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2016年7月の5冊


 

 

『ローカル志向の時代 : 働き方、産業、経済を考えるヒント』 [受入中]

 松永桂子著 光文社(光文社新書) 2015年

 近年、「地方消滅」だとか、「失われた20年」だとか、ヒヤッとするようなキーワードが飛び交っていますし、相変わらず「東京一極集中」が続くという現実もあります。しかし、人と産業と経済とをめぐる日本の各地の動きの中で、そろそろ「潮目」が来ているのではないか、という議論もあります。昨年の図書館展示企画の中で、『里山資本主義』(角川書店刊)という本を紹介しましたが、その文脈と相通ずる本がこの1冊です。競争原理の中で、地方、中小企業、商店街、地場産業と、これまで衰退の一途をたどり、「消えていく運命」と思われてきたものが、むしろそうではなくて、大都市から若者を引き寄せ始めており、地域に活力を与えつつあるというのです。「大都市での暮らし」が多くの人々にとって生まれてからの大前提であり、便利な交通機関やいろいろなたくさんの店舗、娯楽施設、就業機会の存在が当たり前の都市生活者にとって、不便な「地方」は考えられないはずでした。しかし、本当の豊かさや安心、心のゆとり、「暮らしやすさ」を冷静に見定めたとき、都会生まれの若者世代の中から、地方へのIターンがどんどん増え始めているというもう一つの「現実」をどのように捉え、説明すればよいのでしょうか。この本はそうした既存の「消極的地方論」に対して、著者自身まだ40歳前後という若い研究者の目から、若者の集まる「元気な」地方や地方産業のあり方を指し示そうとしています。

(学術研究情報センター長 中島茂(日本文化学部歴史文化学科))

 

『記憶の未来 : 伝統の解体と再生』 [請求記号:361.5/D96]

 フェルナン・デュモン著 白水社 2016年

 著者フェルナン・デュモンはラヴァル大学の教授で、社会学を専門とする学者です。
 冒頭で「私たちの社会が経験している変化があまりに深く、過去の文明の社会とはまったく比較にならない」、「過去という参照軸が見失われて私たちはもはや将来に向き合うことができず、将来はどうしようもない不確実性に覆われている」と問題提起しました。これを読んだ現代の人々はおそらく同感するでしょう。
 人間社会はどのような将来に向いていくべきなのかという問題を考えるとき、過去即ち歴史、伝統などは重要な参考となります。
 しかし、19世紀以来、目覚ましい経済成長、政治変動、技術進歩によって記憶の連続性が損なわれています。コンピュータ技術は速いスピードで進歩を遂げました。コンピュータの記録容量は飛躍的に向上され、物事が極めて細かく記録されますが、情報が多すぎてどれが真実なのかあえて分かりにくくなることがあります。現代の歴史学は媒体の記録に基づいて人間の記憶の領域を拡張して、歴史の空白を埋める手法を取っています。
 この手法は現代社会、または現代民主社会の中で困難に直面しています。会社、団体などの組織は情報技術の発達によって巨大化し、個人の人間はほとんどの場合に物事の主役ではなく一アトムとして巨大の機構に織り込まれます。このような個人にとって「匿名のアトムとして状況に埋め込まれているような人間がどうして自分の参加を必要していないものをわざわざ自分の記憶に統合する努力をするだろう」と指摘されています。
 現代社会にとって歴史は二つ意味、出来事の連続記録と人生に意味を与える指標でもあります。いい未来社会を作るために歴史を解釈して積極的に政治参加していくことを可能にする新しい伝統が必要とされます。この新しい伝統は学校とデモクラシーによって養われる批判精神に支えられていなければならないと考えられます。著者は人間の正しい歴史の記憶、しかも個人の探求によって絶えず刷新されることを期待しています。

(情報科学部情報科学科 田学軍)

 

『似ている英語』 [請求記号:834/O37]

 おかべたかし文 ; やまでたかし写真 東京書籍 2015年

 この世に生を受けてから今まで、日本語で普通に生活してきた日本人にとって、英単語を感覚的に理解することは、なかなか難しいものではないでしょうか。
 この本は英単語の微妙なニュアンスの違いを写真という媒体を使って表現し、さらに解説を加えたもので、似た英語の違いを「眼」で見て感じる本です。掲載されている写真は、いずれも、関係者のこだわりや創意工夫が感じられる力作揃い。時折、ちょっぴりお茶目な写真も出てきて笑いを誘います。
 「buttocks」と「hips」、「ape」と「monkey」等々、レンズを通して表現された2つの単語の後に、解説とひとくちコラムが続きます。テンポよく読み進められる構成になっていて、どこから読むのも自由です。私の好きな写真は「tortoise(リクガメ)」と「turtle(ウミガメ)」。かわいいカメに癒されて気分もホッコリ。思わず顔がほころびます。勉強の合間の息抜きに、皆さんのお気に入りの一枚をぜひ見つけてみてください。


(長久手キャンパス図書館 大塩)

 

『雨のことば辞典』 [請求記号:451.64/Ku55]

 倉嶋厚, 原田稔編著 講談社(講談社学術文庫) 2014年

 雨を表すことばは、こんなに多くあるのかと思いました。

 雨を好きな人は少ないと思います。いつもより、朝電車に乗る人が多くなったり、急な雨で洗濯物が濡れたり。ですが、雨は物語や詩に使われ、美しいことばを残しています。
 そこで、「雨のことば辞典」をご紹介します。雨を表す言葉とコラムの辞典です。
編者は気象庁に約35年、気象庁キャスターとして12年ご活躍された倉嶋厚さんと、郷土史研究をきっかけに「雨の文化史」の研究を志された原田稔さんです。
ことばの意味を伝えるだけでなく、それに対してお二人の言葉があります。それがおもしろく、印象に残ります。
 ここで、少しことばをご紹介します。
「七つ下がりの雨」は午後四時過ぎに降り始める雨のことで、「七つ下がりの雨と中年の浮気はやまない」などといわれるとおり、この雨はすぐには上がらないという意味です。なぜ七つ下がりなのかは、本書をご覧ください。
「覗雨(のぞきあめ)」とは降ったかと思うとやみ、やんだかと思うと降りだすような雨を指す、山梨県南巨摩地方のことばで、雨を擬人化した言い方は珍しいとのことです。降ったりやんだりしてそのたびに人々が慌てるようすを覗いているのであろうかと編者は言っています。

 まだ雨の日が続くと思いますが、ことばを知ると、すこし気分が変わるかもしれません。まずは、ぱっと本書を開いてみてください。どんな言葉が目に留まりましたか。

(長久手キャンパス図書館 近藤)


 

『名古屋力, 妖怪篇』 [請求記号:702.195/Y19]

 山田彊一著 ワイズ出版 2007年

 妖怪には、ろくろ首や一つ目小僧など人型のもの、化け猫や牛鬼といった動物型のもの、唐傘おばけや一反木綿のような器物型のものなど、生き物や身近な道具、自然現象に至るまで、様々な姿形のものがあります。日本では八百万の神の思想により森羅万象すべてのものに神が宿ります。その中で、奇怪な現象を引き起こすものが妖怪となって現れます。本書では、名古屋とその周辺に出現する妖怪について書かれています。
 前書きに「名古屋はかつて名古屋城から尼ケ坂を抜け片山八幡神社へ、そこからカッチン玉で知られる六所神社から長母寺に向けて緑のベルトが続いていた。」とあります。この緑のベルト地帯にいろいろな妖怪や幽霊話があるようです。これは、尾張徳川藩が有事の際、殿様を木曽方面に落ち延びさせるためのルートであり、人目を遠ざけるためにわざわざそのような話を流したのではないかと推測されています。
 真相はともかく、これから暑い夏が来ます。本書に出没した妖怪を訪ねてみてはいかがですか。背中がスッと涼しくなるものに出会えるかもしれませんよ。

(長久手キャンパス図書館 須原)