや老舗のストーリーを知っていると,美味しいだけでなく「味わい」が深くなるような気がします(虎○のカフェはお奨め).さて,今回紹介するのはショウペンハウエル(1788〜1860年,日本は江戸時代の終わり頃)の古典です.この本には読書についてのアドバイスが,次のように書かれています.
  ■読書は,他人にものを考えてもらうことである.<中略> だから読書の際には,ものを考える必要は
   ない.<中略> ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は,しだいに自分でものを考える力を失
   っていく.つねに乗り物を使えば,ついに歩くことを忘れる.<中略> だが熟慮を重ねることによっ
   てのみ,読まれたものは,真の読者のものとなる.食物は食べることによってではなく,消化によって
   我々を養うのである.<中略> 歩行者のたどった道は見える.だが歩行者がその途上で何を見たかを
   知るには,自分の目を用いなければならない.(ワイド版岩波文庫,pp. 127−129)
  ■良書を読むための条件は,悪書を読まぬことである.人生は短く,時間と力には限りがあるからである.
   (ワイド版岩波文庫,pp. 134)
  ■書物を買いもとめるのは結構なことであろう.ただしついでにそれを読む時間も,買いもとめることが
   できればである.しかし多くのばあい,我々は書物の購入と,その内容の獲得とを混同している.
   (ワイド版岩波文庫,pp. 137)
これらのアドバイスは18,19世紀に生きたショウペンハウエルが160年以上前(1851年)に残したものです.私たちは21世紀に生きています.21世紀はインターネットにより爆発的に増え続ける情報の中で生きていかなくてはなりません.彼のアドバイスは,情報爆発の今の時代にこそ活用すべきなのかもしれません.何を読むのか,何を食べるのか,何を味わうのか,そんなことを少しは考えながら一年を過ごそうと思います.

(学術研究情報センター長補佐 奥田隆史(情報科学部情報科学科))

 

『0円で空き家をもらって東京脱出!』 [請求記号:365.3/Ts84]

つるけんたろう著 朝日新聞出版 2014年

 この本は、0円で空き家をもらうノウハウ本ではなくて、地方の住宅問題に取り組み、地域の活性化を目指すマジメな本なのです。
 東京で貧乏漫画家として細々と暮らしていた著者は、友人の尾道移住をきっかけに田舎暮らしについて考え始めます。友人の言うことには、尾道では海が見えて眺めがいい空き家が月1万円くらいで借りられるらしいとか。東京じゃなきゃダメなのか?このまま都会(郊外だけど)の狭いアパートでいたずらに消耗するだけの人生でいいのか?
 そんなモヤモヤが押えきれなくなり、その後の活動のキーとなるNPO法人の人々との出会いもあり、ついに空き家(築80年の洋風古民家)を0円で譲り受けることになりました。ま、0円には理由があるんですけどね。足腰が丈夫な人なら大丈夫でしょう。あと、もらうばっかりで地域の人との協力が出来ないタイプの人はいずれ居づらくなりますね。地域に溶け込み、空き家をもらってからの生活が上手くいっているのは、著者のつるさんの人柄ゆえなのでしょう。マンガの才能ゆえ、とはちょっと違うかもしれません…。さらに、どんな時でも「いいよ」「いいね」「やるならしっかりがんばんな!」と言ってくれるパートナーがいれば、"なんとかできる(なんとかなるじゃなくて)"ものなのかも、と思えてきます。
 『もし「住む場所」とあなたの「居場所」がズレているように感じたら、物理的に場所を変えてみるのも手だと思います』と著者が言っているように、いま居る場所がなにかしっくりこないと感じるならば、それは移住をいざなう啓示かもしれませんよ。

(長久手キャンパス図書館 大石)

 

『お城へ行こう!』 [請求記号:080/I95/782]

萩原さちこ著 岩波書店 2014年

 日本の文化や建築を研究されているみなさんや興味を持っている方には既知の情報ですが、平成21年度から続いていた姫路城の大天守保存修理工事が終了し、いよいよグランドオープンが近づいてきました。
 江戸時代初期に建てられた天守や櫓などの主要建築物が現存している数少ないお城で、別名は白鷺城。400年の歴史の中で戦にまみえることなく、近代の戦災に遭うこともなかった、たぐいまれな城でもあります。修理を終えた白鷺城をぜひ見てください。
 興味はあるけれど、「歴史に詳しくないと理解できない」、「歴史好きな人が行くところ」などという少し敷居の高いイメージが先行して、なかなか見学を実行に移せない人がいるかもしれません。そんな人のためにこの本をご紹介します。
 中・高生対象の書籍ですが、お城の入門書として手軽に読めるように、歴史をたどりながら様々なお城の特徴や魅力を解説しています。旅行に持っていくのも良いですが、内容を英訳して、外国人観光客に日本の魅力を伝えてみるなど、幅広く活用してくださいね。

(長久手キャンパス図書館 古屋)

 

『序の舞』 [請求記号:080/108-6/28A]

宮尾登美子著 中央公論社 1985年

 「序の舞」という絵をご存知でしょうか。明治生まれの女性日本画家、上村松園が描いた作品で、舞をする女性を描いた絵です。静かなたたずまいの中、凛とした意志的なまなざしと赤色の美しい着物が印象的な絵です。
 今回紹介する『序の舞』は、1月に亡くなった作家の宮尾登美子さんが松園をモデルに描いた小説です。松園は女性で初めて文化勲章を授与された日本画家の大家ですが、なかなか波乱にみちた生涯を送った人のようです。幼い頃から絵を描く事が好きで、男社会の日本画壇で頭角を表しますが、未婚の母となるなど、女性であるがゆえの辛苦を味わいます。しかし、誹謗中傷に負けず、生涯を通し絵の道を極めます。清らかで気品のある美人画で有名な松園ですが、中にはおどろおどろしい女性図もあり、けして平坦ではなかった人生が読み取れます。「序の舞」は松園の理想とする女性像を描いた晩年の作品で、筋の通った人生を送ってきた松園自身を感じさせます。
 小説なので事実と異なり、よりドラマティックに書かれた部分もあるようですが、きっとこの松園を象徴する「序の舞」の絵には、想像をかきたてられるものがあったのではないでしょうか。下手をすれば昼ドラマのようになりそうな話を、品のある文体で登場人物の感情が濃密に綴られており、本物の絵を鑑賞したいと思わせてくれる傑作となっています。


(長久手キャンパス図書館 渡邉)