コラム

『伊勢湾台風』―災害の記憶と記録

伊勢湾台風。それは私たちにとって忘れてはいけない、そして後世へと語り継がなければならない災害です。

1959年(昭和34年)9月26日午後6時過ぎ、非常に強い勢力を有して和歌山県潮岬に上陸した台風15号は、全国に大きな被害をもたらしました。各地が暴風雨に見舞われ、中でも伊勢湾周辺地域、特に湾奥部の名古屋市を中心とする臨海低平地が未曾有の甚大な被害を受けたといいます。そのため愛知・三重両県では、全国の犠牲者数の8割を超える4,294名の方が亡くなり、その数は明治時代以降に発生した台風災害の記録では最多でした。この台風は後に「伊勢湾台風」と名付けられ、1930年(昭和5年)の室戸台風と1945年(昭和20年)の枕崎台風と合わせて、昭和の三大台風の一つに数えられています。

伊勢湾台風において最大の特徴といえるのが、名古屋港で記録された日本の観測史上最大の高潮です。高潮によって堤防は破壊され、名古屋港内に設けられた貯木場からは重さ数トンの木材が多数流失し、住民や建物は濁流と巨大な流木に襲われました。当時、名古屋市内の大学に通っていた祖母は、台風発生後に現地で奉仕活動にあたりました。同級生たちと食堂で握ったおにぎりを持ち、避難場所へ向かった彼女は、小学校の外壁に残る流木の跡を見て衝撃を受けたことなど、今でも当時の様子を鮮明に覚えていると言います。被災地の姿を目の当たりにした時は、「台風の怖さを思い知らされ、自然に対する恐怖を感じた」と語りました。

伊勢湾台風から60年以上経過した2023年現在、当時のことを知る人は少なくなってきています。人々がどのような災害をどう乗り越えてきたかについて、その体験の大事な「記憶」を受け継ぐためには、その証言を「記録」として残すことが、過去から学んだ教訓を後世に生かす有効な手段となります。将来、起こりうる災害に備えた「記録」とその活用は、今の私たちにできる一つの行動ではないでしょうか。

大同工業高校(旧校舎)と流木「提供:名古屋市博物館」

参考資料

・災害教訓の継承に関する専門調査会『1959 伊勢湾台風 報告書』、2008年
・名古屋市博物館『治水・震災・伊勢湾台風』、2019年

執筆

  • 執筆者
    愛知県立大学日本文化学部学部生
    牧野 瑶子
  • 投稿日
    2023年08月16日

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