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2015年5月の5冊


 

 

『ハンナ・アーレント : 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』 [請求記号:080/C64/2257]

 矢野久美子著 中央公論新社(中公新書) 2014年

  4月から学術研究情報センター長を務めることになりました日本文化学部歴史文化学科の中島です。専門は人文地理学という研究領域です。折に触れて地理や地図に関連した文献も取り上げてみようと思いますが、私が取り上げる一冊目は、ドイツ生まれのユダヤ人政治哲学者、ハンナ・アーレントのコンパクトな伝記本です。彼女は、『全体主義の起原』や『人間の条件』、『イェルサレムのアイヒマン』、『革命について』など、多くの著書を刊行していますが、その主張の根底には、「事実を語ること」の一貫した重視があったと、著者は語っています。普通の人間は、都合の悪いことに目をつむったり、巨大な権力機構の中で、現実を見つめず、自ら考えようとせずに、上からの指示に従順に従ってしまう「思考停止」に陥ったりしがちです。でも、そこで一歩立ち止まって、普通の倫理観・価値観に立って自分で考え、事実をしっかりと見るという、人間らしい当たり前のことをすれば、ホロコーストも世界大戦も防げたかもしれません。日本でも戦前の軍部の暴走や戦後高度成長期に各地で起きた「公害問題」も防げたかもしれないのです。真実を追究することは研究者の基本姿勢という以前に、一人の人間の当たり前の生き様なのだということを考えさせてくれます。それと同時に、そうした生き様を貫くことの困難さもまた現実のことです。「人間」を考えるきっかけとなる手近な一冊を、最初に紹介してみました。

(学術研究情報センター長 中島茂(日本文化学部歴史文化学科))

 

『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』 [請求記号:943.7/Ti15]

 ウーヴェ・ティム著 浅井晶子訳 河出書房新社 2005年

 最も有名なドイツ料理。レシピは簡単。焼いたソーセージを輪切りにして、ケチャップをからめ、その上にパラリとカレー粉をふりかける。これが、ドイツ人の国民食カレーソーセージ(ドイツ語で、カリーヴルスト)で、北ドイツを中心に、街の屋台で食べられるファストフードです。屋台ごとに味も異なることから、どの屋台がおいしいかというミシュラン的なウェブサイトや、ベルリンにはカレーソーセージ博物館まで存在します。たかがカレーソーセージ、されどカレーソーセージ。シンプルなものほど、実は複雑なのです。それだけに、そのルーツについても世論は白熱、現在、ベルリン起源説、ハンブルク起源説の2つがあり、前者が有力。しかし、この小説を読んでハンブルク起源説も侮りがたしと、認識を改めました。
 戦後の混乱の中で自然発生的に生まれたと言われるこの庶民の味が、実は、今はハンブルクの老人ホームで暮らすレーナという女性によって考案されたものだったとして、その経緯が明かされていくという物語です。(もちろんフィクション) レシピを思いつくに至るまでには、さまざまな出会いや巡り合せの偶然の連続があり、とりもなおさずそれは「戦争」という異常な時代をたくましく生き抜いた一人の女性シェフの歴史でもありました。どんな時代でも変わることのない「味覚」。だからこそ、苦難の時代を共に生きたドイツ人誰もに受け入れられる、カレーソーセージという共通言語となったのです。「ある日偶然、何かの上に誤って何かをこぼしてしまった結果、何かが生まれた」という、古今東西ありがちな発見譚の法則を採用しつつも、巧みな「語り」とストーリー展開、全てのエピソードが繋がりたたみ掛けるようなクライマックスと「落ち」。まさに中編小説のお手本のような逸品です。
 「取り立てておいしいとは思わないが」という、カレーソーセージについての日本人のコメントもよく目にします。カレーソーセージの名誉(?)のために言わせていただくと、寒い冬に紙の皿ごと風に吹き飛ばされないようにガードしつつ口に放り込むカレーソーセージの味は、本当においしいですから。

       (長久手キャンパス図書館 荻田)

 

『スペイン建築の特質』 [請求記号:523.36/C61]

 フェルナンド・チュエッカ・ゴイティア著 鳥居徳敏訳 鹿島出版社(SD選書) 1991年

 「大部分が外国からの影響とそのスペイン化にすぎない」。「いくつかの歴史の集まりで、各歴史は互いに無関係で成長度も異なる」。かつてスペイン建築史は、このようないわば借り物や寄せ集めの不完全な歴史として扱われていたようです。これに対し著者は、哲学者ミゲル・デ・ウナムーノ(1864-1936)の「永遠の伝統」や「内−歴史性」といった概念を頼りに、スペイン建築の独創的なもの、建築形態(形式)的な不変元(変わらざるもの)を探り出すという試みに挑戦します。
 建築史は、時代とともに変化する外見や容貌−ロマネスクやゴシック、ルネサンス、バロックといった様式−で語られることが多いと思いますが、著者は、そのような表層の内部にこそ、表層の発展(の可能性)を支える不変の形式があると考えます。分析の対象となるのは、建築の空間(=輪郭の内部側が作る形状で、建築形態のもととなる)、輪郭(=ヴォリューム、すなわち、空間の外部表現)、装飾の構成手法です。
 中世スペインは、東洋と西洋、アフリカとヨーロッパという二極が激しく衝突または融合により同時にみられたという特異な条件のもとにあっただけに、スペイン建築の固有性を探るうえで格好の事例を提供してくれそうです。空間や輪郭というと、捉えどころのない漠然とした印象がありますが、著者はグラナダのアルハンブラ宮殿をはじめとする数々の素材を観察・体感しながら、その特質を説き明かしていきます。西洋建築との比較が踏まえられた「分節空間」や「ヴォリューム化」、「折れ曲がった導線」といった独特のネーミングが、このテーマを解くためのまさに鍵であることに気づかされます。
 さらに著者は、上記の特質が、同時代あるいはそれ以前・以降のキリスト教建築にも認められることを豊富な事例を用いて示すことにより、この特質が時間や地域、文化を超えたスペインの不変元であると主張します。スペインの大聖堂の身廊中央には、なぜか空間本来の広さや見通しを遮るかのように、コロと呼ばれる聖歌隊席がどっしりと控えていることが多いのですが、その理由も、「分節空間」を使った説明からうなずける気がします。
 本書には、著者の建築家ならではの鋭い空間認識や建築史家としての該博な知識が随所にみられますが、その関心は建物を飛び出し、都市空間へと向かいます。例えば建築空間の「折れ曲がった導線」が都市空間にも散りばめられた結果、いわゆるスペインの「修道院都市」が生まれたという指摘。そこでは、スペインの建築を、まずそのコンテクストにあたる都市(=「修道院都市」)に関連づけ、さらに「修道院都市」をバロックの「宮殿都市」に対置させることを通じて、スペイン建築の独創的な性格をより広範なパースペクティブから理解させてくれます。

(長久手キャンパス図書館 笹野)

 

『薄気味わるい話』 [請求記号:908/13/88]

 レオン・ブロワ著 田辺保訳 国書刊行会 1989年

 先日カウンターで返却の対応をしている際、一人の学生さんが「これ、面白かったです。」と私に渡してくれた本を、今回はご紹介したいと思います。
 『薄気味わるい話』は、タイトルのとおり少し気味の悪い、人間関係の醜くどろっとした部分を集めたような短編集です。幻想的な短編を書くことで知られているボルヘスは、著者のレオン・ブロワのことを「レオン・ブロワほどパンチのきいた、表現豊かな黒いユーモアを達成したものはいない。」と評価しています。普段の生活では、感じることのない(感じたくない…)、仲間うちでの裏切りや親子間の恨みや妬みなど、その仕打ちや表現にぞくっとさせられる怖い一冊ですが、それがどこか滑稽にも思える、不思議な一冊でもあります。
 この一冊を紹介してくれた学生さんとは、昨年12月に図書館で行ったBook Partyで話をしました。Book Partyとは、参加者がテーマに沿った本を持ち寄り、おすすめの本について語り合う会で、昨年12月に行った会では、学生だけでなく、先生と図書館職員も参加しました。Book Partyは、普段自分が手に取らない本に出合えるだけでなく、その本を通して参加する人のことを知ることができる、という面白味もあります。
 今年度もこうしたイベントを学生さんと一緒に企画していきたいなと思っています。みなさん、ぜひご参加ください。

(長久手キャンパス図書館 民家)


 

『ロベール・ドアノー写真集 : パリ』 [請求記号:748/D83]

 ロベール・ドアノー写真・文 堀内花子訳 岩波書店 2009年

 パリは撮影の場として大変絵になる町ですが、写真家ドアノーがとるパリの写真は一味違います。ロベール・ドアノー(1912-1994)は一生を通じてパリ周辺を撮影し続けた、世界で最も愛される写真家の一人と言われています。
 「市庁舎前のキス」という、いかにもパリらしいロマンチックな作品が有名ですが、撮影対象は子供、犬、カフェ、市場など日常で出会う物を主としており、美しいだけではないユーモア溢れた素顔のパリを覗くことができます。一方、第二次世界大戦中のレジスタンス運動さなかの写真も収められていますが、悲壮な感じはあまりせず、むしろ被写体となった人々への愛情が感じられます。
 ドアノーが撮ると普通の人でも大変魅力的に写りますが、これは人間好きだからなせる技ではないでしょうか。見ていると思わず微笑ましくなる写真が多く、それが世界中で愛される理由と感じます。
 また、この写真集はドアノーの言葉が添えられており、よりいっそう人物や風景への理解が深まり、半世紀ほど前のパリの町中にすっかりと引き込まれてしまいます。勉強に疲れたら、この写真集を眺めてタイムスリップ旅行をしてはいかがでしょうか。

(長久手キャンパス図書館 渡邉)